第43話 陰キャ、二学期でも陰キャ生活か? ーそれはもう来ないかもしれないー

 二学期初日。

 

 俺は憂鬱な気分で目を覚ました。


「……はぁ」


 ため息が出る。

 

 楽しかった夏休みは終わった。また日常が始まる。


「いや、待て」


 俺は頭を振った。


「俺、いつから夏休みが終わることを寂しいと思うようになったんだ?」


 陰キャの俺にとって、夏休みなんてただの長い休みでしかなかった。

 

 学校に行かなくていい。人と関わらなくていい。最高の期間だったはずだ。


「……なのに」


 今は違う。

 

 学校に行けば、あいつらがいる。

 

 瀬良先輩、不知火先輩、浅葱。


「……ダメだ、完全に毒されてる」


 俺は枕に顔を埋めた。


 陰キャとして生きてきた俺が、リア充の生活に憧れ始めている。

 

 これは危険だ。非常に危険だ。


「でも……」


 あいつらの笑顔が浮かぶ。

 

 楽しかった夏の思い出が蘇る。


「……くそ、素直に楽しみにしてる自分が気持ち悪い」


 自己嫌悪に陥りながら、俺は起き上がった。


 ※ ※ ※


 登校中。

 

 俺はいつものように隠密モードで歩いていた。


「よし、今日は誰にも気づかれずに教室まで……」


「高一くーん!」


 ――即バレだった。


「おはよ!」


 浅葱が元気よく走ってくる。


「……おはよう」


「夏休みの宿題、ちゃんとやった?」


「一応な」


「偉いね! 私、昨日徹夜したよ!」


「それ偉くないから」


 俺のツッコミに、浅葱は「えへへ」と笑った。


「……なんでこいつは、こんなに元気なんだ」


 朝からこのテンション。俺には理解できない。


「ねぇねぇ、今日のお昼も一緒に食べよ!」


「……まぁ、いいけど」


「やった!」


 浅葱は嬉しそうに笑う。


「……ちょろいな」


 小さく呟いた。

 

 でも――嫌じゃない。


「え? 今何か言った?」


「何も言ってない」


「そう?」


 浅葱は首を傾げた。


「……可愛いな」


 また呟いてしまった。


「え!? 今、可愛いって……」


「何も言ってない!」


 俺は慌てて否定した。

 

 顔が熱い。


「……俺、何やってんだ」


 自分に呆れながら、教室に向かった。


 ※ ※ ※


 教室に入ると、クラスメイトたちが夏休みの話で盛り上がっていた。


「海行った!」

「花火大会見た!」

「彼女とデートした!」


 リア充たちの自慢大会だ。


「……うざい」


 俺は自分の席に座った。


「でも、俺も海行ったし、花火大会も行ったな……」


 ふと思う。


「……いや、待て。俺もリア充側になってるじゃねぇか!」


 衝撃の事実に気づいた。


「陰キャの俺が……リア充に……」


 これは一大事だ。

 

 俺のアイデンティティが崩壊する。


「いや、でもあれはデートじゃない。ただの友達付き合いだ。そうだ、友達だ」


 自分に言い聞かせる。


「友達……か」


 その言葉を噛み締める。


「……友達、か」


 昔の俺には、いなかった存在。

 

 いつの間にか、当たり前になっていた。


「……変わったな、俺」


 また同じことを考える。


「でも、これでいいのか?」


 不安が頭をよぎる。


「俺は陰キャとして生きてきた。モブキャラとして生きてきた」


 それが俺のポジションだった。

 

 安全で、傷つかなくて、楽だった。


「なのに今は……」


 主人公みたいな生活をしている。

 

 美少女三人に囲まれて。


「……これ、絶対どこかで破綻するだろ」


 ひねくれた思考が顔を出す。


「こんなの、長く続くわけない」


 いつか終わる。

 

 いつか、元の一人に戻る。


「……怖いな」


 小さく呟いた。


 一人に戻ることが、怖い。

 

 昔は当たり前だったのに。


「……くそ、完全に依存してるじゃねぇか」


 自己嫌悪が増す。


「高一、夏休みどうだった?」


 隣の席の男子が話しかけてきた。


「……普通」


「そっか」


 会話が終わる。


「……やっぱり、俺はこっち側の人間だ」


 陰キャ。モブキャラ。透明人間。

 

 それが俺の本質だ。


「浅葱とか、先輩たちとか……あれは、たまたまだ」


 自分に言い聞かせる。


「きっと、そのうち飽きられる」


 ひねくれた思考が止まらない。


「俺みたいな陰キャと一緒にいても、つまらないだろうし」


 ネガティブな考えがぐるぐる回る。


「……はぁ」


 また、ため息が出た。


 ※ ※ ※


 昼休み。

 

 俺はいつもの空き教室に向かった。


「……一人になりたい」


 今日はそんな気分だった。


 空き教室の扉を開ける。

 

 誰もいない。静かだ。


「……ここが落ち着くな」


 俺の居場所。

 

 誰もいない、静かな空間。


 弁当を開けて、一人で食べ始める。


「……これでいい」


 そう思おうとした。


「高一くん、いた!」


 扉が開いて、浅葱が入ってきた。


「……なんで見つかるんだよ」


「だって、高一くんがいつもここにいるの知ってるもん」


 浅葱は笑顔で隣に座る。


「一緒に食べよ!」


「……ああ」


 俺は諦めた。


「高一くん、元気ないね。どうしたの?」


「別に」


「嘘だ。絶対何かある」


 浅葱は心配そうに俺を見る。


「……何もないって」


「うーん……」


 浅葱は納得していない様子だ。


「あ、そうだ! 文化祭の話、しよ!」


「文化祭……」


「うん! 文芸部で何か出し物やるんでしょ?」


「まぁ、多分な」


「何やるの?」


「まだ決まってない」


「じゃあ、みんなで考えようよ!」


 浅葱は嬉しそうに言う。


「……ああ」


 俺は短く答えた。


「高一くん、やっぱり元気ないよ」


「だから、元気だって」


「嘘。絶対何か悩んでる」


 浅葱はじっと俺を見つめる。


「……っ」


 その視線から逃げられない。


「……別に、大したことじゃない」


「大したことじゃないって、悩んでるんじゃん」


「……うるせぇ」


 俺は顔を背けた。


「高一くん」


「なんだよ」


「私たち、友達だよね?」


「……まぁ、そうだな」


「だったら、悩み事、聞かせてよ」


 浅葱は優しく言う。


「……」


 俺は黙った。


「友達って、そういうもんじゃない?」


「……知らねぇよ」


「え?」


「俺、友達とかいたことないから……そういうの、分かんねぇんだよ」


 本音が漏れた。


「高一くん……」


「昔からずっと一人だった。透明人間って呼ばれてた」


 止まらなくなった。


「だから、今のこの状況が……よく分かんない」


「高一くん……」


「お前らがなんで俺なんかと一緒にいるのか、分からない」


 ひねくれた思考が言葉になる。


「きっと、そのうち飽きられるんだろうなって……」


「そんなことない!」


 浅葱が強く言った。


「私は、高一くんのこと友達だと思ってる。ずっと一緒にいたいって思ってる」


「……なんでだよ」


「だって、高一くん、優しいもん」


「優しくなんかない」


「優しいよ。気づいてないだけ」


 浅葱は笑顔で言う。


「高一くんは、ちゃんと周りを見てる。気を使ってる。それが優しさだよ」


「……」


「だから、私は高一くんと一緒にいたいの」


 その言葉に、俺は――。


「……ありがとな」


 素直に言えた。


「どういたしまして」


 浅葱は嬉しそうに笑った。


「……俺、変わってもいいのかな」


「変わってもいいし、変わらなくてもいいよ」


「え?」


「高一くんは、高一くんのままでいいの。無理に変わる必要なんてないよ」


 浅葱は優しく言う。


「……そっか」


 少しだけ、心が軽くなった。


「でも、一つだけ変えてほしいことがある」


「なんだよ」


「もっと、自分に自信持って」


 浅葱は真剣な顔で言った。


「高一くんは、思ってるより全然いい人だから」


「……考えとく」


「うん!」


 浅葱は満面の笑みを浮かべた。


「……ありがとな、浅葱」


「どういたしまして!」


 ひねくれた俺でも――こいつらは、受け入れてくれる。

 

 そんな気がした。

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