第2話 ハンギョドンのラブレター



当時流行っていた「ハンギョドン」というキャラクターのかわいらしい封筒が家の郵便ポストに無造作に入っていた。


宛名は自分のフルネームが書いてありハートのシールで封がしてある。どこからどう見てもラブレターそのものが届けられていた。発見したのが自分で本当に良かったとそのとき思ったのをよく覚えている。


母や弟妹にみつかっていたらと思うと背筋が冷たくなった。裏面の差出人のところに「1年3組 小山 さち」と書かれていた。中学1年生ということは2歳下の後輩。

 

名前は全く覚えがなく、全く知らない女の子だ。ドキドキしながら封に貼ってあるシールを剥がし封筒とおなじ「ハンギョドン」の便せんにびっしりと女の子らしい丸文字で書いてある手紙の内容を おそるおそる目で追った。


「お手紙ありがとうございます」から始まったこの手紙の内容は最初から意味が分からなかった。 


「お手紙ありがとうございます」?いぶかしげに読み進めて気づいたのだが、この手紙は先に彼女に届いた「好意を持っている」「シャープペンシルを交換したい」と書いてあるボクが送った手紙に対する返事となっているらしく、彼女が好意をもたれてうれしいこと、前からボクのことを知っていること、シャープペンシルを交換してもよいことが赤裸々に綴られていた。


ボクは年賀状以外に手紙を送ったこともなく、まったく身に覚えもない内容にしばし呆然とした。

この娘は、なにか盛大に勘違いをしているのではないか?別人と間違えているのではないか?と思い、

慌てて返事を書こうとしたが便せん、封筒などという洒落たものは持っていなかった。


どういうわけかわからないけど、とにかくこの勘違いもしくは人違いの現状はまずいと思い、急いで自転車に乗り、近所の文房具屋に急いだ。


店に入ると顔見知りの店主が「いらっしゃい」と声をかけてくる。「どうも」と適当に返事をして できるかぎり固い印象のレターセットを探した。無難な罫線のみの便せん、白い無地の封筒のレターセットを見つけレジにいる店主に出すと、「あれ、レターセットなんて買うの? 好きな子にラブレターでも書くのかい?」と店主の軽い冗談。


ボクは顔が真っ赤になるのを感じた。動揺を出さないようにするのに必死で「そ、そそ ぞんなわけないじゃん」と返すのが精いっぱいだった。 


家に帰り机に座って返事を懸命に考えた。オレが送ったとされている手紙に全く身に覚えがないこと、君のことを顔も名前も全く知らないこと、シャープペンシルを交換する趣味は全くないこと、たぶん別人と間違えているのではないか?と思うことなどを極力事務的に冷たい印象で書いた。


勘違いを正す、人助けだと自分に言い聞かせて、後輩の女の子に手紙を送るという羞恥に満ちた行動を正当化しつつ、これ以上その彼女の勘違いが手遅れにならないよう祈って、誰にも見つからないように手紙をポストに投函した。

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