第8話 打ち切り
この物語はフィクションであり、特定の個人、団体とは一切関係ありません。
規定の時間になり、受付で会合の終了を知らせるアラームが鳴って、それぞれの組長が締めに入る。
もちろん、まだ組長と組員、もしくは組員同士で議論が白熱し、締めに入らない組もあった。
僕はそんな周囲の組を見ながら、お光り様について互いに信仰を語り合う様子が、とても健全で素晴らしいものに感じていた。
だから、僕らの組でも一番年長の組員が、
「もう少し教義について話をしませんか。」
と提案したとき、僕は迷うことなく賛成し、
「ぜひ話し合いましょう。」
と言いかけた。
しかし、そのとき、陽子姉さんが、
「すみません。この後、用事があるので、私はここで失礼します。」
そう言って、組の輪の中から立ち上がり、道場の端に置いてあった自分の荷物を手早くまとめると、そそくさと下駄箱に向かって行ってしまった。
僕は、このまま残って組員の話し合いに参加するか、それとも陽子姉さんとともに帰宅するか迷った。
僕がそわそわと陽子姉さんと山下さんを代わる代わる見ていたからか、山下さんが僕の心を察したらしく、笑顔で、
「伊藤さんと一緒に帰ってあげたらどうかしら? この会合はまだまだ続くから、続きはまた次回に話をすることができるわ。」
と勧めてくれた。
その言葉を聞いて、僕は慌てて山下さんや他の組員に一礼してから、走って道場の隅に置いてあった荷物を取りに行き、急いで陽子姉さんを追って下駄箱に向かった。
陽子姉さんはすでに靴を履き、踊り場から細い階段を降り、下の階へ向かっていた。
僕は慌てて靴を履き、踵を踏んだまま、山下さんたちを振り返り、慌ただしく頭を下げた。
その様子を見て、山下さんだけでなく、他の組員の方々も笑顔で僕に手を振ってくれた。
僕はもう一度頭を下げると、急いで階段を駆け降り、陽子姉さんを追った。
「ちょっと待ってよ、陽子姉さん。一緒に帰ろう。」
陽子姉さんは、何も喋らず歩き続けた。歩く速度もまったく落とさなかった。
僕はかなりの速さで陽子姉さんの横をついて歩いた。
「陽子姉さん、この後、何か予定があるって言ってたけど、まっすぐ帰るわけじゃないの? どこかに寄って行くの?」
陽子姉さんは相変わらず何も喋らず、ひたすら急いでいる。
何か、よほど大事な用事があって、時間が差し迫っているのだろうか。
「ねぇ、陽子姉さん。すごく急いでるけど、次の予定の時間が差し迫っているの?」
それでも陽子姉さんは何も喋らない。
僕はその時になって、陽子姉さんがただ急いでいるのではなく、何か怒っているのではないかと感じた。
でも、何について怒っているのかまったく見当がつかなかった僕は、早歩きをしながら思い切って陽子姉さんに直接聞いてみることにした。
「ねぇ、陽子姉さん。僕が何か、陽子姉さんの気分を害するようなことをしたのなら謝るけど、何か怒ってるの? 初めての会合だったから、僕がうまくできなかったから?」
僕は少しだけ歩調を緩め、陽子姉さんの後ろから恐る恐る声をかけた。
すると、陽子姉さんは急に立ち止まり、こちらを振り向いた。
あまり急に止まるものだから、僕は陽子姉さんにぶつかりかけて、たたらを踏んだ。
「ご、ごめん。」
謝る僕に、陽子姉さんはかなりピリピリした感じで僕を見つめ、
「私は確かに怒っている。でも、それは康ちゃんに対してじゃない。」
と、半ば宣言するかのように言った。
僕は意味がわからず、陽子姉さんに改めて、
「僕に怒ってないなら、何に怒ってるの? 次の予定に遅れそうだから?」
と尋ねた。
陽子姉さんは、しばらく無言で僕を見つめていた。
その目には確かに怒りの色が見えた。けれど、それは単に怒っているというわけではなく、複雑な――何かを憐れむような、何かを救ってあげたいような、至らなさを責めるような――そんな様々な感情が混じり合った、不思議な目をしていた。
「次の予定なんてない。」
「え?」
「次の予定なんてない。」
陽子姉さんは、同じことを繰り返して言った。
「どういうこと? 次の予定があるから、みんなとの話し合いを打ち切ったんじゃないの?」
「話し合いじゃない。」
陽子姉さんは語気鋭く言い放った。
「話し合いじゃないって、どういうこと?」
「話し合いじゃないのよ。気がつかないの?」
「陽子姉さん、急にどうしたの? わかるように話をしてよ。」
陽子姉さんはその場で大きく息を吸い込み、それからそれ以上に大きく息を吐き出した。
それはまるで、オーバーヒートした機械から蒸気が噴き出しているかのような熱気を帯びていた。
「戸惑わせてごめんね、康ちゃん。私は康ちゃんに対しては、何も怒っていないの。」
少しだけ、いつもの陽子姉さんが戻ってきた。
「じゃあ、どうして不機嫌なの?」
「康ちゃん、さっきの話し合いで、何か気づいたことはない?」
陽子姉さんは、前かがみになり、下から僕の目を覗き込み、まるで僕の目を小さな窓にして、僕の中にある心を見つめているかのようだった。
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