第四章 夕暮れにこんなに期待してなかった

手を取られた。

なぜか分からなかった。これは……礼儀か?脅しか?それとも……優しさという所作か?

彼女の肌は温かかった。確かで。データのどこにも、その動作が符合していなかった。それでも、手を離さなかった。


ぬいぐるみを見た。敷居のそばに転がっていた。そっと拾った。これもまた温かかった。不思議だった。


歩き出した。彼女は廊下を自分のもののように自信を持って歩き、私はかろうじてその歩みに追いつこうとしていた。部屋を出ると呼吸が変わっていた。速く。もっと…重く。


そして見えた。

外に。

廊下の終わり、開いた扉。そこから、私が想像したこともない世界が広がっていた。広大な空、赤とオレンジ。太陽—理論でしか知らなかったその星が、地平線に別れを告げ、すべてを炎と金に染めていた。そして風…風が私の顔に触れた。通気口から再循環されたものじゃない。どこからでもない、風。


立ち止まった。脚がそれ以上動かなかった。


――これが「黄昏(たそがれ)」か?

――これが世界か。


「さあ、フロル」彼女が言った。私の腕を軽く引きながら。「溶けてる暇はないよ」


手を握られたまま歩き続けた。気づけば川を渡っていた。緑で岩のちりばめられた山の斜面を下り、「木々」としか呼べないそれらの間を、私はただついていった。すべてが未知。音も色も匂いも。


彼女は歩きながら話した。立て続けに質問を投げかけて、まるで言葉で私の物語を捕まえようとするかのように。

――「何族だ?」「誰が上でお前を置き去りにした?」「あれはどんな場所だった?」「あの額縁の文字は何語?知ってるか?」


私は答えなかった。拒んだわけじゃない…ただ答えがなかった。ここでは意味を持たないものばかりだった。


覚えていたのは、スクリーンの数字だけ。停電前の画面に。

そして声が言った:『原子炉4号過電圧、Mnemosyneとの接続喪失』。

それだけ。

そして握った彼女の手の暖かさ、離さなかった。


歩き続けた。

土の道が細くなり、木々が上で抱き合い、緑と光のトンネルを成していた。森は息苦しかった、そう…でも悪い意味ではなかった。空気は濃く、生きていた。一本一本の息が、木、樹液、湿った土の味を含んでいた。少しめまいがしたが、止まりたくなかった。これは…あまりに「リアル」だった。


機械の音はなかった。葉が囁き、鳥が私を笑っているようだった。


そして、森が開けた。

小さな空き地。高く密な木々の壁に囲まれて、中を守るかのように。地面は芝生に変わり、見知らぬ花々が厚い花弁と信じられない鮮やかな色で点在していた。


中央に、ひとつの小屋。

古びていたが、暗い丸太と傾いた屋根、細い煙を吹き上げる煙突。となりに、湖?いや…小川?分からない。水がゆっくり流れ、あまりに透明で嘘のようだった。空を鏡のように映して。これらすべて…覚えている。どこかで読んだことがあった、いつか。まさかこんなに…穏やかだとは思わなかった。


そして水辺のそばに、さらに。

石で区切られた区画、列になって育つ植物。果実を実らせるもの。葉だけのもの。何か分からなかった。でも彼女はまるで知っているかのように歩いていた。


「ここは何?」とついに聞いた、考えずに。


彼女が少し振り返り、半笑いで。

「私の家よ、フロル」

そして歩き続けた。


私もついていった。


小屋は素朴だった、明るい木造で屋根は低い。外からは広くなさそうだったが、中に入ると全てが私を吞み込むようだった。乾いた土と焼けた薪と、甘い何かの匂い…果物か、パンか。壁には棚がびっしり。本、何十冊。どうして本がこんなにも順序もなくたくさんあるのか分からなかった。


左手には小さな煉瓦と鉄の古いキッチン。蓋のされた鍋の下に火があり、丸テーブルには二つの椅子。奥には厚いカーテンで仕切られた部屋一つ。


全てが新しかった。あまりにも新しかった。


「そこに座りな、フロル」彼女が言った、椅子を指して。「噛まないから」


私はゆっくり座った。家具が崩れそうな気がして。何も触っちゃいけない、指が何かを汚しそう、居場所じゃないって感じた。


彼女はマントを仮のハンガーにかけ、鍋を調べに行った。言葉はなかった。鼻歌を歌っていた。何か知らない曲。彼女は嬉しそうだった。


私は…手がどうしていいか分からなかった。ぬいぐるみを抱えて、まっすぐ座ろうとした。迷惑かけたくなかった。問題になりたくなかった。


でも一秒ごとに時間が長く感じた。何も知らなかった。フォークとナイフがぶつかる音も、床のきしみも、開いた窓から入る空気の感触も。

そして何より…彼女を。


「何が食べたい?」―突然聞かれた、私を見ずに。

答えなかった。質問が理解できなかった。

“好き”?

“選ぶ”?


彼女が軽く笑った。

「ああ、当然ね。知らないわね。面白い」


嘲笑じゃなかった。どこか、謎を発見して、すぐには解きたくない人のようだった。

少し…私がその謎のように。


「いいわ。私が食べるものをあなたも。だけど気に入らなかったら、吐き出して。そうしたらあなたに魂があるって分かるから」


それが冗談かどうか分からなかった。でも頷いた。ぬいぐるみをもっと強く抱えて。


カペラは湯気の立つ濃厚な何かを二つの器に入れた。液体は茶色で、浮かぶ塊があった。丸いもの、長いもの、ひとつはねじれた根のようで、勝手に動いて見えた。たぶん幻覚かも。たぶん違う。


私の前に器が置かれ、木のスプーンも。彼女は反対側に座った、自分の器と共に。

「熱いうちに食べて」―彼女が言った、もう自分のを口に運びながら。


彼女を見た。そして自分の器を見た。

何をすればいいか分からなかった。吹く?噛む?先に彼女が終わるのを待つ?言わなきゃ?ただスプーンを掴み、そっと沈めて…ひと口。


熱かった。

とても熱かった。


でも焼けるほどじゃなかった。むしろ…目覚めた。


そして味…

説明できない。

塩味だった。俗なナトリウムではなく。海…って聞いたことがある。

そして甘味。非常食の人工ハチミツみたいだけど、もっと軽く、もっと…生きていた。

少し辛味も。だが痛みじゃない、脈打つタイプの。


それは…

過剰だった。


スプーンを空中で止めた。


「怖いか?」―カペラが聞いた、今回は笑わずに。


「いいえ。ただ…これが何か分からない」―声を落として答えた。


彼女は頭を傾げた。

「カントゥ根のスープよ、ナ―ルガと乾葉の香辛料入り」

言った、まるでそれで全てが説明できるかのように。

でも私には、形のない言葉だった。


もう一口。強く。

体が反応した。肩の力が抜けた。美味いのかどうか分からなかった、でも…熱かった。

でも初めて、恐怖を感じなかった。

完全じゃないけど。


カペラは肘を机に置き、スプーンで器をかき混ぜながら、ぽつりと言った:

「人生でスープなんて一度も食べたことないでしょ?」


ぎこちなく飲み込んだ。

「…はい。私の所じゃ、粉だけだった」


「やっぱりね」―彼女が応えた。


私は疑問を隠さずに見た。

「どうして…私がここからじゃないって分かったの?」


カペラは止まった。スプーンを器に残して。

私の目の奥を探るように。


「あなたの視線に重さがないから。

ここじゃ誰もが背負ってる。肩に、歯に、肋に。

でもあなたは…

あなたは色のない葉のよう。

漂っている。」


カペラは器を机に戻し、椅子を引き寄せて向かいに座った。古い布で手を拭きながら。木がきしんだ。全てが呼吸しているみたいだった。


「で?」―眉を上げて。「美味しい?」


器を見た。まだ湯気が立っていた。完全な液体じゃなかった。浮かぶものがあった。緑、橙、白い根っこみたいな。あらゆる味を含んでいるようだった。甘いけど塩味、温かいけど舌の奥に辛味。


静かに頷いた。それが“良い”のか分からなかった。ただ…心地よく感じた。そして何故か、泣きたくなった。


唾を飲み込み、視線を落とした。

「ねえ…」―囁いた。彼女はナイフを研ぐのを止めて私を見上げた。

「ん?」

「…知ってる?ベーリンはどこ?」


手が止まった。沈黙が張りつめた。

「ベ…ーリン?」―彼女が繰り返した、唇を噛んで、考えて。

「あなたが言うのはベルリ諸島のこと?」


凍った。言葉にならなかった。その単語は似ていた。たぶん…それだった。ゆっくり、確信なく頷いた。

「はい…それです。」


カペラが乾いた笑いを上げた。予想より大きかった。

「ちゃっ!そこに入るなんて無理よ、フロル。夢の中でも。」

ナイフの刃を石でまた研ぎながら。「そこに入るのは無理。防壁が破れないの。しかも…」―彼女が半笑いで私を見た。「海からなんて狂気よ。流れが船体を砕く、岸が見える前に。」


黙った。何も理解できなかった。防壁?突破不能?流れ?この世界は何?どうしてこんなに見たこともない名前がいっぱい?


でも覚えた。胸にしまった。

ベーリン…あるいはベルリ。安全な場所。安全。私は彼らから聞いた…


もっと知りたかった。でも今じゃない。

今はただ、手が震えないうちにスープを終えたかった。


カペラはしばらく沈黙し、私を見ていた。私の思考を読もうとするみたいに。

それから何も言わずに立ち上がり、ナイフを台所に置き、棚の本のひとつを手に取った。軽くめくって、開いたまま裏返して置いた。語りたくない何かの印のように。

「あなたについては何も持ってないのよ…」―やっと言った、そして薪をくべ、黒鉄の杖で火をあおった。「でも安心して。あなたが答えたくない質問はしない。少なくとも今はね。」


薪の火が木壁を照らし、スープの香りが隅々まで染み渡った。私は違和感を感じた。時間が止まったみたいだった、この瞬間、家の暖かさと不確実の冷たさの間に宙に浮いて。


「今夜はここにいていいわ」―彼女が付け加えた、私を見ずに。「森は暗くなると危険よ…それにあなた、石ひとつも手なずけた顔してないもの。」


それが冗談か、遠まわしに私を無能扱いか、分からなかった。でも頷いた。だって彼女の言う通りだった。

「ありがとう」―私は囁いた。


彼女は奥の扉を指した。

「あそこに簡易寝台がある。大したもんじゃない。でもクモからは遠ざけてくれる。」


ゆっくりと立ち上がった。まだ器は半分残っていた。部屋に歩いた。小さかった。粗破れの布が窓を覆って、蝋の残りの燭台があり、即席のマットに毛布。


座った。器を床に置いた。横になり、その感覚がなぜか…「居心地がいい」って思った。


どういうわけか。これでいいのか?


でも、うん、その夜は夢を見なかった。

ただ眠った。

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