第18話 堕落の貪り

 ロシエルが俺の『智』となって数週間。

 ダンジョンの防衛システムは彼女のマッドサイエンティスト……いや天才的な発想によって飛躍的な進化を遂げていた。


 侵入者を自動迎撃するゴーレム部隊。

 死者の魂をインストールされた高位アンデッド軍団。


 俺が玉座で何もしなくてもダンジョンが勝手に強固になっていく。


(最高だ……。面倒事を丸投げできる天才、マジ最高……)


 俺は玉座の上では魔王の威厳を保ちつつ、内心でそんな俗な感想を抱いていた。


 というのも、ロシエルという『智』を得たことで、俺はアザゼルやベリアスとのの時間もより多く取れるようになったのだ。


 ◇


 その夜、俺は自室の天蓋付きベッドの上でアザゼルの絹のような肌を堪能していた。


「あぁん……! 陛下……! もっと、その強大な魔力を……っ!」


 俺の魔力を浴びて恍惚の表情を浮かべるアザゼル。


 そしてベッドの傍らには夜のを終え、定期報告のために戻ってきたベリアスが頬を上気させながらも恭しく膝をついている。


「――以上です、陛下。西の回廊に配置したデュラハンの部隊も、ロシエル殿の統制術により完璧な連携を確認いたしました」


「うむ。ご苦労、ベリアス」


「はっ! この身も心も、魔王様のものですので……! ですので……その……、私にも今一度陛下の慈悲をいただきたく……」


「流石の体力だ。――いいだろう。こっちへ来い」


 忠実な剣と妖艶な秘書官。

 完璧なハーレムの縮図がこの寝室に完成していた。

 

 俺が満足感に浸りベリアスの唇を再び塞ごうとした、その時だった。


 コンコン、と控えめなノックが響いた。

 ……いや、ノックとほぼ同時にガチャリと扉が開いた。


「ヴァエル様! 失礼します! ついに完成しました! 魂の並列起動を可能にする魔力集積回路の……!」


 興奮に満ちた声と共に研究室から飛び込んできたのは、分厚い資料を抱えたロシエルだった。

 そして彼女は目の前の光景にピシリと凍り付いた。


 ベッドの上で肌を晒し俺に絡みつくアザゼル。

 ベッドの傍らでまだ情事の余韻を色濃く残したまま慌てて居住まいを正すベリアス。

 そして、その中心にいる俺。


「あ……あ……」


 ロシエルの陶器ように白かった顔が、みるみるうちに沸騰したように赤く染まっていく。


「す、す、すみませんっ! わ、わ、私、その、研究の……! し、失礼しましたぁっ!」


 彼女はものすごい速度で踵を返し、抱えていた資料を廊下にぶちまけながらけたたましい足音と共に逃げ去っていった。


「…………」

「…………」


 寝室に気まずい沈黙が流れる。


 俺はアザゼルの豊満な胸から顔を上げ、やれやれとため息をついた。


(さすがの天才少女も、あれは刺激が強すぎたか)


 ◇


 その日を境にロシエルとの間に微妙な距離感が生まれてしまった。


 あれだけ毎日研究室から玉座の間に入り浸っていた彼女が、パタリと姿を見せなくなったのだ。

 ダンジョン運営の報告はすべてスケルトンが運んでくるレポートのみ。


(……気まずいのはわかるが、こっちも進捗確認ができなくて困るんだが)


 俺がしびれを切らしこちらから研究室に出向こうかと考え始めた数日後のことだった。


「――ヴァエル様っ!」


 玉座の間で俺がアザゼルの膝枕で寛いでいると、あの日以来となる切羽詰まったようなロシエルの声が響いた。


 勢いよく開かれた扉の向こうに、彼女が息を切らして立っていた。


「どうしたロシエル、そんなに慌てて。また侵入者か?」


「いえ! 違います! ついに、ついに完成したんです!」


 彼女の瞳は、数日前の気まずさなど微塵も感じさせないあのマッドサイエンティストの狂気と興奮に満ちていた。

 

 彼女は複雑な形状をした青白く輝く水晶の塊のようなものを大事そうに抱えている。


「先日お見せしようとした、魔力集積回路の完成形です! これがあれば複数の高位アンデッドの魂を、ヴァエル様の手を煩わせることなく私の魔力で直接制御できます! ダンジョンコアのコピーのようなものですよ! ――ですが起動には一度だけヴァエル様の莫大な魔力で初期設定を行う必要が……!」


 早口でまくし立てながら彼女は俺の玉座へと駆け寄ってくる。


 そして――


「――きゃっ!」


 興奮のあまり足がもつれたのか、彼女はブカブカの制服の裾を踏み見事に体勢を崩した。


「おっと」


 俺は玉座から飛び起き咄嗟に彼女の華奢な身体を支える。


 そして彼女が落としかけたその魔導具を彼女の手の上から、俺の手で包み込むように押さえた。


 その瞬間だった。


 ――バチチチチッ!


「「――ッ!?」」


 俺と彼女の手が触れ合った魔導具から凄まじい光と魔力がほとばしった。


 俺の魔王としての底知れない魔力が回路を通じてロシエルへと流れ込む。

 同時に彼女の研ぎ澄まされた魔力が俺の中へと逆流してきた。


 それはアザゼルやベリアスとの肉体的な交わりとは全く異なる、魂の奥深くを直接繋げられるような強烈な快感と全能感だった。

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