第6話
「……今、何と?」
俺は、思わず王様に聞き返した。
「封印? 人柱?」
「うむ!」
王様は、なぜか誇らしげに頷いた。
「そなたは、伝説の『王の心臓』の持ち主! あらゆる害意を無効化する、生ける城壁だ!」
「その力、もはや個人の護衛などに使っている場合ではない!」
「はあ……」
「隣国との戦争が、近いかもしれん。だが、そなたがいれば、我が王都は難攻不落!」
王様の興奮は、最高潮に達している。
「トールよ! そなたには、王城の地下最深部にある『要石の間』に入ってもらう!」
「そこは、王都全体の守護結界の中枢! そこにそなたが座ることで、王都全体が『王の心臓』の守りを得るのだ!」
「これぞ、我が国の長年の悲願! 完璧な防衛国家の誕生である!」
俺は、頭が痛くなってきた。
なんだ、その話は。
そんな機能、俺のスキルにはないぞ。
俺のスキルは、あくまで「俺自身」に向けられた敵意にしか反応しない。
王都全体を守るとか、無理に決まってる。
俺は、ただのモブ兵士だ。
「父上! それは……!」
セレスティアが、青い顔で王様に抗議しようとした。
「トールを、そんな暗い地下に閉じ込めるなんて! 許しません!」
「そうです、陛下!」
クラリスも、血相を変えて王様に詰め寄った。
「トール様は、人柱などという、生贄のような扱いを受ける方ではありません! まさに神への冒涜です!」
「黙れ、二人とも!」
王様が一喝した。
「これは、国を守るための最善の策だ!」
「トールよ! お前も、この国の兵士なら、名誉ある任務、喜んで受けるだろう!」
王様は、期待に満ちた目で俺を見た。
周りの貴族たちも、「おお……」「伝説の力が……」と興奮している。
誰も、俺が「ただ硬いだけ」の人間だとは気づいていない。
そして、俺のスキルが、王都全体を守れると本気で信じ込んでいる。
「……嫌です」
俺は、三度目の拒否をした。
「まず、俺のスキルは、たぶん、そんな大層なものじゃない」
「王都全体を守るなんて、無理です」
「謙遜するな、トールよ!」
王様は、俺の言葉を全く信じていない。
「その力、この目で見た! 王子と暗殺者の剣を砕いたではないか!」
「それは、あの二人が、俺個人に殺意を向けていたからです」
俺は、面倒くさいと思いながらも、必死に説明した。
「俺に敵意がない攻撃は、普通に当たります。たぶん」
「だから、王都に飛んでくる矢とか、投石とか、俺が地下にいても防げませんよ」
「……む」
王様が、初めて疑問の顔をした。
「そ、そうなのか?」
「そうです」
俺は頷いた。
「だから、人柱は無理です。諦めてください」
「俺は、兵舎に帰って寝ます」
俺がそう言って、今度こそ帰ろうと背を向けた時。
「お待ちください!」
鋭い、しかし澄んだ声が響いた。
振り返ると、そこに一人の女騎士が立っていた。
深紅の鎧をまとった、凛々しい女性だ。
腰には、立派な長剣を佩いている。
この人は、確か……。
「私は、王女殿下の護衛隊長を務めております、アメリアと申します!」
女騎士アメリアは、俺の前に進み出ると、その場で片膝をついた。
騎士の最敬礼だ。
「アメリア。そなた、何を……」
セレスティアが、戸惑ったように言った。
アメリアは、セレスティアを一瞥し、そして俺に顔を向けた。
その目は、狂信的なほどの熱を帯びていた。
原作の、第三のヒロインだ。
「トール殿……とお呼びしてよろしいでしょうか」
「……はあ」
「私は、先ほどの全てを見ておりました」
アメリアは、自分の拳を強く握りしめた。
「私は、王女殿下をお守りする盾であるはずでした。ですが、あの暗殺者の前で、私は一歩も動けなかった……」
彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。
「それなのに、あなたは……。あなたは、いとも容易く王女殿下をお救いになった」
「あの絶対的な防御。あれこそが、私が生涯をかけて追い求めてきた『守護』の極致!」
「いや、俺はただ立ってただけなんだが」
「ご謙遜を!」
アメリアが、顔を上げた。
その目は、キラキラと輝いている。
「トール殿! あなたは、私の師です!」
「……は?」
「どうか、この私を弟子にしてください!」
アメリアは、俺に向かって深々と頭を下げた。
「あなたの『絶対守護』の極意、どうか私にご教授願いたい!」
「そのためならば、私、アメリアは、あなた様の剣となり、盾となり、生涯をお仕えいたします!」
……また、面倒くさいのが増えた。
俺は、天を仰いだ。
王女セレスティアが、俺の腕を掴もうと一歩踏み出す。
聖女クラリスが、俺の前に回り込もうと一歩踏み出す。
そして、女騎士アメリアが、俺の足元に跪いて弟子入りを志願している。
「……おい、どうなってるんだ」
「王女様と聖女様と、今度は『紅の騎士』アメリア隊長まで……」
「あの兵士、何者なんだ……。国でも獲るつもりか……」
モブ貴族たちの、失礼なヒソヒソ話が聞こえる。
獲るわけないだろ。
面倒くさい。
「アメリア隊長。トールは、私の婚約者になる人です」
セレスティアが、アメリアを牽制するように言った。
「弟子、というのは……」
「王女殿下! 申し訳ありません!」
アメリアは、跪いたまま、きっぱりと言った。
「ですが、こればかりは譲れません! 私は、トール殿の強さに惚れたのです!」
「この御方こそ、私が生涯を捧げるに値する、唯一無二の主君!」
「……なんですって?」
セレスティアの目が、据わった。
「お待ちください、アメリア隊長」
クラリスが、冷たい声で割り込んだ。
「トール様は、神の御使いです。誰かの主君になるなど、ありえません」
「あなたは、神を弟子にしてほしい、と。そう仰っているのですよ?」
「……神?」
アメリアが、怪訝な顔でクラリスを見た。
「聖女様。何を馬鹿なことを。トール殿は、至高の技量を持つ、最強の『守護騎士』です」
「神などという、不確かなものではありません」
「「……なんですって?」」
今度は、セレスティアとクラリスの声がハモった。
三人のヒロインが、俺を中央に挟んで、火花を散らし始めた。
セレスティア「トールは私の運命の夫!」
クラリス「トール様は私が仕えるべき神!」
アメリア「トール殿は私が生涯を捧げる主君(師匠)!」
「「「私の(神の・主君の)ものです!」」」
ああ、もう。
収集がつかない。
王様まで、腕を組んで「ううむ。これほどの逸材、どうしたものか……」と真剣に悩み始めた。
クズ王子は、さっき衛兵に連れていかれた。
暗殺者は、まだ気絶している。
俺は、三人の女たちに囲まれたまま、動けなかった。
全員、俺に凄まじい執着を向けている。
敵意や殺意ではない。
だが、それに近いくらい、重たい感情だ。
残念ながら、俺のスキルは、こういう執着には効かないらしい。
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