二人で帰る家

天使猫茶/もぐてぃあす

君がやめた煙草

「ただいまー」


 君と一緒に帰ってきた誰もいないガランとした家に向かい、僕はそう声を出した。しばらく留守にしていた我が家は、どこか他人の家のような顔をしてその言葉を飲み込んだ。


「久しぶりに会ったけど、親父もお袋も元気そうで良かったよ。少し痩せてた気もするけど、歳を考えればあんなもんだよな」


 靴を脱ぎながら僕は君に向けてそう話しかける。君は微笑んだまま僕の言葉を聞いていた。

 居間へと着いた僕は、ソファに腰を下ろす。そしてまた君に向けて話しかけた。


「向こうに行ったらお義父さんとお義母さんによろしく言っておいてよ。僕もそのうち行くけど、でも僕は殴られちゃうかな」


 殴られるのは嫌だな、と思いながら君を見ると、少し困ったような笑みを浮かべているような気がした。

 そうしてしばらく居間で君と休んだあと、僕は明日から始めようと思っていた荷物の整理を始めることにした。

 僕がこっちで使うもの、君が向こうに持っていくもの、もう使わないので単純に捨ててしまうもの……分けていく内に、君が昔言っていた言葉を思い出す。


「狭い場所は嫌だから、広い家が良いな」


 笑いながら言っていた君の顔を思い出した僕は、思わず呟いた。


「結局狭い場所に行くんだから、無理してこんなに大きな家にしなくても良かったかも」


 自分で言ったその言葉がなんだかおかしく響き、僕は一人で笑って、笑って、気が違ったように笑い続けた。

 なんだか君が心配しているような気がして、なんとか笑いを抑えた僕は、整理を続けるうちに、煙草の箱を一つ見つけた。


 その箱を眺めている内に、結婚する直前にこれから産まれる子どものために禁煙する、と宣言した君の顔を思い出す。その後にはたしかに一度も煙草を吸ってる様子はなかったので禁煙は成功したのだろう。


 だけど君は、どうやらこの箱を未練がましく持っていたらしい。

 見つけた箱を君に向けて振ってみる。君の笑みは、少し照れたような、困ったようなものに見えた。


 僕は床に座り込むとその箱から煙草を一本取り出して咥え、火をつけた。肺いっぱいに煙が行き渡り、思わず視界が歪む。

 何度か咳き込むと、煙草から灰がこぼれる。灰が喪服の上で斑の模様を作った。


「なんで死んじゃうんだよぉ……」


 いままで我慢していた涙がこぼれる。

 遺影の中で、君は悲しそうに微笑んでいた。

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