第30話 このパン、感染源
「そうですか、うちの子が路地裏で」
場を改めてホムラは女性ミチカに話を打ち明けた。
店はやはりパン屋であり、八畳ほどの店内には、ところ狭しと様々な種類のパンが並べられている。
隣にはイートインスペースがあり、購入したパンを食べることができた。
ただ時間的にお昼時だが、店内には客一人見あたらない。
配送も請け負っているようだが、店内備え付け端末からコール音が鳴り響くこともない。
客ではないダブルが、興味深そうに店内を浮かんでは、様々なパンにツインアイを明滅させている。
『おうおう、まざりっけなしの一〇〇%小麦ときた。こっちは米粉か、かっ~ボクに口があれば迷わずかじりついてたぜ』
パンの種類の多さから、この移動都市は、食料自給率が高いようだ。
「無銭飲食は止めろ」
今のホムラは硬貨一枚すら持っていない。
かといって無一文でもない。
端末には<ヒギエア>からの給金が電子マネーたるデータの形で入っている。
レジ横にある読みとり機に添えることで支払いができ、お釣りで財布がかさ張らない優れものときた。
「よろしければお一つどうぞ」
「ならお言葉に甘えて」
多種多様なパンに目移りする。
ふとダブルが勝手に腹部のJギアに張り付けば、リクエストしてきた。
『相棒、これこれ! 香ばしい匂いがする奴にしてくれ! これはカレーだぞ!』
無機物なのに嗅覚センサーの類まであるのに驚きである。
カレーなる食物は惑星が違えど、存在するのか。
ともあれカレーパンを一つ、ホムラはナフキンを介して掴む。
そのままひとかじりすれば瞬間、口の中にスパイシーな味わいが広がった。
『うっひょ~うんめ~! 辛さは控えめだけど、スパイシーときた! こりゃ結構な香辛料使ってんな!』
「お前、味覚ないだろう?」
『ないけどよ、相棒と繋がれば味覚は共有できるぜ?』
またしてもダブルの新しい情報が判明する。
これは報告書でまとめて代表であるミカに提出する必要がありそうだ。
「そのカレーパン、うちの一押しなんだから美味いのは当たり前だよ」
オルンなる子供が着替えたのか、店側に現れた。
心配して声をかけるホムラだが、相手からの反応は鈍い。
「ケガはたいしたことなさそうだね」
「別に」
『かわいげのないガキだね、あ~こら外すな、味覚が共有できかいだろう』
「こんだけ美味ければ、お客は多、ん?」
ダブルの抗議を無視してホムラはカレーパンをもうひとかじり。
ふと店舗外に走る人影がホムラの目を捉える。
来店する気配はない。
素早く窓辺に近づいたと思えば、張り紙をして足早に立ち去っていた。
「あのハゲオヤジ、性懲りもなく!」
オルンが歯をむき出しにして店舗を飛び出した。
ホムラもまた食べかけのカレーパンを口にくわえたまま追いかける。
「最低だな」
ホムラは、カレーパンをかじりながら悪態ついた。
本来の店舗は木組み調のレトロな外装なのだろう。
だが、その上から似つかわしくないペンキの走り書き文字や張り紙が台無しにしている。
<感染者は出て行け><このパン、感染源><殺人パンあります><喰うとバケモノになるぞ>などなど目を覆う誹謗中傷で溢れていた。
『母親はレベル0だけどよ、子供がレベル二だな、右の膵臓が結晶化してる』
見てくれでは分からない。
ダブルのレベルスキャンたる機能により判明する。
「だからか」
何故、オルンが子供たちに集団でいたぶられていたのか。
それだけでは済まず、店舗に嫌がらせが行われている。
子供は良いも悪いも純粋だ。
大人の言動を学んでは模倣する形で実践する。
ただ大人がしているから、子供もしても良いと悪意なく行われる。
殴って良い、殴って良い相手なら、遠慮なく殴る。
「警察には言ったの?」
人が住まうからこそ、治安維持のための組織は存在する。
惑星が異なろうと変わらない。
「警察なんてアテになんないよ! あいつら、現行犯じゃないから無理とか言って相手にしてくれないんだ! ふざけんな! 触れても感染なんてしないのに、ギアがあれば症状を抑えられるのに、どいつもこいつも感染源とか、病原菌とか言ってくる! 俺はいいさ! でも母ちゃんが何をしたってんだ! 母ちゃんは一生懸命、みんなを笑顔にしたいからパンを焼いているのに、感染するから喰うな、買うなと、か!」
「もういい。もう言わなくて良い!」
ホムラは震える子供の身体を抱き寄せ、力強く言った。
ふざけている。
ただ生きているだけなのに、生きようとしているのに、感染を理由に迫害する。
高いがVギアがあれば症状を抑制できる。
常人と変わらぬ生を終えることが出来る。
『ったく、ダサいことしやがって。致死率一〇〇%だからって、患者を叩いても
ダブルの指摘は間違っていないだろう。
病はびこるからこそ、次は誰だ、次は家族か、と不安になる。
病により別れは確定され、誰かを愛することを忘れ、愛し方を忘れていく。
代わりに増えていくのは不満と不安、ため込めばため込むほど爆発した反動が強い。
強いが、一方で発症を理由に迫害する理由になりはしない。
これでは症状を抑えて死を遠ざけようと、精神が死ぬ。
「きみは強い。発症してもしっかり向き合って生きている。僕は知っている。常にみんなの前に立ち、救える者と救えぬ者の差に歯を食いしばりながら患者を助けんとし、時に恨まれ疎まれようと、それでもと奮闘する奴を僕は知っている」
「に、兄ちゃん」
オルンの目は不安な色を隠せていない。
この子は強い。
自分が原因で店が誹謗中傷を受けようと心が折れていない。
それは母親の存在が大きいのだろう。
家族がいるから頑張れる。
現実に向き合える。
ならばホムラ個人として、この店に出来ることがあった。
「店主さん、掃除道具一式、お借りします」
飲食店ならば清潔第一だ。
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