第11話 オキロ校長の苦悩

登校初日の授業を廊下に立たされたデスブリングは、実はご機嫌だった。


「ふふふのふ~」


『え? なんで笑ってるんですか? 廊下に立たされてバケツまで持たされたのに。変態なんですか?』


デスブリングはニヤニヤ顔が収まらないまま、やや中央寄りの空いている席に座った。


「いやな。遠くから授業の音が聞こえてきて、見渡す限り学園の風景が広がっているだろ? ワシもここの一員になれたんだなぁと思うと、感慨深くて」


『廊下にひとり立たされている時点で、思いっきりアウトローだと思いますが?』


「煩いなぁ。まあ、今は休み時間だ少し黙ろう」


『ですね』


登校初日の休み時間。


それは、座っているだけで「どこから来たの?」イベント発生する貴重な時間だ。


コミュ障であるデスブリングが、自分から話しかけるのはかなりハードルが高いが、この「どこから来たの?」イベントなら別だ。


クラスでもコミュニケーション能力が高くて積極的で、おしゃべり好きな生徒たちが向こうからやってくるだろう。


「コデス君、どこから来たの?」

「趣味は何?」

「お昼は何を食べる予定?」


デスブリングの頭の中では、そんな科白が飛び交っていた。


思わず顔がニヤニヤしてしまうが、ひとりで笑っていては気味悪く思われるため、すぐに笑いを押し込める。


けれど、気を抜くとまたニヤニヤ顔が漏れてしまう。


幸せだが苦しい顔の運動だ。


そうして、誰かが話しかけるとのずっと待っていると、教室からは誰一人いなくなっていた。


「…………あれ?」


デスブリングはようやく気づいた。


自分が教室にただ一人取り残されていることに。


「あれ? 『どこから来たの?イベント』は?」


『どうやら発生しなかった模様ですね』


「うそぉ。どんな不人気な奴でも、転校初日とはチヤホヤされるもんじゃねえの!?」


『ものには限度がありますから。さすがはマスターです』


「絶対褒めてねえだろ!」


と、そのときだ。


教室のドアが開いた。


桜色の髪にドールように整った顔立ち。


メルル・クワトリエだった。


彼女は教室の中にいるデスブリングに気づくと、驚いたのか両目を見開いた。


そして、教室から出て行った。


「ま、まままままま待ってくれぇえええええ!!」


デスブリングは弾かれるように教室を飛び出ると、メルルの前に両膝をついて、座り塞がった。


「なんか、みんな居ないんですけどぉおおおお!」


デスブリングは拝むように両手を組んで、涙を流す。


気づいたら独りが、一番心にグサッときた。


メルルは汚物でも見るような不快な表情をすると、魔術端末を操作して通報しようとした。


「通報はやめてぇええ! クラスメイトじゃん!」


メルルの指がぴたりと動きを止める。


次に呆れたような、短い溜め息。


「今は実技の時間よ」


「へ?」


驚くデスブリングを尻目に、メルルはデスブリングが居なくなった教室へと戻っていった。


『マスター?』


「そうだった。次は実技の授業で、外でやってるんだった」


『知ってて教室に居るんだと思ってました』


「どこから来たの?イベントでドキドキし過ぎて、すっかり忘れていた」


デスブリングはほっと胸を撫でおろした。


「よかった。ワシのことが嫌過ぎて、みんなで授業をボイコットしたのかと思ってた」


『誰も声をかけなかった時点で、似たような状況かと』


「これ以上メンタル抉るのやめて!」


****


デスブリングは立ち上がると、メルルの去った方向を眺めた。


「ジェミニ、見たか? さっき、会話したよな?」


『ええ。マスターの質問に、あの少女が答えました』


「会話したよな!?」


『だからそう言ったでしょ? 耄碌してんですか?』


「やったぁああああ!」


デスブリングはマントをはぎ取って、ジェミニを人型にすると、その両手を取ってダンスをはじめた。


「ちょっ、マスター。誰かに見られたら」


「煩い! ワシは今、嬉しさを躍りで表現しているんだ!」


ひとしきり踊ったあと、ジェミニをマントに戻した。


そして懐から日記帳を取り出して、先ほどの出来事を記録する。


「初めて会話した記念だ。メモメモ」


『それって、校長室のとは別の日記帳ですか?』


「そうだ。家にたくさんあるからな。記念日を書くために、1冊持ってきた」


デスブリングのサインが入っており、デスブリングの封印が施された日記帳。


その価値を、デスブリングもジェミニも、正確には理解していなかった。


*****


「いや~。すみませ~ん。遅れちゃいました~」


デスブリングはニヤニヤしながら、校庭へやってきた。


先ほどのメルルとの会話が、どうしても頬を緩ませてしまう。


校庭では飛行訓練や、攻撃魔法訓練など、懐かしい風景が広がっていた。


しかし空を飛ぶのに、箒は使っていないようである。


そんな訓練を腕を組んで眺めている黒革のハイレグに身を包んだダークエルフがいた。


鞭を手に持ち、タバコを吹かせながら、生徒たちの様子を眺めている。


おそらく彼女が教師だろう。


というか、授業中にタバコを吸って良いのだろうか?


「うん? なんだ、お前は?」


ぷっくらとした太めの唇が特徴的なダークエルフの教師に見つめられ、デスブリングの人見知りが発動する。


「い、いや…。ええと…」


「はっきしろよ、おい。…もしかしてお前、例の新入生か?」


ダークエルフが何かに思い当たった表情をする。


「は、はい! そ、そうです」


「…お前、なんで遅れてきたんだ?」


「いや~、すっかり忘れてまして…」


デスブリングはニヤニヤしながら答えた。


クラスメイトと会話できた自信。


今なら世間話もできる気がする。


「ひ、飛行訓練って…、ほ、箒は使わないんですね」


「いつの時代の話をしてんだ? 金玉挟んで痛いし、股が臭くなるしと、男にも女にも不評だっただろ?」


『40年ほど前から箒ではなく、ウイングシューズに変わったようですね』


ジェミニが補足する。


生徒たちは翼の生えた靴を履き、そこに魔力を流して、飛翔しているようだった。


「う、上手くできる…かな?」


「大丈夫だよ」


ダークエルフがポンとデスブリングの頭に手を置いて言った。


その手に段々と力が加えられていく。


「え? あの…ちょっと痛いんですが?」


「お前には空を飛ぶ前に教えることがある。俺の授業に遅刻は厳禁だ」


ダークエルフの顔は笑顔だったが、コミュ障なデスブリングにも理解できた。


これ、ガチで怒ってらっしゃるな、と。


「それとな。遅れているのに、走ってくることもせず、ヘラヘラしている奴が一番嫌いなんだよ? 分かるか?」


「…はい。たった今、理解いたしました」


「だったら罰として、俺が良いと言うまで学校の周りを走っていろ!」


******


気絶して保健室に担ぎ込まれたオキロ校長は唐突に目を覚ました。


まだ自分が生きている事実を、呆然と受け入れる。


デスブリングに、廊下に立たせるという不敬を働いたにも関わらず、なぜ学校がまだ残っているのかは不思議だったが、とにかくデスブリングのことが気にかかった。


ふらふらする体に鞭を打ち、ベッドから下りる。


「オキロ校長、無理をしないで」


オキロの行動に気づいた美人秘書のミカエラが、駆け寄ってきてベッドに押し戻そうとする。


「今は何時じゃ?」


「15時です。そろそろ授業も終わる頃です」


「行かねば…」


ミカエラは止めようとしたが、オキロの強い意志を知り、肩を貸して歩く手伝いをする。


****


「オキロ校長、大丈夫っすか?」


職員室の前でオキロたちは、ダークエルフの実技教師と出会った。


「グレイス先生。タバコは禁止です」


「でっかい胸してんのに硬いこと言うなよ」


「セクハラですよ」


「はいはい」


ミカエラが睨みつけるも、グレイスに萎縮した様子はない。


「ぐ、グレイスちゃん。た、確か新入生の実技担当じゃったな?」


オキロが今にも事切れそうな声で問うた。


「ああ、コデスだっけ? そうですけど?」


「どうじゃった?」


「どうもこうも、俺の授業に遅れて来やがったんすよ。しかも急ぐこともせず、ヘラヘラしながら。罰として俺がいいと言うまで学校の周囲を走らせてます」


「ばばばばばば罰として走らせたぁあああああ!!??」


「そうっすけど。あ! そういや、まだ止めてなかったな。いけね。忘れてたわ」


その科白は、意識が遠のいていくオキロを絶望の淵へと叩き落とした。


オキロは再び、泡を吐いて気絶してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る