第7話 氷の記憶

 レイナが部屋に戻ると、扉の閉まる音が、やけに重く響いた。誰もいないはずの空間に、まだ阿久津の声が残っている気がした。


 ――「思い出せ」

 その一言が、胸の奥で鈍く反響する。机に置いた端末の画面が、ぱっと明るくなった。ひそかに見ていた宮田の観測ログ。荒削りだが、“生きた”データ。理屈ではなく、空の声を聴こうとする――いつの間にか、あの頃の自分を重ねるようになっていた。


 ――あの日、観測所の灯は白く、冷たかった。眠るように横たわる親友の手は、まだ温かかった。


《レイナ、夢をあきらめないで》


 あの笑顔が脳裏に浮かぶ。もし、あのとき自分がこだわらなければ――夢を、手放していたら。いや、そんな“もし”は意味がない。夢を信じたことで、誰かが壊れた。それが事実だ。


 ――夢なんて、いらない


 そう誓ったあの日から、自分は「誰もが安全な道」だけを選んできた。情熱も、理想も、そして他人の期待も――すべて、封じ込めた。それが罰であり、償いだった。


 だが、宮田は――あの頃の自分と同じ目をしている。まだ何も知らない。信じることの痛みも、失うことの重さも。


 「レイナは、レイナのままでいいんだよ」


 親友の声が、どこか遠くで響く。優しく、そして残酷に。


 (違う……)


 レイナはゆっくりと立ち上がった。震える指先を握りしめ、胸の奥に焼きついた記憶を押し殺す。


 (私は、“レイナのまま”ではいられない)


 モニターの電源を落とす。闇の中で、決意の光だけが残った。


――宮田、あなたがどんな力を持っていようが関係ない。あなたは夢の怖さを知らない。二度と、あんな悲劇を繰り返させはしない。私が、必ず止めてみせる。




 窓の外が、わずかに白み始めていた。夜の名残が消える前に、レイナは立ち上がった。わずかに揺らいだ心を、深呼吸で押さえ込む。机の上の端末を片づけ、髪を整える。鏡に映るのは、氷のように冷たい表情を取り戻した自分だった。


「……迷っている暇なんてないわ」


 小さく呟き、扉を閉めた。冷たい朝の光が、再び“指揮官”の顔を照らした。

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