第5話 変わりゆく関係

 元の世界に戻る道を探すにしても、まったくもって手がかりがない!


 その一方で、見えるものすべてがよく見知ったゲームに酷似している&ゲームの登場キャラまでいる――という既視感が生み出す謎の安心感が有るのも、また事実。


 そのうえ、俺自身が登場キャラの悪役ペヨルマになっている始末ッ!


「不安、安心、不安! 不安と不安で安心を挟みこむ謎ハンバーガー状態!」


 言葉にすればするほど、意味のわからなさに頭がどうにかなりそうだ。



「それはそれとしてだ……!」


 世界観設定と登場人物がゲーム同然ならば、ストーリーも同じくゲーム同然なのだろう。


 つまり、ゲーム通りのルートに入ったら……死が待っている!


 破滅的な未来がわかっているのだ、なにもしないわけにはいかない。


 ゲームの知識を利用して現状がどうなっているのかを探りながら、予期されるゲーム本編の到来に備えるのが、今できる限りの現実的な対応だろう。


 死の舞台である学園入学までのタイムリミットは……あと一年!


 入学しないってのが一番安全なのだろうが、それをするとストーリーに違いが出て予期せぬヤバいことが発生する嫌な予感がビンビンする……!


 なので、それはなし!


 入学しないのが予測不能な事態を引き起こす可能性があるということは、入学テストに落ちても同じく予測不能な事態になるってこと!


 だから、それもなし!


「退路無しッ! 何度考えても、真っすぐ進む以外に道がねェッ!」



 ならば、あえて逆に攻め気で入学して、素直に主人公と戦う――という方向で行く!


 学園に入学して戦闘チュートリアルイベントを終了させると同時に、主人公に関わらずさっさと学園を退学する!


 これによって、『ペヨルマのストーリーを終わらせてしまう』のだ!


「ストーリーが終わった状態なら、イベントは発生しないもんなァーッ!?」


 そうすれば、ペヨルマの破滅のストーリーはフラグが立たない! はず! たぶん! 


 つまり、『主人公に殺されるストーリーにならないから、死にイベが無い』ってワケ!


「イエーイ! 完璧な作戦だぜェェェーッ!」


 作戦は決まった! あとは、やれることからやるだけだ!


 主人公との戦闘が避けられない前提で動くが……怪我はしたくない!

 だから、戦闘になったら怪我をしないうちに秒で負けて、さっさと逃げるッ!


 そのためには、いつでもすぐに逃げられる&ダメージを負わない&怪我しない状態にならねばならん!


 一言でいえば、『体を鍛える』必要があった。


「うわっ……私の体重重すぎ……?」


 現在、体重130㎏越えの完全体デブ……疑問の余地もなく規格外のデブだ!


「出だしから、最悪な情報を突きつけられた……」


 心なしか、重力を強く感じる気がするし。顎も二つある気がするし。首の後ろに謎の肉がある気もする……。

 だが、脂肪と絶望の重さを跳ね返すかのように、希望を感じる話を思い出した――。


「そんじゃそこらのデブは、100㎏を越えられない……100越えができるやつは、『デブの才能』があるッ! ワイは、デブ界のシ○ーヘイ・オ○タニや!」


 確かに、デブという生き物は、24時間365日も130kgの重りを着けて生活するようなものなのだから、ただ歩くだけでも超ハードトレーニングをやっているのと同じだ。


 これができる時点で、常人を超越したレベルで骨と関節が強い。


 ペヨルマをタダのデブではなく『規格外のデブの天才』と仮定し、前向きに考えよう。

 適切な運動により、脂肪を燃焼させながら筋肉を増強することができれば……。


「チェケラゥ! 高機動型デブの登場だァーッ!」


 これもありといえば、ありのビルドなのだろうが……俺の趣味とするところではない。

 ただでさえ他人の見た目なのに、体の感覚まで他人なのは、違和感が強すぎてストレスになる……というか、既になっている。なにをやっても、体が重い!


「とりあえずは、高機動型デブを経てから、脂肪をさらに減らして元の体形に近づけよう」



 不幸中の幸いにして、ペヨルマは貴族なので広大な領地を持っていた。

 当然、運動する場所には事欠かない。


 辺境の地とはいえ、人里なのでヤバいモンスターもいないし、安全に運動ができる――。



「ぎええええええええええ! ひ、膝がぶっ壊れたぁぁぁーッ!」


 見誤った! ペヨルマの体が一番の危険地帯だったァッ!


「ぼ、坊ちゃま! 無茶をなされないでくださいっ! 走るなんて自殺行為ですよっ!」


 長時間の走り込みなんて、普通の体形でも怪我の元だ。

 さらに、100kg越えのデブなら、当然のように関節をぶっ壊す!


「げはぁ! ぜはぁ! じ、じぬ……い、息ができ……ェッ!」


 そして言うまでもないが、デブの天才であるペヨルマは、天才ゆえにまったく運動していなかったらしく……ちょっと動いただけで、とにかく疲れる!


「チ、チュチュ……た、体力回復ポーションを……ぐれっ!」

「は、はい! ただいまっ!」


 陸に上がった魚ならぬ、無茶したデブとして死にかけているが、ここはゲームの世界。

 現実とは違って対処法がある!


「あ、ありっりり……がとと……ねぇぇ……!」

「死んじゃいそうじゃないですかっ!? わたしがお飲みさせますので、お口をお開けくださいっ!」


 ポーションを一口飲むだけで、たちまちのうちに疲れが消えて、体力が全回復する!


 そして、そのたびに心肺機能の高まりと持久力の向上を実感! 

 おまけに、膝の痛みも消し飛んだッ!


「元気ハツラツ★体力回復ポーション! お母さんもぜひ、お子様にすすめてあげてください!」

「ま、また走るんですかっ!? 疲れのせいで変なこと口走ってるのに、無謀ですよっ!」


 走りこんで疲れたら、ポーションをスポドリ感覚で飲んで、また走りこむ――。

 それだけで、走れる時間と距離がぐんぐん伸びていく!


 創意工夫が確実に成功に繋がり、努力は即座に報われて結果となる。

 成長速度が異常! 現実ではありえない現象、まさにレベルアップだ!


 デブすぎる体での運動は正直キツイが、このレベリング作業はかなり楽しい!


「しかし、瓶がかさばるなぁ~……ゲームらしく『インベントリ』とか『アイテムボックス』とかないのかよ?」


 ステータス画面が無いのだから、アイテム関係の画面も無いのは当然か。


「持ち物が、すべて手持ちはキツイ……アイテムボックス、欲しかったなぁ~……!」


 この世界は見た目はゲームっぽいけど、物理的な現象はゲームシステム的じゃなくて、元いた世界の法則と同じだった。

 だからこそ、妙に強い現実感が世知辛くて、異世界なのに異世界感がない。


「坊ちゃま、またゴミをご自分で運んで! そのようなことは、わたしの仕事ですっ!」


 それでも、ケモ耳美少女が存在するから、完全に異世界なんだけどね!


「いいって、ゴミぐらい自分で片づけるよ。でも、疲れたから一回横になるわ」


「あの、坊ちゃま……? 差し出がましいようで恐縮ですが、あまりご無理をなされないほうがよろしいのでは……?」


 空のポーションの瓶がたくさん入った籠を持つチュチュが、地面にあおむけにぶっ倒れる俺を覗き込んできた。


「俺を心配してくれているのかい?」

「は、はい……ご無理をしすぎに見えますから……」


 困ったような顔のへの字眉毛がかわいい。そして、優しい!


「ありがとう。でも、心配は無用だよ」


 走っている間はキツイが、それ以上に成長の楽しさが上回ってきているからね。


「なんだか、楽しそう……坊ちゃま、お変わりになられましたね」


 俺を見つめるチュチュが、感慨深げにつぶやいた。


「変わった? 良い方へかい?」


 そう尋ねると、チュチュは独り言を聞かれていたのに驚いたような顔をした後、小さく笑った。


「はい」

「なら、なんの問題もないね! もう一走りするよ!」


 俺が立ち上がると同時に、チュチュがタオルを手に持った。


「その前に! 坊ちゃま、汗をお拭きしますねっ!」


 やだ、優しい!?


「ぜ、全身をくまなく拭いている!? デブ特有の背中のなぞの谷間までっ!?」


 日本全土の運動部の女子マネが太刀打ちできないレベルの気遣い!

 しかも、ふわふわのしっぽは、お日様のようなひまわりの匂いがする……!

 こ、こんなの……好きになっちゃうよ……❤


「あ、ありがとう……チュ……」


 そういえば今更ながら、この子のことをなんて呼んだらいいんだ?


 ゲームやってたときみたいに、チュチュと呼び捨てか?


 いや~……いくら、ゲームキャラとはいえ、実際に間近に接していると呼び捨てはなんだか気が進まないなぁ。

 それに、女の子相手に名前の呼び捨ては気恥ずかしさもあるし……。


 じゃあ、チュチュちゃん……ない。慣れ慣れしい。

 じゃあ、チュチュさん……あり。だが、距離感が急に出た。


「ちゅ? いかがなされましたか?」


 俺の考えとは別として、この世界では……俺が主で、この子はメイドだ。


 これから、ペヨルマとしてやっていくにあたり、上下関係は残る感じにしたい。


 別に、ケモ耳に対する差別意識とかメイドへの見下しがあるわけじゃない。


 単純な話として、急に人間関係が変わると『ペヨルマの中身が俺に変わった』ことを気付かれて厄介なことになりそうだからだ……。


「いいや、なんでもないよ。チュチュ君」

「チュチュ君? 急に、お戯れですか? 今まで通り、呼び捨ててくださいまし」


 そうなるよな。いきなりは、不自然だよな。

 でも、これぐらい誤魔化せないと、これから苦労するだろう。


 この程度のトラブル、さらりと軽やかに乗り越えてみせるぜ。


「名前を呼び捨てるのは、無礼だろう? この俺、ペヨルマは貴族だ。常に紳士で礼儀正しくいたい。身近な人、しかも女性を雑に扱うなんて論外だよ」


 言うなり、チュチュがビックリしすぎた子犬みたいに目をまん丸にする。


「坊ちゃま……本当に、お変わりになられましたね……!」

「そうかな?」


「はい……雷に打たれてから、まるで『中身が入れ替わった』かのようですっ!」


 はうあ!?


 やばい! 偽装工作が裏目に出ちゃった!?

 変なこだわりで余計なことしなきゃ良かったぁーっ!


「わ、悪いほうにかい……?」


 恐る恐る尋ねる……。


 すると、なぜかチュチュが今までの作り笑いとは違う、柔らかい笑みを浮かべた。


「いいえ。良いほうに、お変わりになられました」

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