第二節「智謀激突」

近江平野を覆う戦塵の中、諸葛亮は冷静に戦況を見渡していた。


織田の鉄砲隊が劉備軍の前線を押し込んでいる。曹操軍は機を見て両軍の隙を突こうと動いている。三つ巴の混戦は、一瞬の判断ミスが命取りになる。


「孔明、どうする」


劉備が馬上から問う。その声には焦りはない。ただ、軍師への信頼だけがあった。


「主公、織田の鉄砲は確かに脅威です。しかし...」


諸葛亮は羽扇を静かに動かした。


「彼らの弾薬は無限ではありません。そして、荀彧殿もそれを知っている」


---


その言葉通り、曹操本陣では荀彧が静かな決意を宿した眼差しで戦場を見つめていた。


「織田の鉄砲が劉備を押している今が好機...しかし、諸葛亮がそれを読んでいないはずがない」


荀彧の脳裏に、かつて赤壁で相対した若き天才軍師の姿が浮かぶ。


あの男は常に三手先を読む。ならば、こちらは四手先を──。


「夏侯惇将軍」


「何だ、荀彧」


弟を失い、復讐心に燃える夏侯惇が応える。


「織田が劉備を押し込んだ瞬間、劉備軍の左翼が薄くなります。そこを突いてください」


「フン...待ちかねたぜ」


夏侯惇は眼帯の下の瞳を光らせた。弟の仇、関羽を討つ。その想いだけが、彼を突き動かしていた。


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だが、諸葛亮もまた、その動きを予測していた。


「雲長殿」


「どうされた、孔明殿」


関羽が青龍偃月刀を構えたまま応える。


「間もなく曹操軍が我が左翼を突いてきます。恐らく...夏侯惇将軍でしょう」


関羽の表情が引き締まる。


「夏侯淵を討った我が身に、報復の刃を向けるか」


「その通りです。しかし、それこそが荀彧殿の狙い。貴方と夏侯惇将軍が激突すれば、我が軍の要が戦場から消える」


「ならば、どうする」


諸葛亮は静かに微笑んだ。


「趙雲将軍に任せます。雲長殿は、別の場所で力を発揮していただく」


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戦場の中央では、張飛が織田軍の側面を突き崩していた。


「うおおおっ!退くな、突き崩せーっ!」


蛇矛が唸りを上げ、織田の足軽たちが吹き飛ぶ。だが、その前に立ちはだかったのは──。


「張飛とやら、貴様の首、もらい受ける!」


柴田勝家だった。


「ほう、面白ぇ!来いやっ!」


二人の猛将が激突する。勝家の大太刀と張飛の蛇矛が火花を散らした。


---


その光景を、織田信長は本陣から見ていた。


「劉備の武将たちは、やはり只者ではないな...」


隣に控える秀吉が、複雑な表情で呟く。


「殿...劉備殿は、本当に敵なのでしょうか」


「何を言う、藤吉郎」


「いえ...ただ、関ヶ原で見た劉備殿の姿が、忘れられませぬ」


信長は秀吉を一瞥し、そして前を向いた。


「天下を取るには、情を捨てねばならぬ時がある。それが分からぬか」


「...はっ」


だが、秀吉の心には、劉備の仁徳が深く刻まれていた。そしてそれは、隣で槍を握る家康も同じだった。


---


曹操本陣では、荀彧が次の一手を打とうとしていた。


「主公、織田が劉備を押し込んでいます。今、夏侯惇将軍を動かせば──」


「待て、文若」


曹操が手を上げた。


「諸葛亮が何も手を打たぬはずがない。あの男は、俺たちが動くのを待っている」


「しかし、このまま手をこまねいていては...」


「ならば、こうする」


曹操は不敵に笑った。


「張遼、許褚、出陣だ。だが──狙うのは劉備ではない」


「では、何を...?」


「織田の本陣だ」


荀彧の目が見開かれた。


「主公...まさか」


「劉備と織田が消耗し合っている今、織田信長の首を取る。それが最も早い」


それが、曹操のやり方だった。


---


諸葛亮は、羽扇を止めた。


「...動きましたね、荀彧殿」


劉備が問う。


「孔明、何が見える」


「曹操軍が動きます。しかし、狙いは我々ではない...織田殿です」


「何っ!?」


「荀彧殿は我々と織田殿が消耗するのを待っていた。ならば、曹操殿はその隙を突く。実に...見事な読みです」


諸葛亮の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。


「ですが、その先も見えています」


劉備は、軍師の横顔を見た。幾多の戦場で勝利を導いてきた、天才の姿を。


「孔明、どうする」


「主公...信長殿を救いますか?」


その問いに、劉備は迷わず答えた。


「当然だ。敵も味方もない。目の前で人が死ぬのを、俺は見過ごせん」


諸葛亮は深く頷いた。


「では、お伝えください。『曹操が織田本陣を狙っている』と」


「それで、信長殿は信じるか?」


「信じるかどうかは、信長殿次第です。ですが...」


諸葛亮は戦場を見渡した。


「我々が動けば、曹操殿の策は崩れる。それだけで十分です」


劉備は頷き、馬を走らせた。


---


戦場に、新たな風が吹き始めていた。


三つ巴の戦いは、いよいよ佳境を迎える──。

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