第13話 きっかけは勘違い
体育館には、すでに大勢の生徒たちが集まっていた。
ざわざわと話し声がするなかで、デスブリングはリーリエたちクラスメイトの姿を見つける。
クラスメイトたちもデスブリングに気づくが、一瞬だけ睨みつけると、すぐに誰もが顔をそむけた。
『うう。なんか話しかけるような雰囲気じゃないな』
『まだ怒っているみたいですしね』
『なんでだろうな?』
『さあ? ぶっちゃけAIなので、よく分かっていないです』
そうこうしているうちに、壇上に美人秘書のミカエラが姿を現した。
生徒たちの雑談の声が消え、静寂が降りる。
「諸君らに報告したいことがあって、集まってもらった」
良く通る綺麗な声だ。
「実は、オキロ校長が体調を崩され、長期休養に入られることとなった」
ざわざわと周囲が騒がしくなる。
「マジか?」
デスブリングも思わず声を漏らしていた。
「元気そうに見えたんだがな」
『そうは言ってもジジイですからね。急に体調が急変することもあるでしょう』
「どのようなご病気でしょうか?」
生徒のひとりが質問する。
「…病気というよりは、心労のようです。強いストレスを感じられたようで…。しばらく休養すれば、大丈夫だと思われます」
ミカエラの言葉に、いたるところで生徒たちの安堵の吐息が聞こえてきた。
どうやらオキロ校長は、生徒たちに随分と慕われているらしい。
「まあ、病気じゃないなら安心だな。しかし、体を壊すほどのストレスかぁ。余程不安なことでもあったんだろうな」
デスブリングも心配するように呟いた。
『ちなみに回復には、ストレスの原因から距離を置くことが大事らしいですよ。休養は良い手段です』
「なるほどな。…そうだ。世話になったし、お見舞いにでも行くかな」
『よい心がけですね。オキロ校長も喜ぶことでしょう』
****
「魔法大会はどうなりますか?」
聞き覚えのある声だった。
ほかの生徒たちが邪魔で見えないが、メルルの声で間違いないだろう。
クラスメイトたちがいる場所からは、反対の位置にいる。
「そうですね。みなさんの一番の心配はそこでしょう。なので今日、集まってもらいました」
オキロの体調不良も大ニュースだが、それ以上に大事な話なので、全校生徒を集めたということらしい。
「魔法大会ってなんだ?」
初めて聞く言葉に、デスブリングは疑問符を投げた。
『学期末に行われる全員参加の期末試験ですね。保護者を初め、王族や貴族が見学にくる一大イベントのようです。30年ほどの歴史があるみたいですよ』
「ふ~ん、最近できたんだな」
『いや、だから30年前ですって。ジジイの感覚でしゃべらないでください』
「魔法大会は予定通り行います。安心してください」
ミカエラのよく通る声が響き渡る。
今度はあまり安堵の息は聞こえなかった。
生徒たちからすれば、テストは少しでも少ないほうが良いのかもしれない。
「しかし、最終課題を作成されていたオキロ校長が休養されたので、最終課題は変更となります。オキロ校長が出す課題と同等の難易度、その規模を考慮し、最終課題は竜刻山にて行います」
「はぁ? 嘘だろ!?」
「死んじゃうじゃん!」
ミカエラの科白を聞くや、生徒たちの騒ぎが大きくなる。
「竜刻山か、懐かしいな」
そんななか、デスブリングはひとり過去を思い出していた。
『マスターが通ってた時代には魔法大会は無かったと思いますが、何しに行ってたんですか?」
「いや、普通に昼飯を食うために」
『意味が分かりません。ドラゴンでも食べてたんですか?』
「いや、食わねえよ。一度食ったけど、硬くて不味かった」
『食ってるじゃないですか』
「近くの山だったしな。昼休みに散歩がてら登って、見晴らしのいい高台で弁当を食べて、腹ごなしに適当な魔物を狩って授業に戻っていた」
『なんか他の生徒の反応見てると危険な場所らしいですけど?』
「100年前とは生態系が変わってるのかもな」
「静かにしなさい!」
ミカエラの一括で、生徒たちは大人しくなった。
「名誉あるグノーシス魔法学園の生徒ならば、魔法における比類なき才能を世界に見せつける必要があります。あなたたちは選ばれた生徒です。ぬるま湯につかった課題など恥をさらすだけです」
生徒たちは誰一人、文句を言わなかった。
内心どうなのかは分からないが、グノーシス魔法学園の生徒であり、自分たちは優秀だというプライドが、覚悟を決めさせているのだろう。
「かといって、悪戯に才能を危険にさらすつもりはありません。確かに気を抜けば命を落とす危険はありますが、皆さんの実力に見合った課題を準備するつもりです。魔法大会当日まで、自己研鑽とチームワークに励んでおいてください。以上です」
****
放課後、デスブリングはとぼとぼと校門近くを歩いていた。
誰か話しかけてくれるかと最後まで残っていたので、周囲にあまり人影はない。
「おっかしいなぁ。今日こそは誰か話しかけてくれるかと思ってたんだけどなぁ」
『その自信の根拠はなんですか?』
「自分を信じると書いて自信なんだよ。根拠なんてあって堪るか」
『うわ~。そういうとこじゃないですか?』
「何がだよ? …実技のときは普通に会話できてたから、ワンチャンあると思ってたんだけどなぁ。でも、なんか怒っている感じだったよな?」
『さあ、AIには分かりません。一度、きちんと謝ったほうが良くないですか?』
「だいぶ謝ったぞ。心の中で」
『そういうとこですよ』
そのときだ。
校門の前で誰かを待っているような素振りの男子生徒が、デスブリングを見て、手をあげて話しかけてきたのだ。
「おう、待ってたぞ。遊びに行こうぜ」
(え!?)
デスブリングは驚き、すぐに感動と興奮が湧き上がってきた。
その生徒に見覚えはない。明かに別のクラスの生徒。
だが、そんなのは関係なかった。
普通に話しかけられ、しかも遊びに行こうと誘われた。
こんなに脳汁があふれるような幸福があるだろうか。
「お、おおおう。ま、ままま待たせたな」
デスブリングはこれが最期のチャンスとばかりに全神経を集中させ、頑張って言葉を発し、手をあげる動作をする。
見事だった。
多少、いや結構どもったが、普通の人の反応ができた。
嬉しさから顔がニヤけそうになるのを、緊張がうまい具合に隠してくれていた。
『完璧です。マスター』
ジェミニも褒めてくれる。
「おう。悪い悪い。待たせたな」
声は後ろから聞こえた。
振り向くと3人の男子生徒がいて、そのうちひとりが、目の前の男子生徒に話しかけていた。
デスブリングが再び前を見る。
え? 誰コイツ?
という表情を、目の前の男子生徒がしていた。
え? なにお前? なんで話の中に入ってきたの?
そんな顔で、後ろの3人組が訝し気な表情をデスブリングに向けてきていた。
状況を理解する。
目の前の男子生徒は、デスブリングの後ろにいた生徒たちに話しかけていたのだ。
それを勝手に、自分に話しかけてきたのだと勘違いし、答えてしまったのだ。
恥ずかしかった。
顔から火が出るほどに恥ずかしかった。
穴があったら入ってみたいという気持ちが痛いほどに理解できた。
「あ…、ええと…、あの…」
デスブリングは目を泳がせながら消え去りそうな声で言うと、校門の壁とお見合いをはじめた。
4人となった男子生徒の集団は、訝しげな視線をデスブリングの背後に向けながら、どこかへ行ってしまった。
「うう、ワシ。いまめっちゃ恥ずかしい」
『そもそも、どうして自分だと思ったんです? 知らない生徒だったでしょ?』
「う、うるさい。話しかけられたと思った瞬間、冷静な判断ができなくなったんだよ。コミュ障舐めんな」
デスブリングはちらりと男子生徒たちが消えた方向を見て、姿が見えなくなったことに安堵した。
「しかし、こんな恥ずかしい姿を、知っている人に見られなくて良か……」
デスブリングは言いながら、反対方向を見て、言葉に詰まった。
ばっちりと目が合う。
同じクラスの生徒に。
「お…、おま…、おま……」
デスブリングは顔を真っ赤にした。
そこには澄ました顔のメルルの姿があった。
「み、見たのか?」
「…見てないわよ」
デスブリングの質問にそっけなく答える。
会話ができた喜びよりも、あの恥ずかしい姿を見られなかった安心のほうが勝っていた。
「よかった」
ほっと胸を撫でおろす。
横を通り過ぎようとするメルル。
その肩が小刻みに震えていた。
やがて震えは大きくなり、
「ぷぷっ。くぷぷぷ……」
口からも笑い声が漏れはじめていた。
「え? お前、まさか……」
「あはははは! ごめん、もう無理! なに今の? 今時あんな……。あははははははは!」
いつもの澄ました態度からは想像もできないほど、腹を抱えて笑い出したのだ。
「あ~、おかしい! あははははははは! 『よう、待った?』。ぷくくくくく! 思いっきり勘違いしてるし! ひ~、おかしい!」
よほど面白かったのか、床をがんがんと拳で叩いて笑っている。
「お腹…痛い! ひ~ふふふふふふ! あははははははは!!」
「お、お前! 今見たことは忘れろ! 絶対だぞ!」
デスブリングも顔を真っ赤して、取り乱した。
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