第9話 揺らぎ

この物語はフィクションであり、特定の個人、団体とは一切関係ありません。



「気づいたこと? ごめん、わからない。和やかな会合だったと思うけど。」

陽子姉さんは何も言わずに僕を見続けた。二人の間を、秋の風が冬の気配を孕んで吹き抜けていく。

「陽子姉さんの言いたいことがわからなくて申し訳ないけど、陽子姉さんは、さっきの会合の何が不満だったのか教えてほしい。僕にはわからないから。」

陽子姉さんは目を閉じて、少し自分を落ち着かせているようだった。その状態で、右足のつま先でコツコツと地面を二回たたき、大きく息をつくと、目を開いた。

「山下さん、どう思った?」

「組長の山下さん? 僕たちの話をよく聞いてくれて、みんなの発言の良いところを指摘して、話をリードしてくれたと思うけど。」

「康ちゃんには、そう映ったのね。」

「陽子姉さんには、どう映ったのさ。」

陽子姉さんのあまりに要領を得ない言動に、僕は少し苛立って、挑みかかるような言い方をしてしまった。

「山下さんが肯定しかしていないの、わかる?」

「どういうこと?」

「あの人――山下さんは、私たちの話を聞いていない。いいえ、正確に言えば、聞いてはいるけれど、それがどんな話し合い、どんな答えだったとしても、すべて肯定することを前提にしているの。」

「それがいけないの?」

陽子姉さんの不満が、僕には理解できなかった。

「相手を肯定することがいけないんじゃないの。そうではなくて、相手の発言を肯定し、この会合に――いえ、世界光明真教に関わることが『気持ちいい』と認識させるために肯定していることが問題なのよ。」

「それがいけないの?」

僕は、陽子姉さんの言っていることが心底理解できず、重ねてまったく同じ言葉を繰り返した。

「康ちゃんは、それが不自然だと思わないの?」

「思わない。ごめん、陽子姉さんとなるべく分かり合いたいと思っているけど、陽子姉さんが今言っていることが、僕には全然わからない。僕が会合に初めて参加したから、山下さんは僕に配慮して、場の空気を発言しやすいものにするため、基本的に肯定するスタンスを取ったんじゃないの?」

陽子姉さんは僕をまっすぐ見つめ、僕も陽子姉さんをまっすぐ見つめた。

幼いときから一緒に遊んでくれて、世界光明真教においても僕を導いてくれた陽子姉さんが、今はまるで全く違う人のように見えた。

二人の間で緊張した空気が高まる中、不意に陽子姉さんは、まったく違うことを口にした。

「私たちは、どうしてお光様を信じているのかな?」

「え? どういうこと?」

「お光様は皆を照らし、皆をより良き世界へ導いてくださる。そして、お光様の前では、皆が平等だと教えられる。そうよね?」

陽子姉さんは、先ほどまでとは異なり、興奮している様子も高ぶっている様子もなかった。ただ、何か芯から冷えた鉄の彫像のように立ち尽くして言った。

「そうだよ。僕たちは皆、お光様の前に平等で、お光様の導きに従って、より良い世界を実現するために頑張ってるんでしょ。」

「じゃあ、月子は?」

「え?」

ふいの陽子姉さんの発言に、僕は陽子姉さんが何を言っているのかわからず、聞き返した。

「私と月子は双子の姉妹よ、一卵性のね。だから、私と月子では遺伝子までぴったり同じ。でも、どうして月子のほうが何から何まで優れているの?」

「何を言ってるの? 陽子姉さんには陽子姉さんの、月子姉さんには月子姉さんの、それぞれに良いところがあって、どちらが優れているとか、そういう話ではないでしょ。」

「そんなお為ごかしは聞き飽きたのよ!」

不意に絶叫した陽子姉さんに、僕は驚いた。周囲を歩いていた通行人も、何事かと一瞬立ち止まり、こちらをうかがっている。

「陽子姉さん。」

僕の呼びかけに、陽子姉さんは動かない。まるで、陽子姉さんの時だけが止まったように。

「成長して周りが見えるようになれば、嫌でもわかるようになる。私は姉だけど、月子のほうが優れていて、教団でも重用されている。」

「そんなこと……。」

そう言いかけた僕は、語尾を飲み込まざるを得なかった。

確かに、教団で重要な儀式がある場合、二人のうち月子姉さんがその役割を任されることが多いからだ。

そして、僕が語尾を飲み込んだ意味を、陽子姉さんも理解していた。

陽子姉さんの目は、冷たいのか、それとも熱いのか区別がつかないほど冷え切った金属のように無感動で静かだった。

「ねぇ、康ちゃん。お光様は平等ではないの?」

僕は拳を握りしめ、何も言えずに立ち尽くしていた。

「ねぇ、康ちゃん。お光様って、本当にいるの?」

陽子姉さんのその言葉は、まるで交通事故のように僕を跳ね飛ばし、

僕は酸欠の魚のように呼吸を繰り返し、ひたすら目を見開いていた。

陽子姉さんは、そんな僕の様子を見て、

「ごめん。」

と一言だけつぶやいて、駅に向かって走って行った。

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