第29話 まだ未発症のレベル0

「ん~む」

 ホムラは一人、端末を操作しながら唸っていた。

 貸与された端末は、ボタンもなく表面がまっ平らな板状である。

 これ一つで通話や写真撮影どころか動画撮影、ネット閲覧、音楽や映画、果てはゲームまで楽しめる万能ツールときた。

っていうらしいがさっぱりわからん」

 ホムラの時代、二つ折りの携帯電話が主流であり、画面と操作ボタンの二つに機能が物理的に分割されていた。

 動画の類は配信元が接続元を用意しないと閲覧できない。

 モニターと操作パネルが一元化した端末は、確かに持ち運び便利だが、押すのではなく触れて操作する概念がよくわからなかった。

『おいおい、皆を助けるヒーローも、端末一つでお手上げか?』

 ホムラの隣で風船のように浮かぶダブルがちゃかしてくる。

 黙っていろと目線向けるも流すように目線(?)を逸らしてきた。

『まあ、扱いきらん端末をいじくりまわすより、図書館で調べるのは、妥当な判断だよな』

 初めて踏み入れる移動都市だが、図書館までの道のりは記憶にインプット済み。

「移動都市によって町並みが違うとは聞いていたけど、この<エウノミア>は昔資料で見た令和の町並みみたいだ」

 外が荒野だと思えぬほど人々は活気に溢れている。

 町並みもどこか過去のニホンに近い。

 もしかしたら、機械遺構から得たデータに、当時の街並みのデータがあったからだろう。

 道はしっかり舗装され、上下四車線で乗用車が行き来している。

 道行く人々の肌艶や血色はよく、服装も虫食い穴一つ見当たらない。

 バス停にバスが停車する。

 中より学校帰りだろうか、ランドセルを背負った子供たちが降りてきた。

 子供の一人が驚き声を上げる

「あ~ひぎえあだ~!」

「そういえば今日、寄るとかお父さん言ってたよ」

 自然と周囲の視線はホムラに集う。

 服装はヒエギアの白い制服。

 医療団体を示す白だからこそ、町中では目立つ。

 注目されたホムラは緊張するが、素面顔で誤魔化した。

『ヒトを指さすとか失礼なガキだ』

「失礼な物言いも十分失礼だぞ」

 釘を差そうとダブルにはヌカに釘。

 ただ子供たちの声から都市内での<ヒギエア>の目は、悪くないようだ。

「ミカさんが見たらなんて言うかな」

『はぁん、どいつもこいつもだぜ? だから、あんな風に言える。

 自身が、その立場でなければ他者を理解しない、できるはずがないとダブルは皮肉る。

『見て見ろよ』

 構造体の先端でホムラの肩をつついたダブルは、道路を挟んだ路地裏を指(?)さす。

 目を凝らせば、暗がりに誰か、サイズからして子供か、複数人何かをしている。

 瞬間、背後に寒気が走ったホムラは、思考するよりも先に駆けだした。

 道路に踏み入れる寸前、一旦停止のち左右確認。

 安全確認後、上下四車線の車道を横断していた。

『おいおいボクを置いていくなよ、相棒』

 ダブルの慌てた声が背後からした時、ホムラは路地裏に踏み込んでいた。


 ホムラは振り上げられた拳を背後から掴んでいた。

 数は四人。倒れているのは一人。

 年齢は全員一〇歳前後の男の子。

 一人は靴跡が体中に刻まれ、身体を震えさせている。

 だが嗚咽一つ漏らしていない。

「何だよ、おっさん!」

 小さい子におっさん呼ばわりは心に来るが、今は腹に来ていた。

「よってたかって一人をいたぶるダサいことして楽しいかい?」

 子供たちはホムラの声の圧に押し黙る。

 やんわり注意したつもりだが、何人かは肩と足を震えさせていた。

 優男顔と舐められやすいが、身長差による上から目線が応えたようだ。

「行こうぜ、けっ」

 ホムラが掴んでいた手を振り払うように、一人を皮切りに他の子供たちは続く。

 路地裏で何をしていたのか明白だが、捕まえて問いつめる気はなかった。

「大丈夫?」

 うずくまったまま顔を覗かせる子供に、ホムラは、ひざを曲げて声をかけた。

 身体や服に刻まれた靴跡から集団で足蹴にされたのは確かだが、子供は涙一つ浮かべていない。

「立てるかい?」

 そっと手を差し出すホムラだが、子供は手を借りることなく立ち上がっていた。

 そのまま周囲に散乱するタブレット端末やカバンを拾い上げている。

 ホムラは手伝わない。

 自らの行動に水を差すのは不作法だと思ったからだ。

 ふと歩道方面から、先ほどの子供たちの悲鳴が聞こえた。

 次いで転倒するような音も。

『はっはっは、いたぶったんだろう? いたぶられる覚悟があるんだろう? なら容赦なくいたぶってやったぜ!』

 原因が哄笑しながら頭上から降りてきた。

 ホムラは無言のままダブルを五指で掴めば、顔面に近づけ詰問した。

「な・に・を・し・た!」

『ん~なにってガン飛ばしてきたから、ちぃとイルクスの立体映像を投射して驚かせただけだぜ? こんな風にな!』

 材質は石に近い謎構造物ダブル。

 すっとぼけた口調でツインアイから鉱石の怪物を映し出した。

 ダブルに映像を映し出す機能があったのには驚きだが、問題はそこではない。

 町中でイルクスを偽物であろうと出すなど、下手すれば警察、いや軍隊沙汰だ。

「騒ぎを起こしてどうする! 下手に起こすとミカさんたちに迷惑がかかるぞ!」

『へいへい、真面目なことで~』

 ダブルは聞く耳持たず。

 そも、どこに耳があるのか不明である。

 ふと物が落ちる音が立て続けに響く。

 見れば子供が持っていた教材を落とすほど、ダブルを見て驚き、目を見開いている。

「すげー喋ってる」

『おう、喋るだけじゃねえぜ。こうして浮くこともできるすげーだろう!』

 子供は先の反応が嘘のように目を輝かせている。

 未知の物体に怖がらず驚くのは、子供故の純粋さだろう。

「基本、喋るか、浮くことしかできないだろう」

 ともあれ先手を端末で打っておく。

 ホムラは端末を取り出せば、ミカ宛にメッセージを送信。

 フリック入力ではなくキーボードにすれば、どうにか文字を打てる。

 手短に<ダブル立体映像イルクス子供驚かせたシメとく>と送信。

 だが時すでに遅し。

 遠くからパトカーのサイレン音がする。

 惑星が違おうと、サイレンが地球と同じなのは、偶然か、これまたデータ流用か、考察は今すべきことではない。

『おおっと、こりゃ逃げるが勝ちよ!』

「こっちだよ」

 騒がれるのは面倒だと思った矢先、子供が先に立ち、路地裏を案内する。

 右に左にと、進んだ先、たどり着いたのは、とある店舗の裏口だった。

 鼻孔をくすぐるのは小麦の焼ける匂い。

 パン屋だとホムラは気づく。

「兄ちゃんも」

 子供に促されるまま、ホムラは開かれた裏口を通る。

 ダブルはちゃっかり子供の右肩に乗っていた。

「ただいま」

「おかえりなさい。オルン、さっき表通りが騒がしかったけど、あら、この人は?」

 母親らしき人が出迎える。

 見た目は四十代か、茶色の髪を後頭部でまとめ、長袖長ズボンの上にエプロンを着用していた。

 目の下にクマがあり、同時に警戒を露わとしている。

「裏口からの来店、失礼します。僕はホムラ。<ヒギエア>のスタッフです」

 名乗るだけで終わらず、ホムラは端末からスタッフ証を掲示した。

 ワンタッチで掲示できる機能は、端末に不慣れなホムラには大助かりだ。

「そうですか<ヒギエア>の。もしかして息子を……」

 スタッフ証を見た相手の警戒が緩んだ。

「いえ、助けたのはこいつ。僕は止めただけです」

『おう、よってたかってダサいことしたから、これで驚か、ちょ、相棒、目塞ぐなよ。出せないじゃないか!』

 ホムラはダブルの行動を瞬時に予測して先手を打つ。

 目の部位から投影するなら目を抑えれば投影できないと、五指で掴む形で防いでいた。

「手荒いうがいしてくる」

 子供は母親の横を通って手洗い場へと一人向かっていった。

「すいません、うちの子が」

「いえ、ただの成り行きのお節介です。気にしないでください」

 気を使ったつもりはないが、母親の顔は暗かった。

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