雑風斎研究草子
草屋伝
第1話
「さぁさぁ、皆さまお待ちかね、雑風斎先生のご高説が帰ってきたぞ!」
人々が何事かと振り返れば、小屋の周りには色とりどりののぼり旗。
そのどれにも黒々と「雑風斎」の名が染め抜かれ、秋風の中はためいている。
秋晴れの空の下、今日の浅草は人が人を洗うかのような有様。
各芝居小屋ではそれぞれに、演目の見どころをこれでもかとばかりにまくしたてる。
「かの平賀源内先生の再来とも謳われた世紀の大学者、再びのお目見えだぁ!
この浮世にあってこの世を統べる理を知る、かの大学者がこのたびお目にけけまするは奇妙奇天烈摩訶不思議の大実験!
月も出ぬよな闇夜に提灯も手に入らず困ったこともおありでやんしょ?
こたびは鼻をつままれてもわからぬような闇を、その英知をもって切り開かんという試み。これさえあれば提灯なんざバカらしくって放り投げちまうってぇしろもんだ!
これを見るのにたったの5文! お代は見てのお帰りだ! さぁ! 寄った、寄ったぁ! 」
軽やかな口上に歩みを止める者、止めぬ者。
浅草のいつもの光景とはいえ、その名に覚えのある者にはなにやらそわそわさせる呼び声と言えただろう。
「いやぁ、また再び実験をお見せいただけるとは」
そういう一人であるらしい、どこぞの店の旦那さんが呼び込みに声をかけた。
「おや旦那様、おいで下さるとはありがてぇこって。こたびの実験もすざまじいものとなっておりやすよ~」
「さすが雑風斎先生だ。わたしゃあの方の理論はとんとわからないが、その興業には目がなくてね。ちょうど暇だったし来させてもらうことにしたよ」
「へい、まいどっ! 」
毎度興業を見に来ているらしい後援者が入っていくところを見てもまわりの者たちにはそれほどの変化もなかった。
若い娘さんたちが小屋ののぼり旗を見て「どなた? ご存知? 」「さぁ? 」などと顔を見合わせているのが関の山。そのうち「藤十郎様の次の公演は……」などといいつつ去ってゆく。
「そこの先生方! いかがでございましょう、話のネタに今巷で話題の雑風斎先生の実験なぞご覧になっては!? 」
呼び込みの男が呼びとめたのは総髪で羽織袴も物々しく胸を張って闊歩する一団。その一団の中心であるらしい男は左右の仲間を見まわしながらふんと鼻で笑い、あたりに聞かせようとしてかわざと仰々しげに言い放った。
「おい、聞いたか!? あの雑風斎サマが、まぁだこの大通りで声高に名前を連呼出来うるような所業と言い張って興業を続けておるようだぞ!? 」
「おうおう、あの恥知らずが無知なる者どもにあの世迷言を言い続けておるとは、ゆゆしき事態であるよなぁ! 」
「我らが師がかの者との論争後、上方の豪商の招きを受けて江戸を留守にしておらねば、かの者などその息の音も止められておったものを! 」
周りの者たちが眉をひそめるほどの言い様に声をかけた呼び込みはまずい者たちに声をかけたとばかりに身を縮こめている。
「まぁ、どうしてもと言うのならばその話、聞いてやらんこともない。なぁ、皆の衆」
「ただし我らの目に少しでも間違いあると知れた日にはなぁ! 」
「まぁまぁ。少しは楽しませてもらうとしようか」
ぞろぞろと肩で風切りながら入っていく一団に、よびこみの男は天を仰いだ。そろそろ興業が始まらんとする刻限であった……。
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