第5話 これで、終わり...?
「ウオオオ!」
鬼が雄叫びを上げて、腕を振り下ろしてくる。物凄い速度だ。先までの僕だったら絶対避けれていないだろう。
でも、今は違う。
「フッ!」
セイワの声と感覚に導かれるようにして、鬼の攻撃を簡単に躱す。それだけじゃない。
振り下ろした鬼の腕から鮮血が迸る。刀で斬り返し、傷をつけていたのだ。
鬼は痛みで唸り声を上げている。
(す、すごい!身体が勝手に動いて、戦えてる!)
(当たり前でござろう。拙者が憑いているんだから。とはいえ、本当だったら腕を斬り落としていたもの、やっぱり、器は未熟でござるなあ)
(なんでそう言うかな...っと)
痛みで完全にキレたであろう鬼の猛攻を躱しつつ、反撃できるポイントに合わせて最小限の動きで、刀を振るう。
いつしか鬼の動きが遅くなり、その身体は刀傷に塗れていた。
行ける、これなら。そう思っているとセイワの声が響く。
(気を抜くな。あれを見ろ)
見ると鬼の身体の周りに真っ黒な霧が回転していた。霧からはどす黒いものが流れ出ている。僕は咄嗟に理解した。
(あれって、負の感情?)
(だろうな。人々が恐怖という負の感情を抱いたせいで、とんでもない量の負の力が鬼の元をへ集まっている。ほら)
セイワの言うとおりだ。霧が晴れると、鬼の身体は肥大化し、より屈強になっていた。つけたはずの刀傷なんてさっぱりなくなっている。
(どうすんのこれ!?)
(面倒な相手だ、来るぞ)
鬼の鉄拳が飛んでくる。速度も威力も段違いだ。何とか身を捩って躱すが、生み出された風圧によって態勢を崩される。
蹴りが襲ってくる。ぎりぎりで飛んで離れるが、顎先を掠めた。
(まずい...このままじゃ)
(ああ、いつか限界が来る)
鬼の猛攻を必死に避けて、何とか反撃できないか思考を巡らせる。
伸び切った鬼の右腕を見た瞬間に、刀で斬りつけようと跳ね上げさせる、だが。
「なっ!?」
刀が腕にめり込むが、数センチで止まり、筋肉によって固定される。押しても引いても刀はびくともしない。
次の瞬間。
「ぐはっ!?」
鋭いアッパーが僕の顎を捉えた。
頭が吹っ飛んだような衝撃を受けて、意識が真っ白になる。
(墜ちるな!墜ちたら終わりだぞ!)
(分かっ...てる)
数メートルほど吹き飛ばされた。意識を何とか引き戻した時には、すでに鬼は飛んで僕のもとに近づいてきている。
地面に落ちた刀を何とか拾って、鬼の蹴りを受ける。
「ぐおっ...!」
刀に強烈な負荷がかかり、僕の身体は一瞬でぶっ飛ばされる。
僕の攻撃は通らないし、鬼の攻撃は避け切れない、持久戦も負の感情が渦巻いているこの場所では無理だ。
勝てない。これでは、絶対に。
僕は何とか刀を構えて、戦う姿勢を見せるが、内心は心が折れかけていた。
セイワも攻め手がないと悩んでいる。それだけじゃない。
「体が...!」
僕の身体から少しずつ塵のようなものが出ている。これがセイワたちの言っていた器の崩壊ってやつなのだろうか。いずれにせよ、時間がない。
(ごめん、僕のせいだ)
(何を言い出すかと思えば...そんなことより、あれをどうにかしないと。せめて、あの霧さえなければ...)
(でも、どうやってあの黒い霧を、負の感情を止めるんだ?)
鬼の身体を渦巻く、負の感情の霧は一層濃くなっている。
それに呼応して鬼の身体がより強固になっていく。今度こそ一撃でも喰らえば、この身体も爆散してしまうだろう。
万事休すか。僕とセイワがそう思った時、鬼の後ろから何やら白いものが飛んできた。
それは鬼の身体に付いた途端、淡い光を発して霧を一瞬で晴らした。それだけでなく、鬼は苦しみだし始めた。見るとそれは狐の顔が書かれたお札だった。
お札のおかげか、鬼の身体どんどん縮小し、会った時と同じくらいのサイズへと戻っている。そこまでで、真っ白だったお札は真っ黒に染まり、地へと落ちる。
「今しかないわ!ここで決めるのよ!」
どこからともなく声が聞えた。お札を投げてくれた主だろうか。辺りを見回したが、そんな人はどこにもいない。
とはいえ、今しかない。鬼はまたあの黒い霧を纏いだし始めていた。
このチャンスで決めるしかない。
(タイシ、本気を出すでござる。覚悟しろ)
(本気って、今まではそうじゃなかったのか)
(とっておきだ、合わせろ)
僕は刀を納刀し、構える。
物凄い力が、僕の身体の中を駆け巡っている。一瞬でも気を抜けば僕の意識が流されてしまいそうだ。
けれどもセイワに置いていかれないように必死に食らいつく。そして少しずつ、セイワとシンクロするように近づいて。
一瞬、同じ位置に立つ。力の奔流が刀へと行き渡る。今だ。
「ウオオオオオ!」
「ハァァッッ!!」
鬼の咆哮をかき消すような、裂帛の気合と共に、抜刀する。
白銀一閃。
鬼と僕の身体がすれ違い、背中を互いに向ける。僕は刀をゆっくりと納刀する。
納刀した音に合わせて。ずるりと、右下から左上にかけて鬼の胴体が滑り落ちた。
「勝っ……た?」
鬼の方を見れば、音を立てながら死体が溶けてなくなっていくところだった。
(あれって、どうなるの?)
(さぁね、霊に2度目は無いから、きっとこの鬼は二度と出てくることはないでござる。悪霊だし良かったんじゃない)
(うん…)
僕は消えていく鬼の死体を見ていた。
セイワは自分たちとあれは同類と言っていた。もし退治されてしまったら、彼等もこうなるのだろうか。
僕はそっと心の中で祈った。こんな世界よりいい場所が見つかるように。
完全に鬼の身体が消滅した。
僕は息を吐き、そろそろ身体を返してくれないとセイワに言おうとした瞬間。
「……ぁつ!?」
身体が燃え始めた。青い炎が全身を包み込み、セイワと僕の心が離れ始める。
(チッ…やっぱりだめか…)
(どういうこと?身体は熱くないのに…心が…痛い)
青い炎は身体の崩壊を加速させている。身体が焼けただれるような痛みはない代わりに、心が軋み始めている。
セイワの霊体も青い炎が出て、陶器のようにひび割れ始めていた。
(か、体が!)
(器としてまだ未熟だったのに、霊と同期し、あまつさえ本気を出して戦ってしまった。その急激な負荷に身体も、心も耐え切れなかった)
(じゃあ、どうなるの?)
セイワは悔しそうにうなだれた。
(こうなってしまえば拙者もお主も、崩壊は免れない。ああ、なんで拙者は...)
(そんな...)
足が砕ける。身体が地面に吸い込まれて、どんどん塵になっていく。
これが、僕の最期なのか?何だかやるせない気持ちになる。でもどうすることもできない。
でもこれだけは言わなければ。
(ごめん、あんたの願いは叶えてあげられないみたい。でも、力を貸してくれてありがとう)
(ああ。拙者の未練は果たせず...か。それだけが残念だ)
薄れゆく意識の中で、僕に近づいてくる人影が見える。顔までははっきりと見えないが、長身の男が座り込んできた。優しく耳心地のいい低い声が聞えた。
「大丈夫、私が面倒を見てあげるわ。だから今はゆっくり休みなさい」
僕は意識はそのまま暗転した。
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