閑話3 マスターの休日

カフェ・デ・ソルテの定休日。 マスターは、静かな街の喫茶店で一杯のコーヒーを味わう。 かつて自分も、迷いの中にいた。 「希望の一杯」は、誰かのためだけでなく、自分のためでもあった——。




月曜日は、カフェ・デ・ソルテの定休日。 マスターは、静かな街の喫茶店に足を運んでいた。


店の名は「ミルククラウン」。 昔、よく通っていた場所だった。


カラン、と鈴の音が鳴る。


「いらっしゃいませ」


若い店主が、笑顔で迎えてくれる。 マスターは、カウンター席に腰を下ろした。


「ブレンドをお願いします。少しだけ、苦めで」


店主は頷き、豆を選び始めた。 その手つきを見ながら、マスターは昔の自分を思い出していた。


——あの頃、自分も迷っていた。 仕事に疲れ、人との距離に悩み、何もかもが空回りしていた。

この店で飲んだ一杯のコーヒーが、心に染みた。 苦みの奥に、静かな甘さがあった。 「誰かが、私のことを考えて淹れてくれた」——そう思えた。


それが、「希望の一杯」の原点だった。


湯を注ぐ音が、店内に響く。 香りが立ち上る。


「どうぞ」


マスターはカップを受け取り、そっと口をつけた。


深い苦みと、静かな余韻。 あの日の記憶が、胸の奥に広がっていく。


「……変わらないですね、この味」


店主は微笑んだ。


「変わらないように、守ってます。 誰かの“帰ってこられる場所”になれたらと思って」


マスターは頷いた。


「それは、素晴らしいことです。 私も、そんな店をやっています」


カップの底を見つめながら、マスターは静かに呟いた。


「誰かのために淹れる一杯は、 いつか、自分を救う一杯にもなるんです」


店を出たマスターは、空を見上げた。 風が、少しだけ優しくなった気がした。


そして彼は、歩き出した。 明日、誰かに希望の一杯を届けるために——。

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