第3話

……まぶたを開けると、もう朝だった。小鳥たちが枝で楽しげにさえずっている。


トントン――


ドアの外から音がした。


「清司、起きた ?もうすぐ出発するよ !」


母の声がドア越しに聞こえる。返事はせず、ベッドから起き上がりドアを開け、洗面所に向かって顔を洗った。


食卓には朝食が用意され、三人で朝のひとときを過ごす。


だが、この平穏な時間もすぐに終わりを告げる――


朝食後、父は車を発進させるために階下へ。


母と俺は空き部屋の片づけ。物をすべて出すと、なかなか広々とした部屋になった。


この部屋が、これからは“あの子”のものになる。


「清司……突然で本当にごめんね、でも今回は本当に……」


母が突然申し訳なさそうな表情を浮かべ、俺は少し戸惑った。


「わかってるよ。きっと事情があるんだろ。できるだけうまくやる」

「ありがとう。本当に助かる」


母の曇った表情が少しずつ晴れていく。


あの子も、できるだけ感じのいい子だといいんだけど……


すべてを整え、階下で父と合流した。


「さあ、出発するぞ!ワクワクするな !」

「シートベルトしてね、ダーリン」

「はいはい~ !ちゅっ !」


親父と母のラブラブぶりを後部座席で見つめる俺。


はあ、いい年して未だに俺の前でラブラブかよ……


今日の天気は快晴。雲ひとつない青空が広がっている。


一時間ほど走り、目的地に到着した。


初めて来る場所だ。親がどうやってここに住む人たちと知り合ったのかもわからない。


父が車を止めた先には、小さな別荘のような家が立っていた。


車を降り、俺はその家を指さした。


「これ……彼女の家 ? ! !」

「ええ」


両親の反応はいたって平常だった。


こんな立派な家に住んでるのに、なんで俺んちになんか来るんだよ ?


貧乏体験か ?


トントン――


ドアが開き、清楚な感じの女の子が顔を出した。両親を見ると、ドアを全開にした。


「おじさま、おばさま、おはようございます」


彼女は両親に向かって丁寧にお辞儀をした。


育ちの良さが感じられる、お嬢様って感じだ。


彼女の視線が俺に向けられる。俺は手を挙げて軽く挨拶した。


「よろしく。初めまして」

「初めまして。よろしくお願いします」


そう言って彼女もまた深くお辞儀したので、俺はあわててお辞儀を返した。


人にお辞儀するなんて、生まれて初めてだ。


中に入ると、彼女がドアを閉めた。


広い室内は薄暗く、生きている人間の気配がほとんど感じられない。


簡単に言うと、生活感がまるでないのだ。


水槽の上の花は枯れ、ずっと水をやられていなかった。キッチンの状態はさらに酷かった……


彼女は一人で暮らしていて、家事の類はあまり得意ではなさそうだ。


母は彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。


「荷物はもう準備できた ?」

「はい、すべて準備しました……おばさま」


彼女はうつむいた。照れているのか、名残惜しいのか、表情は少し曇っている。


俺は素早く視線をそらし、父の荷物運びを手伝おうとした。


「手伝わなくていいよ、外で待っていて」


父にそう言われ、リビングで何をすべきかわからず立っている。母と彼女が話している。


ふと、ある考えが頭をよぎる。


失礼だとはわかっていたけれど、ついやってしまった。


別荘の中の部屋をほとんど全部見て回ったのだ。どれにも少しは生活の跡はあったが、ごくわずかだった。


(もちろん彼女の部屋には入ってないよ。女性の部屋に無断で入るなんて、どう考えてもダメだろ)


ただ一箇所、入れなかった部屋があった。


ドアには鍵がかけられていて、鍵がどこにあるのかもわからない。


その部屋に近づくと、かすかな香りのようなものがした……


(まさか……)


余計な想像をしないように、俺は速足でその場を離れた。


父はすでに彼女の荷物をすべて車に積み込み、トランクを閉めていた。母も彼女とこれ以上何を話せばいいのかわからない様子。


「そろそろ行きましょうか~」


母の表情は優しいが、瞳の奥には哀れみの色が浮かんでいる。


彼女の目には、わずかに涙が滲んでいるようで、触れれば簡単にはじけそうだ。


俺と両親が先に別荘を出ると、彼女はなぜか動こうとしない。


しかし、三人とも暗黙の了解を得たように、誰も彼女を急かさなかった。


数分後、彼女は出てきた。目が赤くなっている。


「さようなら……」


とても小さな声で呟いたが、それでも俺の耳には届いた。


(さよう……なら ?)


心の中で疑問が湧く。この家に別れを告げているのか、それとも家の中の何かに ?


きっとこの場所には、彼女の思い出がたくさん詰まっているんだろう。


車が発進し、俺たち二人は後部座席に座った。


帰路、誰もほとんど話さず、沈黙が車内を支配した。


俺はイヤホンを付け、目を閉じて音楽を楽しんだ。


時折、彼女を盗み見ると、落ち着かない様子で、しょんぼりとした顔をしている。


眉をひそめ、目には力がない。太陽の光が差し込んだ時だけ、彼女の目尻がわずかに濡れているのが見えた。


俺は片方のイヤホンを外し、ティッシュで簡単に拭いて彼女に差し出した。


「音楽、聞く ? ちょっと気が紛れるかも」

「ありがとうございます」


彼女は少し驚きながらもイヤホンを受け取り、うつむいて礼を言った。


「どんな音楽が好き ?」

「普段あまり聞かないんです……清司さんの好きなので大丈夫です」


(えええええぇぇぇぇぇ!!!僕の名前 ? ? ?)


そう言われると、適当に流すしかない。


俺のプレイリストはほとんどが日本のライトロック。リズムは速めだが、ロックのように耳障りではない。


一曲又一曲と流れていくうちに、彼女の顔の曇りも少しずつ晴れていった。


この手の音楽も、彼女は嫌いではないようだ。


道の車、多すぎる。


(いつ家に着くんだよ ! ! ! イヤホンの電池が切れちゃうじゃねーか ! ! !)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る