第三章 出会い――「不要だったのか?」

川の流れがそっと囁く中、木々の間からあの女性が現れた。暗いチュニックが一歩ごとに風を受けてひらりと揺れ、 杖は何世紀もの重みと蓄えられた魔力をきしらせた。そして、彼女の黄色い瞳は、薄暮のように冷たく、警戒を込めて細められた。


彼女は感じた。ひとつの霊を。ありふれたものではない――むしろ強大な、古のものかもしれない。そして、それが彼女を不安にさせていたのではなかった。彼女を面食らわせたのは、目の前にある構造物だった。手つかずの自然の真ん中に、直角の造形を持つ、冷たく、灰色で、不自然な建築がそびえていた。石や木ではなく、神々に鍛えられた岩のような、つるりとした素材から成っていた。コンクリート。


「一体どんな文明が、ここに痕跡も残さずこれを埋めたというのか…」彼女が囁くと、杖の先にある石がわずかに震えた。まるでそれ自体も困惑しているかのように。


滝を越えた。開いたゲート。垂れ下がるケーブル。砕けたガラス。オゾンと死の匂いが漂う廊下。


黒いスクリーンがいくつかの部屋の壁を覆っており、回転椅子が放置された机に囲まれていた。全てが彼女に語りかけていた――彼女が知る魔法とは異なる何かを。マナでも、錬金術でも、呪術でもない。別の何か。存在してはならないもの。


彼女はゆっくり、静かに歩を進め、手を杖に添えた。空気は濃かった。何かの痕跡…何かが震えていた。魔力、ええ。強い。しかし、自然ではない。


そのとき彼女は見た。半開きの扉。内側から淡い光が漏れていた、まるで不良品のクリスタルのように。


「ふむ…」


迷わずに手を伸ばし、古エルフ語のいくつかの言葉を囁くと、錠が力を込めて「カチッ」と音を立てて開いた。彼女は扉を数センチ押し開いた。


そして見た。


少女。いや、ただの少女ではない。


乱れた白い髪、閉じられたが疲れた瞳、胸にぴったりと抱えられたぬいぐるみ。裸足で縮こまり、月のように青白い肌。哀れな姿…そして明らかな防御もなし。


しかし、彼女は愚かではなかった。


「Man'reth o'qis verun dael!*」杖を突きつけ、強く宣言した。


石が輝き、空気が振動した。制御の呪文。しかし放つ前に、若い娘の瞳がぱちりと開いた。


そして何もしなかった。防ごうともしなかった。叫びもしなかった。彼女はただこちらを見た、混乱の色を宿して、唇がかすかに震えていた。まるでぬいぐるみを護符のように抱きしめて。まるで…怯えているかのように。


女性は眉をひそめた。慈悲からではなく、疑念から。


――この生き物は何なのか?


彼女は注意深く観察した。部族の刻印も、既知の王国の服装もなかった。彼女の衣装は…人工的だった。柔らかな合成繊維、金属のフックと、理解できぬ縫い目。どんな冒険者も、森の少女も、こんな格好ではない。そしてあのぬいぐるみ…アザラシ?ビーバー?盲目の職人が夢に見たような造形。


「話せるか?私の言う事、理解できるか?」とついに問うと、今回は杖を完全に下ろした。


アイリスの瞳がゆっくりと瞬いた。そしてついに、まるで年を重ねたかのような数秒の後、うなずいた。


小さな動き、だが十分だった。


その女性はこれまで抑えていた息を吐いた。マントの下に杖をしまった。


「よし…少なくとも幻ではないな」彼女が呟き、もう一歩進んだ。杖を地面にそっとつけ、空間を測りながら再び口を開いた。「たくさん質問させてもらう、少女。だがまず…名前を教えてもらえるか?」


沈黙がしばし漂った。少女はぬいぐるみを胸に抱え、身じろぎもしなかった。唇がかすかに震えてから、囁いた:


「アイリス…」


彼女は眉をひそめた。

「それは名前か、それとも花か?」


アイリスは答えなかった。大きく澄んだ瞳だけが、疑念と、恐れとも言えぬ何かを抱えて、彼女を見つめていた。


女性は長く息をつき、頭を傾げた。


鼻で“ふっ”と音を立て、ほとんど笑いかけるように。

「素晴らしい…鉄の屠殺場のど真ん中で、ぬいぐるみを抱える沈黙の少女と来たか。」

彼女の瞳が錆びた部屋を見渡した、床に溶けたベルトが散らばり、死んだスクリーン。ゆっくりと一歩を踏み出し、杖を下ろさなかった。

「この場所が空っぽだというのなら…良くある理由ではないはずだ。」


再びアイリスを見たが、彼女は変わらず、ぬいぐるみだけを盾に縮こまっていた。


アイリスは同じ姿勢のまま。ほとんど呼吸もしていなかった。何が起きているか理解できていないような表情。それとも理解したくないような。


「孤児院から来たのか?迷ったのか?捨てられたのか?」と、彼女の声は少し低く、ほとんど… “母性”を帯びていた。


何もなかった。


一言も。目だけが、空虚に彼女を見返した。


「くそ…」と歯を食いしばって呟いた。彼女の本能が何かがおかしいと叫んでいた。しかし“おかしい”というのは常識的な意味ではない、「ああ、少女がひとりで怖がっている」っていうのではない。いいや。これは別の何か。 この少女は、女性が知るどのカテゴリにも当てはまらなかった。


彼女は指を鳴らした、そして小さな光の球が肩のそばに浮かび上がり、異形の少女をより明るく照らした。


そして気づいた:少女の左腕に、奇妙な布の折り目の間から金属の小さなブレスレットが見えていた…数字が刻まれていた。


数字。


異常なほど緻密に刻まれていた。まるで、完璧主義のドワーフの宝石職人がその後にエイリアンアートを専攻したかのように。


彼女はかがみ込んだ。


「アイリス…これは何だ?」


何も反応がなかった。


「どこから来た?」


沈黙。


「アイリス…人間なのか?」


沈黙。


だが彼女の瞳が動いた。ほんの一センチ。まるでその最後の質問が一刀だったかのように。


女性はゆっくりと背筋を伸ばした。数秒間何も言わなかった。ただ彼女を見つめ、瞳の奥に隠された言語を読み取ろうとしているかのように。


それから路地の出口に向かって体を向けた。


「くそ…俺、まずい事に首を突っ込んだな、だろ?」と低く呻いた。そしてアイリスに視線を戻した。「来い。ここに置いておくつもりはない。お前が何であれ…この森の肉を食らう者たちに引き裂かれるなんて許さない。」――ああ、すまん、ほとんど忘れてた、私はカペラ。魔女みたいなものだ。


そして返事を待たずに、彼女は手を差し伸べた。


アイリスは躊躇した。


しかし最後には、とてもゆっくりと、とても震える手で…その女性の手を取った。

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