第6話 最強魔法使いの弟子
「もう一度問うぞ。小僧」
低く威厳のある声だった。
「どこでデスブリングの推薦入学状を手に入れた?」
「え? どこって…。だ、だから、実家に」
デスブリングは目を泳がせながら答える。
その間に、オキロ校長はデバイスを操作し、部屋に防護魔法の術式を展開した。
「プリズンウォール」
オキロが呟く。
刹那、校長室の壁や床を幾何学模様の光が走り抜けた。
術式展開によって発動の準備をし、呪文によって発動させる。
一般的な魔法の発動方法だ。
防護魔法の設置。
それは室内での戦闘時に、部屋や小物を守る意図がある。
つまりは──。
「え? なんで戦う流れに?」
『「兵士憎けりゃ小手まで憎い」という諺もありますし、マスターが嫌われて過ぎているだけでは?』
デスブリングの問いにジェミニが答える。
『ワシもう、泣いていい?』
「何をぶつぶつ言っておる? 家にあったと言ったな。貴様の家はどこじゃ?」
「え、えっと…。デスタナトス島?」
ぴくりとオキロの眉間が動く。
どんな感情なのか、デスブリングには分からなかった。
「どうやら本当に命が惜しくないようじゃな。デスタナトス島はS級の魔物が蔓延る前人未到の魔境。人が住めるわけないじゃろうが!」
『ふぇ? そうなのか、ジェミニ』
『知ってて住んでたんじゃないんですか?』
『いや、人がいなくて静かだなぁとは思っていたけど。それよりもレアな魔物や生態系のほうが興味深くて……』
『でもまぁ、マスターが住んでいた時点で、反証は成功していますね』
『だよな?』
「ファイアレーザー」
刹那、炎の光線がほとばしる。オキロがデスブリングに向かって魔法を撃ち放ったのだ。
デスブリングは即座に軌道を見極め、これが威嚇であると理解した。
少しだけ顔を動かして攻撃から離れる。
デスブリングの顔の横を通過した光線は背後の壁に突き刺さり、防護魔法で守られてもなお焦げ跡を残し、煙をあげている。
「プリズンウォール」
オキロは、再び防護魔法を発動させた。
プリズンウォールには耐久値があり、自身の攻撃で耐久値が減ったため張りなおしたのだ。
それはすなわち、もう一度攻撃することを示す。
「ワシからも質問いいか?」
言ったのは、デスブリングだった。
先ほどまでとは違い、毅然とした口調と態度。
「デスブリングが嫌わているのは知っている。だが、この推薦入学状は本物のはずだ。なぜ手に入れた経緯を気にする?」
『マスター。なんか普通にしゃべってますね』
『まぁな。明確な殺意を向けられているからな。嫌われないように思うと、失敗が怖くて頭が真っ白になるが、別に嫌われてもいいなら恐れるものは何もない』
『さすがマスター。カッコ悪い科白をカッコよく言いますね』
『うるさい。……よくよく考えれば、校長と友達になるつもりはないから、気を遣う必要はなかった』
『でも、年齢的には一番気が合いそうですけど?』
デスブリングは急に真顔になった。
『そ、そういえば……。でも普通、学校で友達っていったら、校長はなくない?』
『友達に役職は関係ありませんよ』
ジェミニが妙に悟ったような口調で答える。
『……もっと早く言ってよねぇ』
「何をぶつぶつ言っておる」
オキロの剣呑な声に、デスブリングは「ひゃっ!」と悲鳴をあげた。
モジモジと腑抜けた態度になる。
『あ、マスターが元に戻った。あれ? どっちが元でしたっけ?』
「良いじゃろう。そこまでとぼけるのなら教えてやろう。その前に、一人称がワシはやめろ。儂と被っている」
『本当だ。被ってますね』
ジェミニも同意する。
「いやいや、先にワシと言ったのはワシのほうだから。パクリ先がなんで偉そうなの!?」
「訳の分からんことを……。まあいい。儂がデスブリングに拘るのは、この儂こそが、デスブリングの最初で最後の弟子だからじゃ!」
「……」
『……』
オキロの科白に、デスブリングもジェミニも言葉を失った。
「儂は弟子として、残虐非道、悪鬼羅刹、冷酷無比、インキンタムシである我が師デスブリングの遺品を、悪意から守る必要があるのじゃ!」
清々しいまで決め顔で、オキロが告げた。
「いやいやいやいや! ツッコミどころが多すぎ!」
デスブリングは驚きのあまり、元の口調で抗議した。
「ワシはこうして若返ってまだ生きてるし、弟子なんかとった覚えはないし、そもそもインキンタムシじゃねえよ! っていうか、最後の単なる悪口だろ!!」
『インキンタムシ…、検索しますね』
「検索すなぁああ!!」
デスブリングはジェミニの行動を大声で阻止した。
「貴様、まるで自分がデスブリング本人みたいな言い方じゃな?」
「ひぐっ!」
デスブリングは慌てて自分の口を押えた。
「じゃが、そんなことより聞き捨てならんことがある。この儂が弟子ではないじゃと? いい加減なことを言うでない!」
オキロはぷるぷると体を震わせて怒っていた。
『マスター。本当に弟子はいないのですか?』
『いたら、若返ってこんな場所までこないだろ?』
『それもそうですね』
言うや、マントとなっていたジェミニがするりと溶け落ち、少女の姿となって、デスブリングの前に現れ出た。
長い水色の髪をツインテールにした、人形のような雰囲気の少女。
「なっ!」
驚きのあまり、オキロがぱくぱくと、口を動かしている。
「はじめまして。私はAIのジェミニです」
「ま、まままマントがオナゴになったぁああああ!」
オキロが腰を抜かして倒れ込む。
「正確には私は女ではありません。ジジイと会話するなら、若くて可愛い少女が適切だと判断したまでです」
「お前、言い方」
「すみません。所詮はAIですから」
「な、なんだお前は!?」
「私はスライムを元にマスターによって作られた高度知能念話情報収集体、AIです。私はマスターに作られた存在として、マスターの情報を正確に把握する必要があります」
「AI? スライムから? 嘘じゃ!? そんな高度な魔法、儂は知らぬぞ!」
「そんなことはどうでもいいです。今はマスターがヘタレモードなので、私が質問します。あなたがマスターの弟子であるという証拠を見せてください」
「マスター? 弟子? え? まさか……」
オキロの視線が、ジェミニとデスブリングの間を行き来する。
「いやいや、そんなことは……」
「早く証拠を提示してください。嘘なんですか?」
「嘘ではない!!」
想像を超える出来事に、オキロは軽いパニックになっていたのか、重厚な机の中心に手を置き、幾重にも厳重にガードされた魔術結界を解いていく。
そして、机の中央がパカッと開き、中から一冊の本が現れた。
「こ、これこそが、儂がデスブリングの弟子という証じゃ! デスブリングの知識の粋を集めた禁忌の魔導書じゃぞ!!」
興奮気味に、魔導書を見せつけてくる。
ジェミニは視線だけで、デスブリングに本当かと尋ねた。
「…あ」
デスブリングは、何かを思い出したかのように、ポンと手を叩いた。
「それ、ワシの雑記帳だ」
「は? 雑記……帳?」
オキロが、訳が分からないといった顔をする。
「ああ。何か美味しいものはないかと、テレパシー魔法で町の人達の会話を聞いて、内容をメモしていたものだ」
「お主! デタラメを言うでない!! これはデスブリング本人からもらったものじゃ!」
「もらった? いや、それは確か、モツ鍋の店に置いてきたものだぞ」
「モツ鍋? 東方列国の民族料理ですね」
ジェミニが補足する。
「モツ鍋を運んできた小僧がワシの前でコケてな。魔法でモツ鍋をテーブルに戻す際、鍋敷きの代わりに使ったものだ」
「な、なんでそれを…!?」
途端にオキロの顔から、自信と血の気が引いていく。
「もしかしてお前、あのときの小僧か?」
デスブリングの指摘に、オキロは過去を思い出していた。
****
デスブリングはすでに伝説の存在だった。
邪悪な存在として恐れられてはいたが、同時に偉大な魔法使いとして、一部の人間の興味も引いていた。
オキロ少年もそのひとりだった。
デスブリングは実在するのか?
自身も天才と持て囃されていたオキロ少年は疑問に思い、デスブリングが住むと噂のある町にやってきた。
生活のため、モツ鍋屋でアルバイトをしながら、デスブリングの所在を追っていた。
おそらくはまったくの偶然だったのだろう。
オキロ少年がいる店に、デスブリングのほうから現れたのだ。
店の親方たちが、教えてもらうまでもなかった。
本能が理解する。
あれは、デスブリングだと。
想像を絶するほどの悍ましく強大な魔力。己が死を否応なく脳に焼き付けるほどの、圧倒的な強者の気配。
あれは人間ではない魔王だ。
そう言われたほうが納得はできた。
殺されるのを恐れて、誰もデスブリングに近づこうとしない。
オキロ少年も同じだったのだが、一番若手という立場上、白羽の矢が立ってしまった。
注文を取りに向かうと、デスブリングは無言でメニューのひとつを指さした。
オキロ少年はその間、生きている心地がしなかった。
倒れ込みながらも、なんとかデスブリングの注文を厨房に伝える。
しかし、今度は料理を運ぶ役目を与えられた。
本当は行きたくはなかったのだが、恐怖のあまり頭が麻痺しており、言われるままに料理を運んだ。
事件が起こったのは、そのときだ。
オキロ少年は躓いてしまった。
恐怖と心労から足の感覚がなくなっていたのだ。
モツ鍋が宙を舞い、デスブリングに向かって飛んでいく。
オキロ少年は死を覚悟した。
いや、周囲にいた誰もが死を覚悟した。
次の瞬間、この町から生きとし生ける者は消滅してしまうだろう。
しかし、違った。
デスブリングは魔法を使い、こぼれたモツ鍋の中身を空中で元に戻すと、懐から魔導書を取り出し、その上に鍋を置いたのだ。
(あ、最初に鍋敷きを持っていくの忘れてた)
オキロ少年は、何故かそんなことを考えていた。
どれくらい時間がったのだろう。
モツ鍋を食べ終えたデスブリングは値段ぴったりの貨幣をテーブルの上に置き、席を立った。
「あ、あの、これは?」
オキロ少年は思わず言葉を発していた。
自分でも不思議だった。
どうして、しゃべることができたのか? しゃべろうと思ったのか?
少年が指さすのは、鍋敷きとなった分厚い本。
デスブリングが足を止め、ちらりと少年を見る。
「ひっ!」
オキロ少年の口から、恐怖に引き攣った音が漏れた。
殺される。そう思った。
しかし、デスブリングはちらりと本を見てから、少年に軽く頷いた。
そのまま何事もなく去っていく。
ややあって、少年は理解した。
あれは天才であるデスブリングが、自分になんらかの才能を見出し、くれた本だと。
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