流転、魔王子
川田てんき
第1話
魔王城の玉座の間、その重い扉を開けて、魔王四天王のひとりナルシウスが入ってきた。
ナルシウスは玉座の前にいる初老の悪魔に、慌てた様子で声をかけた。
「魔王様はお変わりないか? なにやら大きな音が聞こえたようだが」
「ナルシウスよ、なにを慌てておる。魔王四天王の
玉座の回りには、魔王城を覆う黒い霧がひときわ濃く渦巻き、魔王の姿はおぼろげにしか見えない。
「たしかにいつも通り……なのかな?」
「なにをわけのわからぬ事を言っているのだ。しっかりしろ。それより勇者の一行が城に侵入したというではないか。貴殿は他の四天王とともにきゃつらを倒すのが使命のはず。こんなところで油を売っているとは何事か!!」
「スニートがとっくに向かっている。後ろにはベアベルクも控えているのだ。私が行くまでもあるまい。なあに、今頃スニートが勇者の首をはねている頃だろう」ナルシウスは美しい銀髪をかき上げて言った。
そのときドンッと大きな音が響き、玉座の間の大扉が吹き飛んだ。
「スニートってのは、こいつのことかい?」と言うなり男がなにかを放る。
ゴロゴロと転がりネクロムたちの前で止まったそれは、スニートの頭だった。
ネクロムが悲鳴を上げる。「ヒィーッ、なんてことすんだ、この悪魔!」
「悪魔はおまえだろ。おれは勇者アイク。魔王を倒しに来たぜ」
「ふん、おまえごときが魔王様を倒すだと。よおし、相手をしてやれ、ナルシウス」
おまえが行けよ、とナルシウスは不服そうにネクロムを見た。
その瞬間アイクが一気に間を詰め、その剣が目にもとまらぬスピードでナルシウスの首元に伸びた。
ナルシウスは体を反らせてかろうじてかわす。
「こ、これが勇者の剣か。う、噂ほどでもないな」動揺を必死に隠して、ナルシウスは言った。
「ずいぶんと余裕じゃないか」と言ってアイクは頬を指さした。
ナルシウスは、自分の頬の、アイクが指さしたあたりに触れた。見ると指先に血がついていた。
「貴様ァァァ、よくも私の美しい顔にキズを。我が華麗なる幻術で地獄送りにしてくれる」ナルシウスの周囲に、どこからともなくバラの花びらが現れ、舞い散る。
「けッ、おまえもそいつのようにしてやるぜ」アイクは床に転がるスニートの頭を指さした。
「ずいぶん威勢がいいな。だが、いいことを教えてやろう。ククク、スニートは四天王の中でもさいじゃ、グギャッ」
アイクの剣がナルシウスを真っ二つにしていた。
「ヒィーーッ。空気を読めんのか。せめて例のセリフを最後まで言わせたれや」
「なんだよ、例のセリフって。おい、そろそろ魔王に会わせてほしいもんだな。それとも次はおまえが相手か?」アイクは剣先をネクロムに向けて言った。
「調子に乗るなよ。今にベアベルクが戻ってくるわ。やつの怪力でおまえなどひとひねりじゃ」
「あのー、ベアベルクというのは、このクマのことかしら?」
白い修道服姿の娘が、玉座の間の入り口から声をかけた。その隣の筋骨たくましい男が大きな熊の頭を両手で放り投げる。
熊の頭はスニートの頭の隣に着地した。
「ヒィーーーッ。なんなんだよ、おまえら。」
「わたしはエレーナ。こっちの筋肉ゴリラがラースよ」
「二人ともやけに遅かったじゃないか」勇者が声をかけた。
「そうなの、ラースったら、熊を殺すのはかわいそうだから戦闘をボイコットする、とか意味不明なことを言いだして」と大男を指さす。「わたしのアサシンのスキルを駆使して、なんとか首をかききったんだけどね」
「おまえの仕業か。だいたい修道女の格好してアサシンて……」ネクロムが力なくツッコんだ。
「あら、アサシンは副業よ。本職はヒーラーだけど、このところの物価高でヒーラー一本で食べていくのは厳しくて」
「なんとも世知辛い世の中じゃな」
「それもこれも、あなたたち魔王軍が人間の土地を荒らすせいよ。ウフフ」
「これは一本とられたわい。ワッハッハ」
ネクロムとエレーナは顔を見合わせて笑った。
「おい、悪魔と談笑すんな。さて、そろそろ魔王とご対面と行こうか」アイクは、ひときわ濃く黒い霧に覆われている玉座に向かい剣をかまえた。
「それにしてもうっとうしい霧だな」アイクが剣を一閃させると、玉座を覆う霧がみるみる晴れ、玉座に座る魔王の姿があらわになった。
その姿を目にして、勇者一行は言葉を失った。
魔王の胸には、漆黒の剣が深々と突き刺さっていた。
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