1. 誕生

大陸歴1129年。魔族の襲撃や自然災害が多発し、国民の生活が困窮を極めていた時代のことだった。

春の陽光が真上から降り注ごうとする頃、ザファリア帝国に一つの生命が誕生した。その刹那、王女から発せられた魔力が大陸全土を駆け巡り、王女が生まれた部屋に飾られていた花は、命を吹き込まれたかのように瑞々しく咲き誇る。

同時に、国全体を覆っていた不作が嘘のように消え去り、痩せ細った作物は凄まじい勢いで成長し、豊かな実りをつけた。生まれたその子は、夜明けの空の色を映した水色の髪と、透き通ったエメラルドの瞳を持っていた。


ガラルンド王は、呆然と呟いた。『なんてことだ……。ははは……。この子は、奇跡の子か……』


侍女は震える手で王女を指し、驚きまじりの涙ながらに叫んだ。『これは……、これは、この子が天に祝福されているという証に違いありません。陛下……!』


その言葉に、王妃は疲れ切った顔で微笑んだ。すると、ガラルンド王は何かを確信したかのように、力強く言い放った。

『この子の力は世界を変えるぞ。民の生活を豊かにし、恵みをもたらすであろう……もしかすると、12宝将の力に匹敵する、いや、それ以上になり得るかもしれん。』


侍女から侍女へ、そして侍女から料理人に至るまでと王女出生の奇跡は、瞬く間に王宮内に広まった。そしてその噂は、瞬く間に王都全体を駆け巡った。


生まれて3か月が過ぎようとしたころ、王都をあげての盛大な生誕祭が執り行われた。新しく誕生した王女を一目見ようと、近隣諸国の王族や使節団が次々と王都を訪れ、国民は豊穣をもたらした姫の誕生に歓喜した。


王宮のバルコニーに、ガラルンド王と王妃に抱かれたオフィリアが姿を現す。夜明けの空を映した水色の髪と、透き通ったエメラルドの瞳を持つその姿は、あまりにも神秘的で美しかった。


集まった人々の中から、感嘆の声が次々と上がった。『おお……なんてお美しいお方だ……まるで空のようだ』『この方が我らを救ってくれた姫君なのか。まだこんなに小さいというのに』


熱狂的な喝采が、王都全体に響き渡る。ガラルンド王は、その光景を誇らしげに見つめていた。しかしその時、一人の男が警備兵の制止を振り切り、王女の前に歩み出た。



「王よ、王女よ。どうか妻を助けてくれ。どんな薬でも治らないんだ」


男の哀願に、ガラルンド王は顔をしかめる。「なんだ、この賤民は。警備は何をしている。おい、こいつを連れていけ!」


男の妻が、咳き込みながら弱々しく声を上げた。『もういいのよ。ゴホッゴホッ。こんなめでたい日に、私のような人間が来るべきではないわ……帰りましょう。ゴホッゴホッ』


ガラルンド王は、その妻の顔や腕に浮かんだ醜い痣を目にし、嫌悪を露わにする。『なんだその痣は!穢らわしい!!近寄るな!立ち去れ!』


警備兵と男がもみ合う中、ガラルンド王の腕の中にいたオフィリアは、じっと病気の妻を見つめた。すると、彼女の透き通ったエメラルドの瞳が淡く光り始める。


王の怒声が響く。だが、その声が届かぬかのように、病の妻の身体が風に包まれフワリと宙に浮き上がり、そのままオフィリアの元へと吸い寄せられていった。


王の腕の中にいる娘から放たれた力に、ガラルンド王は言葉を失う。その瞬間、オフィリアの小さな手が宙に伸ばされ、淡い光が病の妻の全身を優しく包み込んだ。


「……う、嘘…息苦しくない……!ゴホッ…体も……!」


見る間に妻の顔色に生気が戻り、痣が消えていく。その光景に、ガラルンド王は呆然と立ち尽くした。『なんということだ……。病までをも……』


騎士たちは感嘆の声とともに、男を掴んでいた手を離した『奇跡だ……!本当に奇跡だ!』


男はすぐさま妻の身体を確かめ、震えながらその場に跪いた。『……本当に……本当にありがとうございます、王女様……!』


この奇跡の御業とも取れる出来事は、王都だけでなく、すぐさま近隣諸国にまで広まっていった。




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生誕祭からおよそ3ヶ月が過ぎ、オフィリアが生まれて半年となった頃のこと。突如として禍々しい黒い雲が帝都の空を覆った。


「なんだこの不気味な空は。まるでこの世の終わりじゃないか」警備隊たちが不安そうに心の声を漏らす。


空を覆う禍々しい黒い雲は、ただの雲ではありませんでした。その雲の中心に白紫色の稲妻が走り、中から一人の男がゆっくりと姿を現します。人型でありながら、その背には巨大な漆黒の翼が生えていました。


彼の姿を見た瞬間、警備隊たちの顔を青ざめ、言葉を失いました。その存在を誰もが知っていました。その男が、魔界でも名高い**???の魔人**であることを。


彼が地上に降り立つと同時に、無数の黒い稲妻が王都の城壁を襲い、瞬く間に粉砕しました。しかし、彼は破壊を目的としているわけではありません。警備隊には目もくれず、ただまっすぐと王宮の中心、王がいるであろう玉座の間へと向かいます。



警備兵が玉座の扉に迫る魔人に震えながらも声をあげます。


「お前のようなものがここへ来るべきでない。何が狙いだ...!!」


その言葉に魔人が答えます。「雑兵はそこでおとなしくしていなさい。」


警備兵はその言葉とともに、全身が石になったかのように動きを止め、恐怖に顔を歪ませたまま立ち尽くしました。武器を握る手すら、もはや動かすことができません。


そのまま魔人は玉座の間に足を踏み入れます。


玉座の間で待つガラルンド王は、その圧倒的な魔力の気配に、戦慄を隠しきれませんでした。



「人の王よ。魔王の使者として参上した。このご拝謁の機会を設けていただいたことに感謝する。本題に入ろう。その生まれたという娘は、貴様らが思う『奇跡』ではない。その力は、この世界を混沌に導く、ある忌まわしき力と酷似している。


故に、我々もそれを無視することはできない。その娘を自らの手で始末せよ。それができぬのであれば、貴様らを敵と見なす。そして敵対する場合は、娘だけでなく、王国もろとも滅ぼすことになるだろう。」


魔人の冷徹な言葉に、王は絶望に打ちひしがれ、唇を噛みしめました。


その言葉にガラルンド王も答えます。


「お前たちの要求は、我が娘を自ら手にかけろとでもいうのか。馬鹿げている。あの力はお前たちが思うような力ではない。」


ガラルンド王の反論に、魔人は感情を露わにすることなく、静かに片翼を広げた。漆黒の羽根がわずかに揺れると、玉座の間の空気が一瞬で氷のように冷たくなる。


「我々の要求は変わらぬ。王よ、貴様が信じるその力は、我々が知る混沌の力だ。娘の命か、王国の存続か。……選ぶがいい。賢明な判断を期待している。」


魔人は凄まじい魔力を放ちながらその言葉を残し、自らの身体を漆黒の翼で覆うと、その場から音もなく姿を消していった。



魔人が消え去った後、玉座の間には、張り詰めた沈黙だけが残された。国王ガラルンドは、その場に立ち尽くしたまま、まるで息をすることすら忘れていたかのように見えた。その静寂を破ったのは、絶望に震える、か細い声だった。


「私は国の王として、父として、どうすればいいのだ。」


こうして、奇跡の子として生まれたばかりの王女オフィリアの人生は、祝福から一転、苛酷な運命という名の荒波へと投げ出されたのだった。





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