第7話 陰キャ、美少女2人に挟まれる ー朝から修羅場フラグですー

 瀬良先輩と別れて下駄箱へ向かう途中、俺の足元にサッカーボールが転がってきた。


「あ、わりぃ! そのボール投げてくれ!」


 声の主は浅葱の幼なじみ――優斗。

 あ、どこぞの“優なんとか”さんだ。……どうする? あの腹立つイケメン面に全力スローを――いや、やめとけ俺。


 普通に拾って投げ返す。


「サンキュ! ……えっと確か入学式でふて寝してた――誰だっけ?」


 なんだその不名誉な識別法は。初対面でそれはやめろ。ドロップキックお見舞いしたろか?


「あ、えっと高一賢聖です」


「ああそうそう! 高一くんだ! 思い出した!」


 嘘つけ、この野郎。


「そういえば高一くん、最近浅葱と仲良くしてるらしいじゃん」


「は?」


 警戒レベル上昇。まさか昼休みのことが――。


「あ、いや、今日さ。浅葱と楽しそうに喋ってたろ? クラス中が見てたって。……もしかして、浅葱のこと」


「安心しろ、好きじゃない。俺はああいう女に好意は寄せない。代わりにお前をぶっ……いや何でもない」


 口が悪いのは自覚してる。優斗は苦笑しながら俺の肩に手を置いた。


「まあ、浅葱は良い子だから嫌いにはならないでやってくれ。あいつ、見た目より傷つきやすいんだ」


「……分かった」


「それなら良かった! じゃ!」


 優斗は満足げに戻っていく。

 傷つきやすい、ね。そうは見えないけど――覚えておく。


 その場を離れようとしたとき。


「あれ! 高一くんじゃん!」


 聞き覚えのある凛とした声。振り向く。


「不知火先輩……」


 体育館の方からボールを抱えた不知火先輩。汗が夕陽にきらめいている。


「さっきサッカー部の子と話してた?」


「あぁ、まあ」


「部活帰り? 由良との活動、どうだった?」


 歩み寄る先輩に、俺はつい満面の笑みで答えてしまう。


「はい! 俺が瀬良先輩を驚かせる小説を書けたら“いいこと”があるらしいんで、死ぬ気で頑張ろうかと!!」


 不知火先輩は顔を真っ赤にして、持ってたボールをストンと落とした。


「え、ちょ、ちょっと待って! “いいこと”って……ど、どういうこと!?」


「え? いや、“いいこと”ですけど……」


「な、なんだ……そういう意味か。――でも、由良がそんな約束するなんて珍しい」


「そうなんですか?」


「うん。由良は興味ない人にはわりと愛想ないから。良かったね、気に入られたみたいで!」


「別に嬉しくないですけど……エッチなことしてくれるなら話は別ですけど!」


「た、高一くん!?」


 先輩は慌てて俺の口をふさぐ。手が柔らかい。あったかい。


「そ、そういうの大声で言わない! 由良に聞かれたら怒られるよ!」


「んー、んー(すみません)」


 俺が謝ると、手が離れた。


「じゃ、私は試合に戻るね」


「あ、お疲れさまです」


「うん。それと――頑張ってね、高一くん!」


 肩をぽん、と叩かれて見送る。

 ひとりになった俺は下駄箱へ向かいながら決意する。


「……帰ったらバトル小説の構想、固めるか」


 少しワクワクして校門を出た。


 ※


 翌早朝、俺は自室の机に向かっていた。

 帰宅後もずっと構想。キャラ名、設定、世界観……ノートがインクで埋まっていく。


 主人公は――剣士? いや、魔法使い? それとも――。


 ペン先が止まらない。気づけば空が白んでいた。


「とりあえず支度するか」


 伸びをして制服に袖を通す。



 ※


 身支度を終えて玄関のドアを開ける――そこで、聞き慣れた二つの声。


「お! 由良の推察通りここだったね!」


「優花! あまりそういうこと言わないで!」


 ……え、ちょ、待て。


「おはよ! 高一くん!」


「おはよう。構想は練れた? 高一くん」


 そこにいたのは“文と武の女王”――不知火先輩と瀬良先輩。

 不知火先輩はジャージで爽やかスマイル。瀬良先輩は制服にカーディガン、白髪が朝日で光ってる。


「え、なんで二人が俺んちに!?」


「一緒に登校しようと思って」


 不知火先輩が当然のように言う。


「同じ文芸部の仲間だもの。たまには一緒に登校も悪くないでしょ?」


 瀬良先輩が微笑む。


「い、いや待ってください! 俺の家、どうやって――」


「昨日、優花がちょっとだけ後を――」


「由良! それ言っちゃダメ!」


 俺は頭を抱えた。


「それ、ストーカーって言うんですよ!」


「ストーカーじゃないよ! ただの下調べ!」


「それがストーカーです!」


 二人はくすくす笑った。


「まあいいじゃん。行こ、高一くん」


 不知火先輩が俺の腕を掴む。


「え、ちょ――」


「私も」


 反対側の腕を瀬良先輩が掴む。


 こうして俺は、美少女二人に“物理的に”挟まれて登校する羽目になった。


 通学路の視線が痛い。羨望と嫉妬がミサイルみたいに飛んでくる。


「うわ、あいつ誰だよ……」

「美人二人に挟まれて……」

「羨ましすぎる……」


 冷や汗が背中を伝う。


「あの、目立つんで離れてもらえますか?」


「やだ」


「嫌よ」


 即答やめろ。


「……俺の平穏な日々を返してください」


「もう遅いよ、高一くん」


 不知火先輩が楽しそうに笑う。


「そうよ。あなたはもう文芸部の一員なんだから」


 瀬良先輩は満足げに微笑む。


 俺は観念して、されるがまま。

 ――ぼっち生活、完全に終了だな。


 でも、ほんの少しだけ。この状況、悪くないと思ってしまったのも事実。


「ねえ、高一くん。構想、本当に練れた?」


「あ、はい。一応、バトル物の骨組みは」


「へぇ、楽しみ」


「今日の昼休み、見せて?」


「はい。頑張ります」


 三人で会話を重ねながら、朝の光の中を歩く。


 こうして俺の“予想外の高校生活”は、さらに予想外へと加速していくのだった。

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