株がほとんど分からないのに運用ごっこをしていた会社、クビになった私が救う話

第6話 “安全っぽいの全部ちょうだい”って言われたけど、そんなものないです

金曜の朝。

ホワイトボードにはきのうまでのルールが残ってる。

1. 何を見て選んだか

2. いくら入れるか

3. どこでやめるか

4. いつ見るか

俺は青で一行だけ足した。

5. 買うときに「ちょっとは動きます」も書く

「これだけで、“安全って言ったのに！”がだいぶ減ります」

千紗が頷く。

「“動きます”って先に書くんですね」

「そう。『安全です』だけだと“じゃあゼロだね”って思う人がいる。

　“2〜3％は上下します”って先に書いとく。順番は

　①こういう理由で選びました → ②2〜3％は動きます → ③この範囲なら持ちます」

ノノがメモをとる。

「これなら株わからない人でも“ちょっとは揺れるのね”ってなる」

そこに――ピコン。

御堂からメッセージ。今日は長い。

御堂：

さっきの説明好評だった。

社長が「じゃあ“動くけど安全なやつ”を10本リストにして」と。

おまえの書式で出して。

「ほら来た」

俺が言うと３人ともニヤッとした。

真白「“安全なやつ全部”って言われました？」

「言われた。“動くけど安全”って。そんなカテゴリないのに」

千紗「“おいしいけど太らない”みたいなこと言ってますね」

ノノ「“株だけど動かない”ってパターン、存在しないですよね」

「存在しない。だから“動きます”を書けってさっき足した」

俺はすぐ返した。

凛：

“安全なやつ”は存在しません。

条件を分けます。

・長く黒字

・いま高すぎない

・2〜3％は上下する前提

これでよければ10本出します。

すぐ返ってきた。

御堂：

それでいい。

ただし「2〜3％は動きます」も一緒に書いといて。

俺から言うと怒られる。

「人に言わせようとすな」

俺がつぶやくと、３人がクスクス笑う。

◇

10分で10本ざっと選んで、全部に同じ形でくっつけた。

・この銘柄を選んだ理由：○○

・市場と一緒に2〜3％は上下します（想定内）

・この範囲なら保有します

これを御堂に送る。

すぐに向こうの全体チャットに、ほぼそのまま貼られた。

【投資部門】

当面の採用候補（案）

・いずれも2〜3％は市場と一緒に動きます

・この範囲なら想定どおりとして保有します

・今回は分散で持ちます

「おお、ちゃんと“動きます”って書いた」

千紗が嬉しそう。

真白も感心してる。

「“安全です”よりこっちのほうが説得力ありますね」

「そう。“動きます”を先に言うと、“じゃあこの範囲は責めないでおくか”になる。

　“安全です”だけだと、“じゃあ減るなよ”になる」

ノノが手を挙げる。

「でもこれ、“じゃあその中で一番安全なのどれですか”って来ません？」

「来る。今くる」

ちょうど来た。

御堂：

社長が「この中で一番安全なのはどれ」って言ってる

「ですよね〜」

俺は即返した。

凛：

“一番安全”は作らないでください。

またそこに全部いって、また“2〜3％動いた”で怒られます。

代わりに“いちばん説明しやすい”を出してください。

御堂、ちょっと間をおいてから。

御堂：

……それなら言える。

“説明しやすい”にする

数分後、向こうのチャンネル。

【投資部門・追記】

今回は説明しやすい銘柄から採用します。

理由と想定の上下幅をあわせて提示します。

「はい、やっと分かった」

俺が言うと、真白がホワイトボードに書いた。

“安全”って聞かれたら “説明しやすい” にする

千紗がさらに付け足す。

“動きます”を先に書く

ノノがにこにこしながら言う。

「これなら株わからない人でも、“動くって書いてあったか”で終われますね」

「そう。怒られるときの一発目が“動くって書いてたよね”になる。

　“なんで減ったの!?”じゃなくなる。これでだいぶ平和」

スマホがもう一回だけ鳴った。御堂からの個人。

御堂：

お前のやつ、そのまま社長に見せたら「なんでこの人クビにしたの？」って言われた

お前の名前は出してない

出したら俺が怒られる

凛：

じゃあ出さなくていいです

そっちが怒られないなら、それでいいです

御堂：

でもお前いなかったら書けなかったから、むかつく

凛：

それはどうも

窓の外の雨は上がって、商店街に人が戻ってきていた。

向こうの会社ではいま、「2〜3％は動きます」を読み上げてるはずだ。

最初に書いただけで、あの“安全って言ったのに！”の怒鳴り声が、だいぶ小さくなる。