第20話 解釈違いにもほどがある!

「熊の串刺しの完成で~すっ★」

「えっ!? なに!? どういうことなのッ!?」


「熊さんのおしりの穴に木の棒を刺してぇ、串刺しにしたんですよっ★」


 チュチュ君が弾ける笑顔で、耳を疑うようなことを言い出した。


「えっ!? こっわ! マジ? 嘘でしょ!?」


 だが、俺の目の前には、チュチュ君の言葉通り……。

 ケツの穴に棒を刺されて串刺しになっている熊が、悶絶顔で転がっているわけで……。


「チュチュ君……ぽれを助けて……くれたの……?」

「そーですよぉ。熊ごときにビビって逃げ出す、へたれで腰抜けな木登り坊ちゃま」


「……チュチュ君、案外いじわるだ」

「いじわるじゃないです、心外ですねぇ。このチュチュめは、いつでも坊ちゃまをお助けしますよぉ~っ! なぜならば、わたしはかわいくて親切で忠実で完璧で優秀で清楚で強~いメイドですからっ! しゃきんっ★」


 チュチュ君はのほほん系に見えて意外と、飴と鞭で男を手玉に取る悪女タイプの女子なのかもしれない……。


「でも! なんだかんだで助けてくれるから、すき!」


「グルァッ!」


 木から降りるなり、倒れていた熊が襲いかかってきたッ!


「ひいッ! まだ生きてたァーッ!」

「ダメですよぉ。相手は魔熊なんだから、『殺すまで安心しない』でくださぁい」


 今なんか、聞き捨てならないことを自然な感じでぶっこんできたよね!?


「えっ、待って! 『まぐま』って何!? 前に出てきた『まじか』と同じ、間近にいた熊ってこと!?」

「違います。魔物に近い熊こと、『魔熊』です」


 とんでもない事実を告げてきたチュチュ君が、俺に剣を差し出してくる。


「なに、なんなの!? 魔物に近い熊こと、魔熊って!?」

「坊ちゃま、手負いの獣は凶暴ですっ! 素早く手早く容赦なくトドメを刺さしてくださいっ★」


 なんか重大なところを無視されたが、手負いの熊が今にも襲い掛かってきそうなわけで……それどころじゃないのも確か!


「ト、トドメ? ど、どうすんの……!?」

「『ずばーん!』って! 首を斬り落としてくださいっ★」


 ポップな言い方で、グロいこと言うじゃない!


「く、首を斬り落とす……? 無理じゃね?」

「無理じゃないですよっ! こういうことができるように、訓練いっぱいしたんですからっ!」


 そうかもしんないけど……!


「生き物殺すの怖いって! 死にかけっぽいけど、けっこう激しく動いてるしッ!」

「ビビらないし、うろたえなぁい。『あっちが殺そうとしてくるんだから、こっちも殺そうとしなきゃダメ』ですよぉ~? これは無益な殺生じゃなくて、正当防衛なんですからぁ」


「た、確かにそうかも……? そうなのか……?」

「そうです! さあさあ、深呼吸をして落ち着いてくださぁいっ★」


 殺意全開の手負いの獣を目の前にしても、いつもの調子を崩さないチュチュ君が、大きく手を開いて深呼吸のポーズをする。


「そんな余裕ないでしょ!」

「わたしが『圧』かけてるんで、熊さんは空気読んで襲ってこないと思いま~す」「あ、圧? なにそれッ!?」


「ガアッ!」

「ひいッ!」


 熊が動いた!

 今はチュチュ君の『圧』で様子見に徹しているみたいだが、今にも襲い掛かってきそうだッ!


「は~い、ご一緒にぃ……すー、はー、すー、はー」


 言いたいことが多すぎる!

 だが、とりあえず今の状況を終わらせたいので、大人しくチュチュ君に言われた通りに深呼吸!


「落ち着いたらぁ、剣を両手でしっかり持ってぇ~」

「剣を……両手で持つ……」


「そしたらぁ~……教えた通りに、振り下ろすっ☆」


 すー、はー、すー、はー……。


「坊ちゃまぁ? 覚えてますかぁ? っていうか、聞こえてますかぁ~?」

「両方、大丈夫……」


「これは、『坊ちゃまのための訓練』ですから、これ以上わたしはお手伝いしませんからねぇ? トドメだけでも、ご自分で刺して下さいましっ★」


 いつものポップでふわふわした言い方だが、言外に『圧』を感じる……!


「退治して追っ払うのと、殺すのは違うからなぁ……」


 出来れば、殺し殺されなんてやりたくはないが……。


「やっぱり、やらざるを得ないのか……」


 当然のように猛獣やらモンスターが跳梁跋扈する危険なこの世界で生きていくのならば、身を守るための『殺し』は避けては通れない……!


「えっと……剣は腕で振るんじゃなくて、剣の重さを使う……力は持ち上げる時だけ、振り下ろすときは剣の重さに任せて……」

「振り下ろすのはそうなんですけどぉ、坊ちゃまは初心者だから腕の力だけじゃ斬れないと思いますぅ。相手は、猛獣の魔熊さんですしぃ~」


「えぇ……どうしろってのよ……?」

「なのでぇ、剣を肩に担いじゃってから全身使って振り下ろしてください~っ★」


 剣を担いで……大きく振り上げ……。


「全身使って振り下ろすッ!」


 思いっきり力を込めて振り下ろした剣が、熊の首筋に落ちるッ!


「グルァッ!」 


 だが、骨で止まった!?


「ヤバ! 仕留めそこなったッ!」

「そういえば、剣は刃引きしてましたねぇ~。斬れないはずだぁ~っ★」


「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 断末魔の叫びをあげる熊が、道連れとばかりに襲い掛かってくるッ!


「うわあ! さっさと逃げてればよかったァァァーッ!」


 熊の牙が、俺を喰い殺さんと迫るッ!


「ちぇすとーっ★」


 喰い殺される寸前!


「坊ちゃまには、指一本触れさせないぜ?」


 チュチュ君が、熊の鼻に拳を叩きこんだッ!


「グギャアッ!?」


 それから、俺の剣を奪っておもむろに薙ぐ。


「剣の重さに任せるのはそうなんですけどぉ~、しっかり握って力を込めて狙ったところに当てないとダメですよぉ~。刃がブレちゃったら、斬れるものも斬れませんからねぇ」


 何気ない感じで言いながら、チュチュ君が熊の首を斬り落とした。


「あ、そうそう。首を斬るときは、骨に当てないことですっ。骨はとっても硬いんで、刃が折れちゃいますからっ! 骨と骨の繋ぎ目を斬ってくださいっ★」


 熊のデカい顔が地面に落ち、俺の足元にゴロンと転がってきた。


「ひぃゃあッ!」

「まあ、力づくで叩き斬ってもいいんですねどねぇ。あはは~っ★」


 めっちゃ強いし、むっちゃ容赦ないし、はちゃめちゃじゃん……!


「今日は、熊鍋にしましょうっ★ あっ、肝臓は街で売ったらいいお金になりますよぉっ★」


 はうあ! ちょっと目を離した隙に、もう熊を解体しているッ!?


「そうか! 熊を串刺しにしたのは、捌くときに便利だからだッ!」


 この子、最初から熊を喰うつもりだったんだッ!

 チュチュ……おそろしい子!


「やっぱり、あれですねぇ~」

「な、なに……?」


「強くなるには実戦というかぁ~、もっといろんな『生き物を殺す経験』を積まないとダメみたいですねぇ~★」


 物騒!

 こやつ、ゲームとキャラが違いすぎる! 解釈違いにもほどがある!


「な、なんで、そんな強くて逞しくて……なおかつ、手際がいいの……?」


 俺が怯えつつ問うなり、血まみれのチュチュ君がきゅるるんとかわいく笑う。


「それはぁ、わたしがかわいくて清楚で完璧なメイドでぇ、なおかつ『ご加護』があるからですよぉ★」

「ご、『ご加護』? なんの……?」


 まったく想像しなかった言葉が返ってきた。


「『邪神様』のですっ★」


「ふーん。なるほどね」


 つって、秒で流した。

 普通になんか怖いし、関わりたくない感じの名前だったから。


 そんで、ぺこりと会釈して「あっ。俺、このあと用事あるんでw」みたいな感じで、す~っと帰宅を目論んだ。


「待てぇいっ★」


 が、秒で失敗した。


「坊ちゃま。邪神教って知ってるかな?」


 チュチュ君に血濡れた手で肩を掴まれたからッ!

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