第9話 負の感情と霊の関係性について

「さて、まずは私がやっていることのために、この世界で起きていることについて説明するわ。今世間では不審死や行方不明を初めとした、不可解な事件が頻発しているのは、知ってるわね?」

「はい、その一部が霊の仕業だって、九門さんは言ってましたよね」

「よく覚えてるわね、そうよ。あなたが倒した、鬼の悪霊を始めとして、最近になって悪霊の出現が増え始めているの。悪霊は物理的な事象はほとんど通らないわ。警察では絶対太刀打ちできないわ。見えているのに、倒せないというのは悔しいと思うわ」

「でも僕の身体にセイワが憑依したとき、鬼への攻撃が可能でした。何か霊には有効な手立てがあるってことですよね」

「そう。霊へ干渉するには、まず霊の存在を知覚することが必要になるわ。これは当たり前よね」


 僕は頷く。いるかもわからない敵を認識はできないからね。九門さんは続けた。


「その次に必要なことは、霊力よ」

「霊力、ですか」

「そう、霊力は基本的に霊や妖、私や侍さんたちみたいな者たちが持っている力よ。稀に人間でも霊力を持っている子はいるわ。後はタイシ君みたいに霊に憑りつかれたりすると、その力に目覚めることはあるわ」

「へえ!そうなんですね」

「霊力はスタミナみたいなものね。霊力はいろんなことができるわ。例えば物に干渉したり、人に干渉したり、物を浮かしたり、炎を噴いたりね」


 そういうと九門さんはキッチンの棚から、グラスとボトルを引き寄せた。マジックみたいだ。

 グラスにウィスキーを注ぎながら九門さんは笑う。


「マジックみたいでしょう?万能なのだけれど、実は現実に干渉させるのは、霊に干渉するよりも負荷がかかるの。だから私みたいな人以外は、そうぽんぽん使えないわ」

「なるほど。でも鬼の悪霊は車やパトカーを吹き飛ばしてましたよ?」

「霊力はね、自分の中にあるものとは別に、もう一つの供給源があるわ。何かわかるかしら」


 その言葉で、僕の脳裏にあの鬼の周りを回る黒い霧を思い出す。あれは確か。


「負の、感情」

「その通り。負の感情は厄介でね、人がいれば無限に吐き出される、歪んだエネルギー源なの。それを吸収し続ければ、現実にも干渉が可能だわ。ただ...」

「ただ?」


 カランとグラスの中の氷の音が鳴る。ウィスキーを煽った九門さんは伏し目のまま言った。


「歪んだエネルギーは、霊を簡単に歪めてしまうわ。例えば、自我を失わせて、ただの霊を悪霊に変えてしまうようにね」

「え、そんなことが起きるんですか?」

「ええ、人間の起こす負の感情って、恐ろしいのよ。それにすぐに産み落とされる。妬み、怒り、憎しみ、劣等感、生きていれば無限に出てくるし、自分に向かって飛んでくる。あなたも受けたことが、あるんじゃない?」

「...はい」


 しょっちゅう受けて生きている。いじめ、暴力、客からの暴言、孤独、そんな不快な日常への怒り。思い当たるだけでもまだまだ出てくる。


「でもそんなのしょっちゅうですよ。それが原因なら、もう世の中は悪霊まみれになっちゃうじゃないですか」

「ふふ、そう思うわよね?でも、人間って負けっぱなしじゃないのよ?負の感情を飼いならして力に変えたり、人と分かち合って負の感情を抑えたり、負の感情を認めたうえで、変えようと足掻く。それが人間の強いところでもあり、私の好きなところよ」

「なるほど...」

「だから、普通はそんな簡単に負の感情が産み落とされることなんて多くはないわけ。ただ、耐えるにも限界があるわ。そして限界を振り切れた時、負の感情は出てくるの。その負の感情を霊は引き寄せてしまうと悪霊になる」


 難しい問題だ。負の感情がトリガーになって霊は悪霊になってしまう。その負の感情をどうにかしようにも、いろんな原因のせいでできてしまうものだから、根本は断つ事はできない。


「霊も好きで、負の感情に引き寄せられているわけではないわ。まあ、好きなやつもいるけれど。霊って前世で生きた人や物が、未練を忘れられず、死にきれなくてなってしまうものなの。負の側面から産まれているからこそ、同じ負の感情を無視できない」

「そうですよね、未練がその人を縛って霊になるっていうのはよく聞く話ですね」


 霊は生前の未練や恨みを捨てきれず、成仏できなかった人たちが成る、というのは定説だ。使われなくなったトンネルや、橋などに出てくると聞いたことがある。

 だいたいそういうのは、でまかせだったり、本人の思い込みだったりするが、そういう場所に行くと存在を感じると思ってしまうのは無理はない。だって不気味だもん。

 でも本当にいるとはね。そう思ってセイワの方を見る。セイワは僕の飲んでたサイダーに興味津々らしい。なんだこれはと言いながら眺めている。


「じゃあ、僕に取り憑いてるセイワたちも未練があるってことですもんね。何かは分からないですけど」

「そうね。未練は霊の本質でもあるから、それを知るというのは重要な事なの。そしてその未練を解消できたり、少しでも叶えられた状況に近づけられれば、霊たちをあるべき場所へと還す事ができるわ」

「なるほど、それが九門さんのやっていることなんですね」


 そのとおりと九門さんは頷く。


「そういうこと。霊全てが悪者じゃないわ。中には自身の未練がわからなくて彷徨っている子もいる。そういった子含めて、正しくあるべき場所へ還すのが私の仕事。手段は様々だけど、やっぱり霊力が必要になるわね」

「霊力ですか。僕にあるんでしょうか」

「あるわよ。だって霊を知覚できて、取り憑かれていて、そして悪霊に立ち向かえるんだもの」

「でも、悪霊を倒せたのはセイワの…」


 そこでセイワが会話に混ざる。


「拙者の力は確かにある。だが、力を引き出すための呼び水となる霊力は、お主から貰っている。まあ、器が未熟すぎて雀の涙レベルでござるが。それに今こうして話せているのも、霊力のおかげでもある」

「え、そうなの?僕の霊力使って話してるの?」

「お主のスカスカな霊力を使った、ものの数分で力尽きるでござる。拙者に備わっている霊力で話しているんでござる」

「なるほどね…なんかますます自分の器の未熟さに泣けてくるんだけど」


 そんなに使えないのか僕の身体は。ショックで僕は肩を落とす。すると九門さんが笑って言った。


「大丈夫。何のために私がいると思ってるのよ。タイシ君の器と霊力を引き出す術を持ってるわ」

「マジすか!教えてください!」


 もし九門さんレベルでなくても、それなりに使えるようになれば、悪霊とかにもより強く出れるし、セイワたちから文句を言われずに済む。

 何より色んな人を助けられるヒーローみたいになるかもしれない。そう妄想して、僕は身を乗り出す。


「いい食いつきね。じゃあ教えるわ、はい」


 渡されたのはサイダーの入ったグラスだ。美味しいけど、飲めばいいのかなと思っていると。


「このグラスの炭酸を霊力で消してみなさい」

「え?」


 突拍子もない事を言われた。

 九門さんの爽やかな笑顔が、怖かった。

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