3.旅立ち

ザファリア帝国の都は、悲しみに包まれていた。


王が国民に重大な話があると告げると、王城前の広場は人々で埋め尽くされた。国王の悲痛な面持ちに、国民は最悪の事態を予感しながら、固唾を飲んでその言葉を待っていた。


その悲痛な発表の最中、国民の視線から最も遠い裏門では、二頭の馬に牽引された、ありふれた馬車が静かに待っていた。ビアードは、幼いコーネリアスを伴い、深く眠るオフィリアを抱きかかえて馬車に乗り込んでいた。


彼らの行く先を、国民は誰も知らない。ただ、ある国を目指す密かな旅が今、始まろうとしていた。それは、王国の安寧を護るために、愛する娘の死を偽った王の決断と、その嘘を護るための、過酷な旅路であった。


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時は遡ること、数時間前――。


王宮の玉座の間には、王とリンドバーグ伯爵、副騎士団長ビアード、幼いコーネリアス、そして王妃の姿があった。


「ビアード……そしてコーネリアス。お前たちに、私の最も大切なものを託したい」


王の言葉は、千年の時を経たかのように重く、そして悲痛だった。彼の視線は、腕の中に深く眠る、奇跡の王女オフィリアに向けられていた。


王は、その小さな手を優しく握り、オフィリアに宿る**「奇跡の力」**、そしてこれからの旅路について語り始めた。


「目的地は南にあるフォースフォリア王国。そこは、私の最も信頼する友、勉学を共にしたエドワードが治めている国だ。彼は子に恵まれなかった。だが、その胸には誰よりも温かい心と、知恵がある。


彼ならば、この子を我が子として育て、オフィリア自身も幸せに過ごすことが可能であろう」


リンドバーグ伯爵は、王の言葉に静かに耳を傾けていたが、沈黙を破り、深く頭を下げた。


「王よ。いかにエドワード王が御心広き方であれ、フォースフォリア王国は国としては、今や衰退の一途をたどっております。そのような国に、王女の御身を託すのは……」


その言葉は、彼自身の娘を旅に出す不安と、王女の身を案じる忠誠心から発せられていた。


王は、その言葉を遮ることなく、静かに答えた。


「その衰退こそが、この子を護る盾となる。豊かな大国は魔族の標的となりやすい。魔大陸からもフォースフォリアは距離があるため、オフィリアの魔力を感じることはないだろう。国は小さいかもしれぬが、彼の力は間違いない。何より、彼の知恵と優しさが、この子を正しく導いてくれると信じている」


王の言葉には、確固たる決意が宿っていた。


王は、オフィリアを託す理由を語り終えると、ビアードに一枚の書状を手渡した。


「これは私からエドワードに宛てたものだ。どうか、この子と共に彼に届けてやってほしい。私の名をだせば、エドワードも理解するはずだ」


**次に、**王は一つのワインボトルを手に取った。それは、ザファリア名産の希少なワインだった。


「これは彼と学生時代にともに飲んだものだ。少し味は違うかもしれないが、彼ならすぐにわかるだろう」


王は深く息を吐き、手にしたペンダントをビアードに差し出した。


「それから、このペンダントを、オフィリアにつけてやってほしい。これはこの国に古くから伝わる魔道具のひとつだ。身につけることで、この子から放たれる魔力を抑えることができるだろう」


王が手渡したのは、緑色の宝石が嵌め込まれた美しいペンダントだった。


「物資はすでに用意した。旅の費用もだ。当面の生活には困らないだろう」


王はビアードに重い金貨の入った袋を手渡し、最後に二人の労をねぎらう言葉をかけると、静かに頭を下げた。


「どうか、旅の無事を祈る。そして、私の娘をどうかよろしく頼む……」



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ほどなくして、王は国民の前に立つため、玉座の間を後にした。


王妃は、リンドバーグ伯爵や給仕たちが待つ王宮の裏門へとビアードたちを伴った。


裏門で馬車に乗り込むビアードたちの前で、王妃は深々と頭を下げた。


彼女は深く眠るオフィリアに駆け寄ると、その小さな手にそっと触れ、別れを告げた。


「どうかあなたが健やかに、そして幸せに過ごせますように。いつかまた、どこかで出会えることを信じて……。」


その言葉を聞き終えたビアードたちは、王妃たちに見送られながら、馬車へと乗り込んだ。




そして馬車は静かに王宮の裏門を出た。


そのころ王都では、国王の口から帝国に奇跡をもたらした王女の病死が告げられ、帝国中は深い悲しみに包まれていた。



馬車に揺られながら、ビアードは隣に座るコーネリアスを見た。まだ幼いながらも、凛とした表情で、彼女は眠るオフィリアを優しく見守っている。


「コーネリアス殿、これから始まる旅は、決して楽なものではない。多くの危険が、私たちを待ち受けているだろう」


ビアードの声は、落ち着きながらも緊張感を含ませる。


コーネリアスは、ビアードの目を真っすぐ見つめ、答えた。


「その点、心得ております。ビアード様。この旅が、姫様を、そして国を救うためのものだとわたくしは理解していますから。」


その言葉に、ビアードは深い感銘を受けつつ、、ゆっくりと深く頷いて返した。


彼らの行く先は、南にあるフォースフォリア王国。


道中、彼らは身分を隠し、ただの旅人として振る舞わなければならない。それは、幼いオフィリアの命を守るためでもあった。


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