才能質屋

ちびまるフォイ

孤独になるための才能

「お客さん、お金ないんじゃダメだよ」


「そこをなんとか! 次は勝てる気がするんだ!」


「帰った帰った」


賭場から身ぐるみ剥がされて追い出されてしまった。


「クソ……。次は必ず勝てる流れだったのに。

 ギャンブルの才能のない奴らめ、まったく……」


ぶつくさ言いながら、すっからかんになった財布を開く。

これでは明日の食事もままならない。


「はあ……最後にひと勝負できていれば……」


ふと顔を上げると、暗い夜道に質屋がぽつんと建っていた。

身ぐるみ剥がされたけれど内臓はまだ残っている。

なんとか質入れできないかと思って店に入った。


「いらっしゃいませ」


「あの、臓器とかって質入れできませんか?

 今ちょっとお金がいるんです」


「うちはブツの質入れじゃないんでムリです」


「はあそうですか……。お邪魔しましーーん?」


ガラスケースに質入れされているものを見た。

ガチャガチャのカプセルになにか札が貼られている。


「ギャンブルの才能、かくれんぼの才能……気づかいの才能?」


「はい。うちは才能専門の質屋です」


「へ?」


「あなたの才能を手放してもらえれば、

 その才能に見合った金額をお支払いしますよ」


「なんだって! もっと早くこの店を知りたかった!

 才能あふれる俺にぴったりじゃないか!」


これでも小学生のときは神童と呼ばれていた……友だちがいた。

さっそく質屋にかけよりあらゆる才能を手放す。


「よろしいんですか?」


「運動神経なんてもういりません!

 あれが必要なのは小学校高学年だけです!」


「ではこちら、お金です」


「それと論理思考の才能もいりません! 質入れで!」


「よろしいんですか?」


「論理なんか振りかざしても現実じゃ意味ないですから!」


自分から剥がせる才能のほぼすべてを質入れした。

ついさっきまで明日の食事にありつけるか悩んでいたのに、

質屋を出てからは今日の夜どれだけ豪遊しようかに悩む。


「はっはっは!! 1日で億万長者!

 才能の断捨離してよかった!! さあ勝負勝負!!」


ふたたびギャンブル会場に押しかけた。

軍資金を二倍、三倍と増やして週末は南の島でバカンス。

そんな絵空事をチラつかせながら勝負にうってでた。


結果は誰もが思いつくものだった。


「な……なんで……」


10分前までバスタブに敷き詰められるほどの札束は、

あっという間にディーラーに吸い込まれ手元には残らなかった。


「あんた無鉄砲過ぎるよ。まるでギャンブル向いちゃいない」


「そんな……。俺にはあるはずなんだ。勝負師の才能が……」


「質屋に入れるとき、その才能も手放したんじゃないのか?」


「いや……」


そもそも才能質屋で手放す候補にすらなかった。

自分は元来ギャンブルの才能がなかったことを今さら悟った。


それに気づくのは質屋を出たタイミングでも良かったはず。

すべてのお金を吹き飛ばしてしまった今となってはもう遅い。


今度は身ぐるみ剥がされて臓器まで奪われてしまった。


「ああ、またふりだしに戻ってしまった。

 明日のご飯すらもう食べられない……。

 自分の腕の毛でもむしって食べようか」


およそ令和の時代に考えられない食生活。

論理思考も熟考の才能もすでに手放している。

考えはまとまらないし、合理的な判断はできない。


質屋に戻ってみると、店のウィンドウには手放した自分の才能が並べられている。


「こんなことなら才能なんて手放さなければよかった……」


リーダーシップの才能。

人から好かれる才能。

ダンスの才能。歌の才能。


もとは自分の体に宿っていた才能が今はもう手が届かない。

お金に目がくらんでいなければ、才能がある状態で第二の人生が始められていた。


今の自分は金もなければ才能もないし内臓もない。

あるのはムダ毛くらいだ。


「もう一度、才能を手に入れさえできれば……」


うらめしくガラスケースに顔をくっつける。

その金額にはひっくり返っても手が届かない。


ただひとつ。

自分が手放していない才能が、横に並べられていた。



【かくれんぼの才能】



自分より前に誰かが手放したその才能を見て思いつく。


「かくれんぼの才能……。

 しかもこの金額だ、よっぽどの才能にちがいない。

 これを手に入れられればどこでも隠れられるのでは」


追い詰められた人間というのは現状の改善よりも、

さっさと楽な方向に流れるような思考になるらしい。


質屋も店じまいした深夜にふたたび訪れた。


持ってきた金属バットでガラスケースをぶちやぶる。

深夜の静寂をつんざく警報音。


「早く! かくれんぼの才能を!!」


割れた破片も気にせずかくれんぼの才能へ手を伸ばした。

才能を手に入れた瞬間、一瞬で自分の気配が消えたのがわかった。


「すごい……! なんて才能だ!」


せっかくなので手放した自分の才能も回収する。

まもなく警察がすっ飛んでくるが、かくれんぼプロの自分はみつからない。


「作戦大成功だ! あはははは!!」


かくれんぼの才能をいかんなく発揮して警察を振り切った。


その後も警察は質屋の近くで何度も探したようだが、

自分のしっぽすら掴むことはできなかった。

かくれんぼの才能は本物だ。


「神に感謝だな。こんなに優れた才能を与えて、

 そのうえどっかの誰かが質屋に入れてくれるなんて。

 おかげでこうして逃げ延びることができた!」


こんなに優れた才能、自分なら絶対に手放さない。

手放してくれたのは本当に奇跡だろう。


警察も犯人の手がかりひとつ掴めなくなり諦めた。

やっと日常が街に戻ってくる。


「さぁて、警戒も緩んだ頃だろうし

 バイトでも初めて普通の生活を再開するかな」


バイト募集と書かれている近くのコンビニに入った。

用意していた履歴書を持ち、店員に話しかける。


「こんにちはバイトの募集をしてると見たんですが」


「……」


「あれ? もしもし?」


「……」


店員は自分の作業に忙しいのか見向きもしてくれない。


「あの!!」


迷惑になるかどうかギリギリの大声でやっと気づく。


「ああ、よかった。聞こえてないのかと思った。

 バイト募集してますよね? バイトしたいんですが」


店員は自分を見ているようでどこかほうけた顔をしていた。


「声がしたような……気のせいか」


「え」


店員はふたたび作業に戻った。

その後もなんど呼びかけても無視されるので嫌気がさした。


「なんて失礼なんだ! あんなところでバイトできるか!!」


カラオケ店に行くも無視される。

居酒屋でバイト聞いても無視される。

どこへ行っても反応は同じだった。


「なんでどいつもこいつも無視するんだよ!」


公園のベンチに座り込み呪詛をつぶやいた。

すると足元にボールが転がってくる。


ボールを手にとって顔を上げると、

向こうから子供が走り寄ってくる。


「はいどうぞ」


ボールを差し出すと子供はお礼すら言わずに去っていった。

その子供の焦点が一度も自分にあっていなかった。

まるでボールがひとりでに戻ってきたみたいに。


そこでやっと自分が手に入れた才能に気がついた。



「かくれんぼの才能って……。

 誰からも認識できなくなる才能ってこと……?」



才能を返却しようにも質屋にいけば自首になる。

いや、そもそも自分を認識すらできない。


「ひとりぼっちの世界が辛くて、きっと才能を手放したのか……」


才能の持ち主の孤独感が痛いほどわかった。


数日後に自死するが、自分の死に気づく人はだれもいなかった。

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