第12話 今度は正座

次の日、デスブリングは誰よりも先に教室に入っていた。


次に登校してきた生徒に話しかけるためだ。


しゃべってる輪の中に入っていくのはかなりハードルが高いが、相手がひとりでいるなら、なんとか出来そうな気がした。


向こうも話相手が来るまでの間、暇だからデスブリングと会話してくれるはずだ。


また、教室の中ほどに座っているので、誰かが隣に座ってくれる可能性も期待できた。


『しかし、昨日のあれ。絶対に忘れられてましたよ』


ジェミニが不満げに言う。


「授業に遅れて生意気な態度をとったんだ。仕方ないだろう。若返った体をあまり動かしていなかったからな。よいトレーニングになった」


扉が、ガラガラと開く。


姿を見せたのは、桜髪の少女、メルルだった。


「お、おおおおおおお!」


デスブリングはおはようと挨拶をするも、上手くしゃべれなかった。


メルルは視線を合わせることもなく、奥の席に座り、教科書を読みはじめた。


『声かけないんですか?』


『あ、いや~。なんかアイツ、拒絶オーラ出してない?』


『さあ? 私にはそういうの分からないので』


デスブリングは数分ほど話しかけようか迷って、意を決して立ち上がった。


そのタイミングで再び教室のドアが開かれた。


二人組の男子が、世間話をしながら教室に入ってくる。


出鼻を挫かれたデスブリングは、時間を戻すように椅子に座った。


徐々に生徒たちの数が増えていく。


誰もが誰かと話をしている。挨拶が飛び交い、喧騒がデスブリングを取り囲みはじめた。


一言も発していないのは、デスブリングとメルルくらいだった。


それから時間が過ぎ、授業の開始前。


デスブリングの周囲にだけ、人の姿がなかった。


まるで闇落ちしたウンコでも避けるかのように、デスブリングの近くには誰も座らなかったのだ。


「……あれ?」


『なんか既に嫌われてますね』


『ワシ、何かやっちゃいました?』


『そういうとこじゃないですか?』


****


休み時間になるも、昨日と同じく、誰もデスブリングに話しかけて来なかった。


今日は2限目も座学で、教室には大勢のクラスメイトがいたが、それでもデスブリングに話しかける者はいなかったのだ。


2限目の後は昼食の時間となる。


学園には購買と食堂があるが、弁当を持参してきても良かった。


『ふっふっふ。ついにワシが注目を浴びる時が来たぞ』


『もはや、フリにしか聞こえないですね』


『うるさいな。昨日はお前も賛同してただろ?』


デスブリングは机の上に、巨大に弁当箱を置いた。


5段に重ねられた重箱。


ジェミニとふたりで見栄えを研究した、豪華な手料理が詰まっている。


5段になったのは、どの料理が注目を引けるか分からなかったからだ。


とりあえず、肉、魚、野菜、キノコと有名どころを揃え、モツや和え物、グラタンやカレーなど、地方の珍しいメニューを加え、フルーツや砂糖、卵で作ったデザートで最高に映える弁当箱を用意してきた。


「うわぁ~! なにそれ!?」

「凄いね! 自分で作ったの!?」

「おいおい、その量は一人じゃ無理だろ? 俺がもらってやるよ」


デスブリングは妄想で、ぐふぐふぐふと含み笑いをした。


もう生徒たちが群がってくるイメージしか湧かない。


これを機に、一気に友達が増えることだろう。


デスブリングは重箱を開けると、頑張って練習した科白を口にした。


「う、うわぁ。作り過ぎちゃったぁ~」


ちらっと、右を見る。


誰もこちらを見ていなかった。少女たちは目の前の友達と楽しそうにおしゃべりしている。


ちらりと左を見る。


机の上に腰かけた男子生徒たちも、デスブリングの弁当に視線を向けることなく、大笑いで盛り上がっていた。


「…量、多いな~」


デスブリングは背伸びをするふりをして、背後を見た。


もくもくと食べる生徒たちは、誰もデスブリングを気にしていなかった。


『…どうするんですか? これ』


『食べるに決まってるだろ』


デスブリングはひとり寂しく、弁当を食べはじめた。

とても美味しかった。


****


「で? なんでお前は今日も遅刻してきてんだ?」


午後は実技の授業だった。


グレイス教師は笑顔のまま、器用に怒りを露にする。


「そ、それが…うぷっ。た、食べ過ぎてお腹が…」


デスブリングはパンパンに膨れたお腹をさすりながら、今にも吐きそうな様子で苦しんでいた。


『無理して食べるくらいなら、夜にとっておけば良かったんじゃないですか?』


『早く言ってよね~』


『いや、お腹が空いていたのかと』


「で? 今日も外周を走るつもりか?」


「そ、それなのですが…、お腹が痛くて、は、走れましぇん」


「だよな~」


グレイスが鞭のグリップを反対の手に叩きつけながら言った。


「えへへへ」


デスブリングはわけも分からず愛想笑いする。


「じゃあ、走らなくていいぜ」


「あ、ありがとうございます」


「その代わり、動くな」


「え?」


「テメエは授業が終わるまで、そこの砂利の上に正座だぁ!」


****


クラスメイトたちが実技をしている最中、デスブリングはひとり正座をしていた。


激痛に耐えるのに必死で、実技の授業を眺める余裕もない。


『ヤバい、ジェミニ。膝の感覚がなくなってきた』


『まぁ、尖った砂利の上に正座ですから。東方では普通に拷問らしいですよ』


『腹が飯でパンパンだから、なんか膝の上に石でも置かれたみたいだ』


『料理なんて、大した重さじゃないですよ~』


「せ、先生~、もう足が限界です~」


デスブリングは手をあげて、涙ながらに訴えた。


グレイスはまるで興味のない世間話でも聞くような表情で、


「ああ。筋肉はもう無理って思ってから頑張ると、強くなるらしいぞ」


と言ってのけた。


「せ、先生… す、脛に筋肉はないですけどぉ!?」


そのときだ。


校内放送が流れた。


生徒たちが動きを止め、放送の内容に聞き入っている。


『各生徒と教員は、授業を中断して、速やかに体育会へお集まりください』


「なんだぁ? まあいい。お前ら、移動するぞ。片付けろ」


グレイスが指示を出す。


「あ、あの…、ワシは?」


デスブリングは小さく手をあげて主張した。痛みで全身がぷるぷると震えている。


「ちっ。しゃーねーな。正座はもういい。片づけを手伝え」


デスブリングはほっと息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。痛みで足が上手く動かず、生まれたての小鹿のようだった。


「ぬぉおおおお! し、痺れうぅうう!!」


「ほら! 早く歩け!」


グレイスに催促され、歩き出そうとしたデスブリングは足をもつれさせてしまった。


「おわっ!」


なんとか踏ん張ろうとするも、ケンケンのようにステップし、目の前の少女に覆い被さるようにぶつかってしまう。


「きゃっ!」


悲鳴と同時に、ドスンと地面に倒れる音が重なる。


「ちょっと! なになに!?」


甲高い声が、すぐ顔の近くで聞こえた。


「あ、…あああ。うごごごごご!」


突然のコミュニケーションを強いられ、デスブリングは人見知りが発動してしまう。


頭が真っ白になり、言葉さえも上手く出てこない。


「テメェ! 何してんだ!!」


害意を感じ、デスブリングは咄嗟に我に返る。赤髪の生徒が自分に向かって蹴りを放ってきていた。


「フレイム・ドッグ!」


赤色魔法で強化された蹴り。だが、デスブリングにしてみれば、大した威力ではない。


『マスター。どうしますか?』


『渡りに船だ』


デスブリングは蹴りを腕でガードすると、そのまま吹っ飛ばされた。


『ふう。足が痺れて動けなかったから、吹っ飛ばしてくれて助かった』


『でも、なんかヤバい感じですよ?』


見ると、先ほど押し倒した女子生徒のまわりに人だかりができていた。


「大丈夫だった?」

「なにアイツ、あり得ない」

「マジで犯罪なんだけど」


デスブリングが押し倒した相手は、クラスでもカーストトップの人気者、リーリエ・ラブヒューイットだった。


金髪に三つ編みを編み込んだボブカット、大きめの目を上手にお化粧で際立たせている。


「だ、大丈夫だから。心配かけてごめんね」


リーリエが笑顔をつくって答える。


「テメエ、本当に最低な奴だな!」


そして、リーリエを守るかのように赤毛の少年、レオル・ガンバードが立ちはだかっていた。


レオルの背後には、たくさんの敵意と非難に満ちた視線が、デスブリングを射抜いていた。


「い、いや。…あの、ちが…」


「何が違うんだ!? 言い訳すんじゃね!」


レオンがデスブリングの胸倉を掴み上げ、炎を纏った拳を叩きつけてくる。


「バーンナックル!」


デスブリングは顔面にパンチを食らい、再び吹き飛ばされた。


「おい! やめろ!」


グレイスが叫んで、鞭をレオルの前に叩きつけた。再び追いすがろうとしたレオルの動きを止める。


「1発目は仕方ねえ。だが、2発はやり過ぎだろ?」


グレイスに睨み返していたレオルは、舌打ちをすると踵を返し、リーリエたちに合流した。


そのまま生徒たちは、校庭を後にして体育館へ向かいはじめる。


リーリエも、彼女を気遣う生徒たちと一緒に、慰められながら校庭から姿を消した。


****


校庭には、地面に転がって空を見上げるデスブリングだけが残されていた。


「なあ、ジェミニ」


『なんでしょう? マスター』


「さっきのワシ、レオルと会話したよな?」


『ええ。マスターの言葉に明確に反応した科白でした。間違いなく会話です』


「うふふふ。へへへへへへ! やったぞ、ワシ! きちんとコミュニケーションができるようになってきてる!」


『おめでとうございます、マスター』


「ふっふっふ。ワシに友達ができる日もそう遠くはないな」


『いや、無理でしょ』

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