第8話 大人のBarっていいよね
数日後、病院から退院して、僕はいつも通りの退屈な日常を過ごしていた。
ちょっと変わったのは不良共が僕に絡んでこなくなったことぐらいで、それ以外は何もなかった。先生も、皆も、関わってこない。
あれからニュースとかSNSを見ていたけれど、掌の跡を残す不審死事件は、一切起きていない。やっぱりあの鬼の悪霊が元凶だったんだ。
学校の休み時間、僕は貰った名刺をじっと見ている。
「お主、決め切れていないのか。まあ拙者たちも悩んではいたけども」
「あ、セイワ。そうなんだよね、まだ決めてなくて。他の二人は?」
セイワが出てきた。僕の質問にセイワは答える。
「彼ら含め、拙者たちの結論は、拙者たちの目的に干渉されなければ、今は何もしないというものになった。実際あの九尾を相手にすることはしたくないのは、皆一緒だった」
「じゃあ僕の判断で決まるってこと?」
なんか余計決め切れなくなりそうだと思いながら、しばらく考えていた。その時だった。
「な、なあ、今いいか?」
前回助けた不良が僕の前で申し訳なさそうに立っていた。僕は嫌そうにしながら、席を立つ。
廊下まで出ると突然、不良は頭を下げてきた。
「今まで、ごめん!お前をずっといじめてた。ほんとにごめん。そして助けてくれて、ありがとう」
どういう風の吹き回しだと思って話を聞くと、あの日僕に助けられて以降、ずっと自分の行いを反芻していたらしい。今までゴリラ男の命令に逆らえず、ずっといじめに加担していたが、そいつが死んで謝る気になったらしい。
謝罪の言葉を受けながら、僕は何とも言えない気持ちになっていた。
別に謝罪が欲しくて助けたわけでも、これからいじめてたこいつを許すつもりもない。感謝を言われたことが、僕にとってはちょっと驚きだった。
「わかったから、もう僕に関わらないで。あともうパシリとかしたくないから」
そう言って僕は教室へと戻る。セイワが言った。
「いいのでござるか?あれを野放しにしても」
「いいよ別に...僕にもう関わってこなそうだし。セイワ」
「なんだ?」
「僕、九門さんのところ行ってもいいかな?」
「そう言うと思ったぞ...あ、まさか拙者たちを追い払うつもりでござるか?」
ため息をつくセイワに僕は否定した。
「違うんだって。追い払ってもらうってことは、今はしないよ。だって力を貸してもらうつもりだし」
「なんだと?お主の力の一部になれって言っているのでござるか?言っておくが」
「それも違うって」
「じゃあなんだ、何が目的でござる?」
僕はセイワをじっと見つめた。後ろにはぼんやりとサコンとハクの姿も見える。
「弱い自分を変えるため、この面倒事しか起きない日常に、少しでもやれることがあるのなら、それをやってみたいんだ」
「まさか、それだけ?」
「うん、本当なら誰かのために、とかそういう高尚な目的のほうがいいんだろうけど、僕には一切持ち合わせてないからさ」
セイワたちは黙りこんでしまった。なんか悪いこと言っちゃったかな。
しばらくしてセイワは口を開いた。
「まあ、好きにするといいでござる。拙者たちは目的を果たせればいいんでござる」
そう言って消えていった。いちおうOKってことでいいのだろうか。
学校が終わり、僕は名刺に書いてある電話番号へかけた。コール音がなって、九門さんの声が聞えた。
「はい、九尾・霊魂正葬事務所です」
「もしもし、九門さんですか?」
「あら!タイシ君じゃないの!どうしたの?」
「先日の件について、なんですけど。できることがあれば、手伝いたいなと、思って」
「それは嬉しいわ!それじゃあ、詳しい話をしたいのだけれど、いつが開いてたりするかしら?」
「えーっとそうですね...」
九門さんの事務所に行く日を決めて、電話を切ると、僕はもう一度携帯を開いて、別のところにかけた。
「あ、すいません。バイトの霊山です。バイトを辞めさせて頂きたく、お電話いたしました」
そして一か月後の休日に、僕は九門さんの事務所を訪れた。街の中心部の路地を入った辺りにあり、普段はいかない場所にあった。
3階建ての事務所は1階がバーになっていて、赤レンガ造りになっている。
木の扉はちょうどいい古さを帯びていて、雰囲気は大人のバーって感じだ。
看板にはBar F9という店の名前が書かれ、その横の壁に、炭焼きの木の板で、『九尾・霊魂正葬事務所』という文字が書かれていた。
「ここが、九門さんの事務所か。立派だ」
「なかなかな建物だ。お主の住んでいるぼろアパートよりもいいな」
「僕だっておんぼろだなって、思ってるよ。我慢してるんだから言わないで」
僕はcloseと書かれた札を気にしながら、扉を叩いた。
すると独りでに扉が開く。中に入ってとのことらしい。
「失礼します」
中に入ると、木の薫りがふわっと鼻を掠めた。
目に優しい照明で照らされた店内は、木の壁や床で作られていて、落ち着く雰囲気だ。
店内の右側は、ぴかぴかに磨け上げられた、椅子や机がきちんと並べられていて、メニュー表が置いてある。気になったが、まだ未成年だとやめておく。
店内の左側は、キッチンとカウンターがくっついた形になっていて、間近でお酒が作られていく様を眺められそうだ。黒いカウンターがまたシックな雰囲気だ。
九門さんはにこやかに手を振りながら、カウンターの向こうで待っていた。
「いらっしゃい!タイシ君、あなたを待っていたわ」
「こんにちわ九門さん、わざわざ時間貰っちゃって、ありがとうございます」
「ううん、こちらこそよ。あ、なんか飲んでくかしら?ソフトドリンク、イイのあるわよ?」
「あ、ではぜひ」
僕はカウンターに座ると、九門さんは瓶に入った、薄い青色の液体を持ってきた。
「はい、こちらが山麓サイダーです。山の湧き水で作られた、すっきりとした甘みが特徴のサイダーになっています。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
磨き上げられたグラスに注がれた、きれいなサイダーがぱちぱちと、軽やかな音を立てている。飲んでみれば、すっきりとした甘みと炭酸のほどよい刺激が喉を通っていく。
「これは、すごく美味しいですね」
「そう言ってくれて助かるわ。うちは飲み物や料理に妥協を許してないの。大人になったらお酒も飲みに来て頂戴。とびきり美味しいの御馳走してあげる」
「楽しみです」
僕はサイダーを飲みながらそう答えた。
九門さんも椅子を持ってきて真向かいに座る。
「さて、ここへ来たということは、悪霊と戦うということも覚悟しているわね?」
「はい、そのつもりです」
金色の瞳が僕をじっと見つめる。真剣なまなざしに僕は緊張する。まなざしがふっと和らいだ。
「うん、いいわね。それじゃあ詳しい話をしていくわよ」
「はい、お願いします」
そうして九門さんは語り始めた。
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