第39話 陰キャ、小説と夏祭りの中で揺れる ーそのどれもが楽しみだー
海から帰ってきた翌日。
俺は自室のベッドで天井を見つめていた。
「……楽しかったな」
昨日の光景が脳裏に浮かぶ。
三人の笑顔。海の青さ。スイカの甘さ。
全てが、キラキラと輝いていた。
「これが、青春ってやつなのかな」
小さく呟く。
陰キャの俺には無縁だと思っていた世界。
でも今、確かにそこにいた。
スマホが震えた。
グループチャットに通知が来ている。
『昨日はありがとう! 楽しかったね!』
浅葱からのメッセージだった。
『うん、楽しかった。また行きたいね』
不知火先輩が返信する。
『次は花火大会ね。日程、調整しましょう』
瀬良先輩からも。
俺も返信しようとした時、個別にメッセージが来た。
瀬良先輩からだった。
『高一くん、今日時間ある? 少し話したいことがあるの』
「話したいこと……?」
俺は少し考えて、返信した。
『大丈夫です。どこで会いますか?』
『じゃあ、駅前のカフェで。2時でどう?』
『分かりました』
送信ボタンを押して、俺は時計を見た。
今、午前11時。まだ時間はある。
「……何の話だろう」
少しだけ、緊張した。
※ ※ ※
午後2時。
駅前のカフェ。
俺は窓際の席で待っていた。
「おまたせ」
瀬良先輩が現れた。
白いブラウスに、デニムのスカート。髪は軽く巻いていて、いつもより柔らかい印象だ。
「いえ、今来たところです」
「そう。じゃあ、注文しましょうか」
二人で飲み物を注文する。
俺はアイスコーヒー、瀬良先輩はアイスティー。
「昨日は楽しかったわね」
「はい……楽しかったです」
「高一くん、最初は緊張してたけど、途中からすごく楽しそうだったわ」
「そ、そうですか?」
「ええ。見てて、嬉しかった」
瀬良先輩は優しく微笑んだ。
飲み物が運ばれてくる。
俺はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「それで……話って?」
「ああ、そうね」
瀬良先輩は少し真剣な顔になった。
「高一くん。あなた、小説のコンテスト、応募した?」
「え……あ、まだです」
「まだ? 締め切り、もうすぐよ」
「そうなんですけど……なんか、自信なくて」
俺は正直に答えた。
「自信がない……か」
瀬良先輩は少し考え込んだ。
「ねぇ、高一くん。あなたの小説、私は好きよ」
「え?」
「最初に読んだ時から、ずっと思ってた」
瀬良先輩は真っ直ぐに俺を見た。
「あなたの書く物語は、とても温かい。読んでいて、心が温かくなる」
「……ありがとうございます」
「だから、応募してほしいの。あなたの物語を、もっと多くの人に読んでもらいたい」
その言葉に、俺は胸が熱くなった。
「……考えてみます」
「ええ。期待してるわ」
瀬良先輩は微笑んだ。
その笑顔が、とても優しくて。
俺は――少しだけ、勇気が湧いてきた。
「あの、先輩」
「ん?」
「先輩は……どうして、そんなに俺のことを応援してくれるんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを聞いた。
瀬良先輩は少し驚いた顔をして――そして、笑った。
「どうしてだと思う?」
「……分かりません」
「ふふ、じゃあ考えておいて」
「え?」
「いつか、答えを教えてあげる」
瀬良先輩は意味深に笑った。
※ ※ ※
カフェを出た後。
俺たちは駅前を歩いていた。
「そういえば、花火大会の日程、決まったわ」
「え、もう?」
「ええ。来週の土曜日。みんな大丈夫だって」
「そうなんですね」
「浴衣、持ってる?」
「浴衣……? あ、いや、多分あると思います」
「じゃあ、着てきてね」
「は、はい……」
浴衣姿の三人を想像して――。
「……また死ぬかもしれない」
「え? 何か言った?」
「い、いえ! 何でもないです!」
俺は慌てて首を横に振った。
瀬良先輩はクスクスと笑っている。
「楽しみにしてるわね」
「は、はい……」
駅の改札前で、別れることになった。
「じゃあ、また」
「はい、また」
瀬良先輩が改札を通っていく。
その背中を見送って、俺は思った。
「……応募、してみるか」
小説のコンテスト。
瀬良先輩が応援してくれている。
それだけで、頑張れる気がする。
「よし」
俺は拳を握った。
※ ※ ※
家に帰って、すぐにパソコンを開いた。
自分の小説を読み返す。
「……まだまだだな」
修正箇所が見える。
でも、悪くない。
「もう少し、頑張ろう」
俺はキーボードを叩き始めた。
物語を、より良くするために。
数時間後。
ようやく満足のいく形になった。
「……よし」
俺はコンテストの応募フォームを開いた。
そして、小説を添付する。
「これで、いいか」
送信ボタンに指を置く。
少しだけ躊躇して――。
「……行け」
クリックした。
『応募が完了しました』
画面にメッセージが表示された。
「……やった」
俺は椅子に背を預けた。
達成感と、不安が入り混じる。
スマホが震えた。
瀬良先輩からのメッセージだった。
『応募、終わった?』
「……なんで分かるんだ」
俺は苦笑しながら返信した。
『はい、今終わりました』
『お疲れ様。結果、楽しみにしてるわね』
『はい、ありがとうございます』
送信して、俺はベッドに倒れ込んだ。
「……頑張ったな、俺」
自分を褒めてやりたい気分だった。
そして――来週の花火大会。
浴衣姿の三人。
「……楽しみだな」
そう呟いて、俺は笑った。
陰キャの俺の夏は、まだまだ続く。
そして――これからも、きっと楽しいことが待っている。
そんな予感がしていた。
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