第四節「武勇の咆哮」


張飛と許褚の激突は、戦場の空気を変えた。


「うおおおおっ!」


張飛の蛇矛が唸りを上げ、許褚の大剣がそれを受け止める。二人の怪力がぶつかり合い、周囲の地面が震えた。


「貴様、なかなかやるな!」


許褚が吼える。その巨体から繰り出される一撃は、まさに暴風だった。


「ハッ、褒めても何も出ねぇぞ!」


張飛が蛇矛を振り回す。その勢いに、曹操軍の兵たちが吹き飛ばされていく。


張遼は舌打ちし、馬を進めた。


「許褚、時間を掛けている場合ではない!」


「分かっている!だが、この男...」


許褚の目が、張飛を捉える。この武将は、ただの猛将ではない。その背後には、劉備への絶対的な忠誠があった。


「俺の兄者が守ろうとしているものを、お前らには壊させねぇ!」


張飛の咆哮が、戦場に響き渡る。


---


その光景を、関羽は遠くから見ていた。


「翼徳...」


諸葛亮が静かに言う。


「雲長殿、夏侯惇将軍が動きます」


「承知している」


関羽は青龍偃月刀を構えた。その瞳には、静かな決意が宿っていた。


やがて、曹操軍の中から一騎の武将が現れる。眼帯をつけた、夏侯惇だった。


「関羽...!」


その声には、激しい憎悪が込められていた。


「夏侯惇将軍」


関羽は馬上から静かに応える。


「我が弟、夏侯淵を討ったのは貴様だ!」


「その通りだ」


関羽は否定しなかった。


「夏侯淵殿は立派な武将であった。その最期も、見事なものだった」


「黙れ!」


夏侯惇が槍を構える。


「貴様に弟を語る資格などない!今ここで、その首を貰い受ける!」


二人の間に、緊張が走る。


そして、同時に馬を駆った。


関羽の青龍偃月刀と、夏侯惇の槍が激突する。火花が散り、二人の武勇が戦場を震わせた。


---


趙雲は、劉備の傍らで戦場を見渡していた。


「主公、曹操軍の動きが活発化しています」


「ああ...だが、孔明の策は機能している」


劉備は諸葛亮を見た。その軍師は、羽扇を静かに動かしながら、戦場の全てを把握していた。


「主公、間もなく戦況が動きます」


「孔明、何が見える」


「曹操殿は、織田殿への攻撃を諦めていません。恐らく、張遼将軍が別のルートから迂回する」


劉備の表情が引き締まる。


「それを許すわけにはいかない」


「はい。ですから...」


諸葛亮は趙雲を見た。


「子龍将軍、お願いします」


「承知しました」


趙雲は槍を構え、馬を走らせた。その動きは、風のように速く、そして正確だった。


---


曹操本陣では、荀彧が苦い表情を浮かべていた。


「主公...諸葛亮殿に読まれています」


「分かっている」


曹操は不敵に笑った。


「だが、文若。策だけで戦が決まるなら、武将など要らぬ」


「主公...」


「張遼に伝えろ。『何としても織田信長の首を取れ』とな」


荀彧は深く頷いた。そして、伝令を走らせる。


曹操は戦場を見渡した。劉備の仁徳、信長の野望、そして自分の覇道。この三つが激突している。


「劉備...貴様の仁徳は、確かに人を動かす。だが...」


曹操の目が鋭く光った。


「天下を取るには、それだけでは足りぬ」


---


織田本陣では、信長が戦況を冷静に分析していた。


「曹操はまだ諦めていない。張遼が迂回してくる」


秀吉が驚いて信長を見る。


「殿、何故それが...」


「劉備が警告してくれたからだ」


信長は静かに言った。


「あの男の仁徳は本物だ。だが、それ故に...危うい」


「危うい、ですか」


「仁徳だけでは、天下は治められぬ。時には非情な決断も必要だ」


信長は刀を握り締めた。


「だが、あの男の在り方は...否定できぬ」


家康が前に出た。


「殿、私に張遼を止めさせてください」


「元康...」


「劉備殿の想いに、応えたいのです」


信長は家康を見つめた。この若き武将の目には、強い意志があった。


「...行け。だが、死ぬなよ」


「はっ!」


家康は槍を構え、馬を走らせた。


秀吉も続く。


「殿、私も行きます!」


「藤吉郎、貴様も...」


「劉備殿の仁徳を、この目で見てしまいました。それに応えぬのは、武士の恥です!」


信長は、二人の背中を見送った。


「...フッ、劉備玄徳。恐ろしい男だ」


---


張遼は、迂回ルートを進んでいた。


張飛と許褚が激突し、関羽と夏侯惇が戦っている今、自分が織田本陣を突けば勝機がある。


「急げ!織田信長の首を取るぞ!」


だが、その前に二つの影が立ちはだかった。


「張遼殿、これ以上は通さぬ!」


趙雲だった。そしてその横には、家康と秀吉が控えていた。


張遼の目が細まる。


「趙雲...そして織田の武将たちまで」


「劉備殿の想いを、無駄にはできません」


家康が槍を構える。秀吉も刀を抜いた。


張遼は、三人を見渡した。趙雲の武勇は知っている。そして、織田の若き武将たちも、只者ではない。


「...フッ、面白い」


張遼は槍を構えた。


「ならば、三人まとめて相手をしてやろう!」


---


諸葛亮は、その全てを見ていた。


「主公、全ての駒が動きました」


「ああ...」


劉備は戦場を見渡した。自分の仁徳を信じ、命を懸けて戦ってくれる仲間たち。そして、敵であるはずの信長の家臣たちまでもが、自分の想いに応えてくれている。


「孔明、私は...」


「主公、貴方は何も間違えていません」


諸葛亮は断言した。


「貴方の仁徳が、この戦場を変えたのです」


劉備は頷いた。そして、剣を抜いた。


「ならば、私も戦おう。この想いを、形にするために」


諸葛亮は微笑んだ。


「では、参りましょう。曹操殿との決着を」


---


戦場は、いよいよ混沌を極めていた。


張飛vs許褚。関羽vs夏侯惇。趙雲vs張遼、そして家康・秀吉。


それぞれの激闘が、近江平野を揺るがしていた。


そして、その中心では、劉備と曹操が、ついに相対しようとしていた。


仁徳と覇道。


二つの理念が、ついに激突する──。

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