第19話 性への好奇心

 数十秒か、あるいは数分か。

 

 魔力の嵐が収まった時、俺たちは互いの手を握り合ったまま荒い息を繰り返していた。


「……はぁ……っ。はぁ……っ」


 先に沈黙を破ったのはロシエルだった。


 彼女は握った俺の手を離さない。

 それどころか、まるで高熱にうなされたかのようにその白い頬を赤く染め潤んだ瞳で俺を見上げてきた。


「……ヴァエル、様……。今、の……」


「……ああ。凄まじい魔力交感だったな」


 アザゼルが普段感じている俺の魔力もこのようなものなのだろうか。

 だとしたら、この快楽に抗えないまま虜になるのも納得だ。

 

「――か、回路は正常に起動したか?」


 俺が冷静を装って問いかけると、ロシエルはこくりと小さく頷く。


 起動実験はこれで終えた。

 それなのに彼女は俺の手をより一層強く握りしめ、上気した頬もそのままに熱っぽい視線を向ける。


「……わかり、ました……」


「何がだ?」


「あの日……ベリアス様やアザゼル様が、なぜ貴方様にああしていたのか……。私、ずっとわからなかった……。いえ、怖かったんです……」


 彼女は俺の手を両手で強く握りしめ、まるで祈るかのようにその小さな身体を俺にすり寄せてきた。


「でも違った……! 研究だけじゃ足りなかったんです……! 今、貴方様の魔力が私の中に入ってきて……身体中の魔力が今までにない速度で加速して……! ――これこそが真理……!」


「ま、待てロシエル。落ち着け」


 様子がおかしい。

 あの日のマッドサイエンティストの目ではなく、完全に女の目だ。


 彼女は俺のローブを掴み、背伸びをして顔を近づけてくる。


(まずい。この流れはまずい)


 俺の脳裏に、元日本人としての倫理観が警鐘を鳴らす。


 彼女はどう見ても十四、五歳。小柄なためそれ以下にさえ見える。

 これは……さすがにまずいだろう。


「ロシエル。君はまだ子供だ」


 俺は彼女の小さな肩を掴み、理性的に諭そうとした。


「俺は君の頭脳は買っている。だが、こういうことは……。その、なんだ。君がもっと、大人になってから……」


 必死に理性を振り絞って捻りだした俺の言葉は、彼女の強い意志によって遮られた。


「――子供?」


 ロシエルは俺の手を振り払い俺を真っ直ぐに睨みつけた。


 その瞳には先ほどまでの熱に浮かされた色はなく、帝国の学会で見せたあの孤高の天才としての強い光が宿っていた。


「ヴァエル様。帝国の法律では、魔導師登録を行った者は年齢に関わらず成人として扱われます」


「……なに?」


「私は十二歳でアカデミーに入り、十三歳で正式に魔導師となりました。……法律上、私はとっくの昔に成人女性です」


 ロシエルは俺のローブの裾を今度は挑発するように掴んだ。


「私は子供ではありません。貴方様の『智』を担う、魔王軍の魔導師団長です」


 そして彼女は再びあの熱を帯びた瞳に戻り、涙を浮かべながら俺に懇願した。


「……それに……もう、我慢できません……! あの日の夜から、貴方様たちの姿が頭から離れない……! 今、貴方様の魔力に直接触れて、確信しました……!」


「…………」


「お願いですヴァエル様……! 私を子供としてではなく……一人前の魔導師として扱ってください……! 貴方様のその莫大な力をもっと深くこの身に……私の知らない快楽を、その真理を教えてください……!」


 俺に残っていた最後の理性が音を立てて砕け散った。

 

 元日本人としての倫理?

 知ったことか。俺は魔王だ。

 

 それに、これほどまでに好奇心に飢えた天才少女の誘いを無下に断る理由がどこにある?


「……フン。面白い理屈だ、ロシエル」


 俺は玉座から立ち上がり、彼女の小さな身体をいとも容易く抱き上げた。


「きゃっ……!」


「そこまで言うならいいだろう。――だが後悔するなよ。……お前のその身体が我が力にどこまで耐えられるか、この身で試してやろう」


 俺は昂る気持ちもそのままに、彼女を抱きかかえ寝室へと転移した。

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