第6話 九尾ってオネエなんだ

 夢を見ていた。前もいたことがあるような、霧の濃い灰色の空間に僕はいる。

 ただ、ちょっとだけその空間も変化していた。

 前より霧が薄くなっている気がするのだ。薄くなっている気がする、といってもほんとにちょっぴりだけど。


 目の前には、3つの見覚えのある泡が浮いている。

 僕はその1つの、見たことがあったようなものに手で触れる。泡が弾け、フィルムのように、一気に僕の視界を覆いつくした。


 見覚えのある景色だ。男が地べたを這いつくばりながら、どこかへ向かおうとしている。

 前見た時よりも、見えているものがはっきりしている。

 男は侍だった。真っ黒な大地を一人這いずっている。

 まだはっきりと見えてはいないけれど、侍のいる場所が、僕にはとても不気味に感じた。

 侍は何か、口らしきものを空けては閉め、言葉を紡いでいるように見えた。

 そして侍は事切れた。


「一体、何の夢なんだろう。僕のご先祖様かな、侍だし。でもなんか違うような...」


 こんな夢、今まで一度たりとも見たことがない。幽霊たちに取りつかれてから、見るようになったけれど、まだたったの二回だ。何か意味があるのだろうか。


 そうこうしているうちに、灰色の空間は無くなっていき、僕の意識が少しずつ覚醒していく。

 そういえばあの後、僕はどうなったのだろうか。

 たしか、身体が崩壊して、意識を失う間際に、誰かがいたような。


「はっ!?...夢、か」


 僕は跳ねる様に上体を起こす。真っ白な天井とカーテン、そしてベッド。

 ここは病院だろう。きっと救急隊の人が助けてくれたに違いない。

 全部夢か、と思ったけど、身体の節々の痛みと、ベットの横にあるカテーテルと僕の身体から伸びる管が、全てが夢であることを否定している。


「体は...大丈夫だ。どこも欠けてない。終わったかとおもったぁ...」


 ホッと僕は胸を撫でおろす。ベットに体を沈ませて、落ち着いているところに、病室の扉がノックされた。男性の声が聞えてくる。


「入っても大丈夫かしら?少しあなたと話したい者なのだけれど」


 警察官の方かなと思い、僕は了承する。すると扉が開き、中に長身の男性が入ってくる。

 短く切り揃えられた金髪に優し気な金色の瞳。俳優と見間違うほどの整った顔には髭が生えており、微笑みを浮かべている。

 スラっとしたモデルのような、細身の体は紺色のストライプの入ったスーツと、磨き上げられた茶色の革靴できっちり決められていて、まるでダンディーな40代くらいの俳優さんみたいだ。

 ただ少し気になる気配を醸し出している。それが何なのかは、今の僕にはわからなかった。


「ええっと、どちらさまですか?警察官とか?」


 僕の言葉に、男は笑いながら否定する。


「ははは、違うわ。私の知り合いで警察の子はいるけれど、私自身が警察官ではないわ」

「そ、そうなんですね」


 物凄い物腰柔らかだ。言葉遣いも丁寧で、女性みたいだ。

 そんな僕の心を見透かすように、男は微笑む。


「私のこと、女性っぽいって思ったでしょ」

「あ、すいません。失礼でした」

「いいのよ、ずーっとこんな話し方なの、だから許してね」

 

 舌をペロッと出しながらウインクしてくる姿は、男である僕も目が離せなく、もし女性の人がここにいたら一瞬で心を射抜かれてるだろうなと思う。


「さて、自己紹介がまだだったわね。私は、霊魂正葬れいこんせいそう事務所を運営している、九門晴満くもんはるみつっていうの、よろしくね」

「あ、霊山大志です。この街の高校に通ってます。こちらこそです」

「いえいえ、タイシ君って呼んでいいかしら?」

「あ、はい。大丈夫です」


 九門さんは椅子を用意して、僕の横に座った。

 なんかいい香りするんだけど、それに所作が余裕ある。これが大人の男性ってことか...すごいや。

 こほんと九門さんの咳払いで、僕は気を取り直す。


「霊魂正葬事務所って言っても、一体何なのかわかってないわよね?」

「そうですね、いまいち何なのか...」

「簡単に言うと、悪霊だけじゃない、幽霊すべてを対象にして、正しい場所へ葬ってあげることを生業にしているわ。表向きは寂れたバーなんだけどね。もちろん、あなたが1週間前に戦った、鬼の悪霊も含めているわ」

「なんでそれを知っているんですか?もしかしてSNSとかニュースとかになってたり?」

「ふふ、今はそれがあるから便利よね。昔なんて狭い環境でしか情報は行き来できなかったのに、今では海を越えて、たくさんの人と繋がっていける。 話がずれたわね」


 九門さんは続けて驚愕の発言をする。


「私もその現場にいたのよ。あなたが必死に鬼の悪霊と戦っていたのを見ていたわ、途中からだったけど。あの鬼の悪霊は、私も少し手こずっていたの。それをよく倒してくれたわ。私から、お礼を言わせて頂戴」

「ええ!そ、そんな、僕なんて死にかけで...力を貸してくれなかったら、どうなっていたか...」


 頭を下げる九門さんに僕は慌てる。正直言って、僕ができたことはほとんどない。僕に憑りついた幽霊たちのおかげで、何とかなっただけだ。


「力を貸してくれた...タイシ君の身体にいる幽霊たちのことね?」

「え!なんでそれを...」


 僕の言葉と同時に、セイワが現れる。


「タイシ、この者は一体何者だ...」

「え、なんか幽霊関係の事務所の人らしいけど...どうしたの?」


 セイワは刀をがっちり握りしめ、今にも斬りかからんとしている。僕は止めようとするが、セイワの様子がおかしいことに気づく。

 刀を握る手が震えているのだ。手だけじゃない、心もだ。セイワが怯えている。鬼の悪霊と戦った時は、こんなことはなかったのに。


「あら、失礼。怯えさせちゃってるわね。大丈夫よ、そこの侍さん。タイシ君と他の人に手を出さない限りは、私は何もしないわよ」

「...だといいけど。タイシ、とんでもないものを引き寄せたな」

「え、俺?ていうか、なんでセイワの子と見えてるんですか?」


 まだ怯えているセイワと、薄く微笑む九門さんを交互に見る。


「タイシ君には、特別に教えてあげるわ」


 そう言って、九門さんは身体を変化させていく。

 頭には金色の耳に、後ろからは九つの大きな尻尾が生え、金色の瞳が爛々と輝きだした。

 そして右の人差し指を口に立てて言った。


「私、九尾っていう妖なの」

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