第6話 陰キャ、美少女先輩と勝負する ーその相手は文芸の女王ー

午後の授業も終わり、完全に帰宅ムード。

 俺は、昼休みの浅葱との一件を思い返していた。


 分からない……浅葱って女、何を企んでるんだ?

 あの言葉は本気か冗談か。考えれば考えるほど霧が濃くなる。


 ――まあ、何はともあれ文芸部のパソコン室に行くか。


 そう決めて教室を出ようとしたとき。


「高一くん、部活に行くの?」


 振り返ると、担任の四宮先生。

 柔らかいウェーブの栗色の髪、優しい眼差しが俺を包む。


「はい」


「そうなんだ。ふて寝したらダメだよ?」


「あれはあの時だけですから」


 入学式で寝てた件を軽く突かれて、思わず苦笑い。

 四宮先生は「ふふっ」と笑って、俺の頭をぽんと撫でた。


「頑張ってね、高一くん」


「は、はい……」


 ちょっと照れながら、文芸部の部室へ向かう。


 ※


「来たわね、高一くん」


 部室の前で腕を組む瀬良。

 メロンみたいな胸の前で威圧感マシマシ、魔王の風格である。


 ……でっけ〜(心の声が漏れそうになるのを必死で抑える)。


「何ボーッとしてるの? 早く中に入りましょ。約束通り、いいことしてあげる」


 いいこと!? やっぱここ、エロゲの世界線じゃないの?


 そんな邪念を振り払いながら入室――で、固まった。


 机いっぱいに並ぶお菓子とジュース。

 カラフルなスナック、チョコ、クッキー。完全なる歓迎ムード。


 たったひとりを迎えるのに、ここまで……?


 でも、瀬良にとって“初めてのちゃんとした部員”らしい。

 下心じゃなく、ちゃんと入部した俺を、本気で歓迎してくれているのだと分かった。


「あ、えっと、私なりに用意してみたんだ。……どうかな?」


 少し不安げな瀬良。いつもの妖艶さとは違う、素直な期待と不安。


「……お前たち100点だ」


 どこぞのデビルハンターみたいな台詞が口を突く。

 瀬良はクスッと笑った。


「なにそれ、高一くん。やっぱり少し変わってるね」


「そうですかね。捻くれてる自覚はありますけど」


「ふふ、でも嫌いじゃないよ。そういうの」


 お菓子をつまむ俺に、瀬良が椅子に座りながら聞く。


「どんな物語を書きたい?」


「エロ小説!」


「――却下」


「――えぇ!?」


 俺の情けない裏返りボイスに、瀬良はため息。

 ブレザーを脱ぐ仕草が、妙に色っぽい。白いブラウスとラインの強調。視線が泳ぐ。


「あ、視線逸らした」


「いや、なんかエッチだったんで……」


「その程度で赤面してるようじゃ、君にエロ小説は書けないよ」


「その程度の……レベル!?」


 瀬良はくすくす笑い、俺の隣に腰掛ける。距離、近い。いい匂い。


「一つ助言。小説は“自分に合った物語”から始めたほうがいい。

 ずっとバトル漫画を書いてきた人が、前知識ゼロでいきなりラブコメ描いても――多分キツいよね?」


「つまり、自分と相性の良いジャンルを見つけろ、と」


「そう。思いつく限り試して、手に馴染むものを掴むの」


 真剣な横顔。文芸への姿勢はやっぱり“女王”のそれだ。


「分かりました。じゃあ、瀬良先輩」


「なにかな?」


「俺が書いた小説で先輩が“息を呑む”レベルの作品ができたら、先輩が毎度言う“いいこと”、俺にしてください!」


 土下座寸前の勢いで直訴。

 瀬良は一瞬きょとん、からの不敵な笑み。


「いいわよ。ただし――こう見えて私、官能小説で入賞経験あり。学校の本は読み尽くした。

 “目が肥えた私”を本気で驚かせられるかしら?」


 挑戦的に光る瞳。

 俺の挑戦状は、確かに受理された。


「やってやりますよ。絶対に」


「ふふ、楽しみにしてるわ」


 視線がぶつかる。

 勝負の火花、点火。


「じゃあ、さっそく今日から書き始める?」


「いや、今日は帰ります」


「えっ」


 ぽかん顔の瀬良。……可愛い。

 思わず笑ってしまう。


「いきなりは無理ですよ。まずは構想を練らないと」


「あ、そっか。そうだよね」


 ちょっと残念そう。


「でも、明日からは頑張りますから」


「うん、期待してる」


 満面の笑み。やばい、眩しい。


 ※


 部室を出ると、廊下は夕陽色。

 これから始まるのは、“文芸の女王”と“生意気な新入部員”の勝負――という名のラブコメだ。


 ぼっち生活は終わった。

 でも、それはもしかすると悪くない。


「高一くん!」


 背後から声。振り向くと、息を切らした瀬良が走ってくる。


「わ、忘れてた……これ、入部届けの控え」


「あ、ありがとうございます」


 書類を受け取る。瀬良は少し照れ笑い。


「じゃ、じゃあ明日ね!」


「はい、また明日」


 手を振って戻っていく背中を見送りながら、ふと思う。


 ――もしかして、俺、青春してるのか?


 頬が少し熱い。

 校門へ向かって歩き出すと、夕陽が俺と瀬良の影を長く伸ばした。


 こうして、俺の“新しい高校生活”の一日目が終わろうとしていた。

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