第3話 芋掘りの真実と、憧れの理由


それからは気が気じゃなかった。返事が送られて来るのではないかと思い、その手紙を家族に先に発見されるのを心底恐れたボクは、学校から帰ってすぐにポストの中のチラシや封筒をチェックするのが日課となっていた。


一週間ほど経過し、その日もポストをチェックしたが、中にはなにも入っていなかった。ほっとした半面、冷たく突き放すように手紙を書いたし、勘違いで別人なんだから、もう返事は送ってこないかもしれないなと一抹の寂しさを胸に抱きつつ、玄関ドアを開けた。台所に立って夕飯の支度をしていた母親がふりかえりながら「おかえりー」という。


母はなぜか上機嫌にこっちを見ながらニヤニヤと近寄ってきた。反抗期まっさかりのボクは、「なんなん キモい ウザい」と冷酷に告げて自分の部屋に向かおうとした刹那、母親の右手に見覚えのある紙片が握られているのが目に入った。 


その紙片の青緑の丸みを帯びたキャラクターが見えた瞬間、頭から血の気が引くのがわかる。そのときのボクの圧倒的に真っ青な狼狽顔をみながら、勝ち誇ったような顔をした母親が言った。


「最近 毎日ポストを気にして様子がおかしいと思っていたら、この女の子からの手紙を待っていたのかい ウヒヒ」と下卑た笑いを浮かべた。


これまでの人生で一番頭に血が上ったんじゃないかと思うくらい顔を真っ赤にしながら、手紙を奪い取って部屋に逃げ込んだ。こんなに急激に青から赤に、血が下がったり上ったりしたら、爆発して死んでしまうのではないかと思った。


前回と同じ便せんに同じ丸文字で書かれていたのは 謝罪だった。

 

丁寧な謝罪のあとに書いてあったのは、最初に彼女が受け取ったボクからの手紙は彼女の友達がボクになりすまして書いたウソの手紙だったとのこと。


そして彼女が小学校4年生のときに小学校の行事「若草タイム」という全校生徒参加の芋掘り会のとき、同じ班で班長だったボクのことを知っていたこと。


そのときに芋を植える作業をていねいに教えてくれたこと。他の人は嫌々やっていたが、班長はがんばって作業をしていたので、自分の班の芋が他の班より多く大きく育ち、表彰されて褒められたことが印象に残っていて憧れがあったこと。その後、女友達と気になる異性の話をしていた時に名前を挙げてしまったことが書いてあった。 


そして「なりすまし手紙」を受け取った彼女は舞い上がってしまい、すぐに返事を書いてボクに返送してしまった。友達としては相談されるだろうから、そのときにネタバラシしようと思っていたらしい。きっと軽い気持ちでふざけて手紙を送ったのだろう。


結局、ボクの返事をみてびっくりして友達に相談したところ、そんなにひとりで突っ走るとは思っていなくてと謝られたとのことだった。


小学校行事の「若草タイム・芋掘り」。縦割りで上の学年が下の学年を導く、どうでもいいような交流行事だった。6年生は強制的に班長をやらされただけで、別に立候補したわけでも、やる気に満ちていたわけでもない。


覚えているのは秋に収穫した芋は自分の班のものになる。家が貧乏だった僕は、たくさんのジャガ芋が欲しくて、皆が嫌がる施肥や草取りを本気でやった。そのせいか、僕らの班は収穫量で3位に入り、表彰されたのだった。


まさか、あのときの貧乏性が、時を超えてこんな形でラブレターを運んでくるとは。


とりあえずここまで読んでいきなりわけがわからん手紙が来た謎とシャーペン集め趣味の誤解が解けたのでよかったが、まだ少し熱い手の中には便せんが2枚残っていて、何考えているかわからない表情の「ハンギョドン」がこちらを覗いていた。

 

この2通目のラブレターは、謝罪のターンが終わり、ここから予期せぬ方向へ怒涛の展開を見せはじめた。意を決して手紙の続きを読み進める。

 

彼女の友達がいたずらで送った「なりすました手紙」には、差出人の住所が入ってなかったため、彼女の同級生にいたボクと同姓のボクのいとこに、住所を教えてもらったとのこと。そのときにどんな人か聞いてみたがイメージ通りだった。

 

ボクにどんなイメージ持ってるのかわからないがこの彼女、へんに行動力があるせいで友達のいたずらに気づかずに、直接オレのところまでいきなり手紙送って来ちゃったんだろうな。 


そして彼女は今回、ボクが送った返事の手紙を読んで、その文章や書いてある字、内容が真摯に対応してあったことに感銘を受け、ますます好きになってしまいました。今度、会ってシャープペンシルを交換したいと綴られていた。


あの無機質で事務的な手紙と文章でどこをどうしたらますます好きになるんだ?と訳が分からなかった。 

3年前に芋の植え方を教えただけなのに?いろいろ考えてもわからず、正直かなり引いた。


いや、違うか。もしかすると彼女は僕が書いた冷たい文字の隙間から、僕の臆病さを見抜いたのかもしれない。僕の見られたくなかった部分を、彼女に掬い上げられてしまったような気がした。


正直怖かった。もう面倒だ。関わるのはもう嫌だと思った。


どうせ、この夏が過ぎれば彼女の熱も冷めていくだろう。恋に恋する乙女ってやつだ。


僕はそう結論づけ、「彼女が勝手に作り上げた幻想が、時間の経過とともに勝手に壊れていくのを待つ」という、ひどくズルい手段を選ぶことにした。それが、僕の、精一杯の逃避だった。


手紙にあった「シャープペンシルを交換して使う」は女子の間では、好きな人と結ばれるおまじないとして実際に流行っているらしい。


手紙を読んだ後、人生で初めてかなり不気味だが一方的に一途な好意を向けられて少しうれしい感情が湧いてくることが意外だった。


同時にまだ見ぬ彼女はどんな人なのか知りたくなっていたが、その日の夕食時に母親がニヤケ面をしながら、今までなんの女っ気もなかったボクに、ラブレターが届いたことを嬉々として家族に話す姿にあきれ、淡い気持ちはすべてふっとんでしまった。 

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