第9話 決戦本番② 数字が伸びないので禁じ手を使います


 水鏡モニタの波形は上がった。

 ――けれど、天井の魔法陣に走るひびも、同じ速度で増えていた。


「規約改変検知。監査を開始します」


 黒ローブの背後に、無顔の監査官が二体、ぬうっと生えた。真っ白な仮面に“::”みたいな無機質な目。手には巻物――規約。


「ヤバいやつ来たな」とカイル。


「……大丈夫。まだ“参考値に含めただけ”だから」とリリアは強気に言うが、王冠を直す指先が微かに震えていた。


 ユウトは剣先で監査官を牽制しつつ、リリアに短く問いかける。


「リリア。数字を上げる禁じ手はもう打った。――心を動かす禁じ手は?」


 赤い瞳が、きゅっと細くなる。


「……ある。泣く。

 でも、それは“一度だけ”。ほんとは最後に取っておきたかった」


「ここで打つか、最後まで持つか。選べ」


 天井から、“みし”と長い音が降ってきた。

 闇姫ハルカが観覧席から扇で合図する。「世界の方が先に割れるわ。**今打って、最後は“余白”**にしなさい」


 リリアは一拍だけ目を閉じ、うなずいた。


「――行くのじゃ」


 ユウトが一歩踏み込み、剣を振り上げる。

 刃が落ちる寸前、リリアは小さく息を吸って――


「……こわいのじゃ。

 でも、終わり方は選ぶのじゃ」


 たったそれだけ。

 声が震える。目のふちがすこしだけ濡れる。

 ――ぽと。


 床石に、涙の点が一つ。


 水鏡の波形が跳ね上がる。

 ハートメーターが一段、過剰に膨らむ。

 観覧席のざわめきが、魔法の風となって玉座の間を撫でた。


「泣いた……!」ミアが胸を押さえる。「いまの、自然すぎ……!」


「泣きドーピング、発動確認」と監査官の無機質な声。「規約第3.2“未成年姿態による不当誘因”の疑い」


「言い方が最悪なんよ!」とユウト。


「待って監査官!」黒ローブが制す。「**“演出上の自然反応”**ならセーフです。ここは――」


「自然です!」とリリアがシュバッと手を挙げる。「今のは自然なのじゃ! わらわ、怖かったのじゃ!」


「主張は記録しました。継続監視」


 光のひびがぱきんと一つ増えた。


 ユウトはリリアの涙に合わせて、剣の角度を変える。

 切っ先が、王冠をかすめ――音だけを高く鳴らす。

 リリアがびくん、と肩を震わせる。

 視聴ログ、さらに伸長。


 ここで――庇い。


「魔王様ァァァァ!!」


 ガルドが、さっき練習した角度より半歩深く飛び込んだ。

 ユウトの刃の風圧を胸で受け、鎧がぱきんと割れる。

 砕けた破片が宙に舞い――光に変わった(ミアの細工、成功)。


「ぐっ……! だが我が命は、魔王様の人気に替えられるなら安い……!」


「言い方!」


 ガルドが片膝をついた瞬間、水鏡の同時視聴が弓なりに跳ね、コメント帯が一気に明るくなる。

 ハルカが「はい伸びたー!」と悪い笑顔でスクショを量産。

 黒ローブはこめかみを押さえながらも、親指をちょっとだけ斜めに立てた。合格寄りのサイン。


 ――だが。


 天井の魔法陣に、蜘蛛の巣みたいなひびが走った。

 結界柱の一本がばきんと音を立て、光が散る。


「結界、限界値超過」と監査官。「本筋に復帰してください」


「“本筋に復帰”って言われるの初めてだ……」とカイル。


 ユウトは舌打ちして前に出る。


「ここで畳む。最後のピークは使った。

 リリア、泣きはもう無しだ。終わりは“余白”で締める」


「分かったのじゃ。泣きは一回。残りは、笑顔で行く」


 ユウトは剣を振り下ろし――床を割った。

 砕けた石が舞い、映える砂煙が上がる。ダメージはゼロ。

 リリアが一歩下がり、王冠を押さえて耐える。

 滞在率、維持。コメント帯が「やさしい」「そこ切らないの好き」と少し柔らかく染まる。


 ハルカが扇越しに囁く。「……いいね。“泣いたあとはやさしい”は、視聴時間がのびる」


 監査官が巻物を開く。「制限時間まで残り五分。以降は規約上、演出加点の無効」


「つまり、ここからは数字が伸びない」と黒ローブ。「……勇者、決めなさい」


「分かってる」


 ユウトは一歩、二歩と詰める。

 剣と剣が交わり、リリアの足がつ、とよろける。

 ――そこだ。


「ガルド、出るな」

「はっ!」


 ガルドが止まる。

 ユウトは剣を引く。

 切っ先がリリアの喉もとを通り過ぎるだけ。

 風圧でドレスの襟が揺れ、リリアが前へ倒れ――


 ユウトが支える。


 抱きしめない。

 ただ、肩に手を添えるだけ。


 リリアのまぶたが、ふるふると震えた。


「……あったかいのじゃ」


 水鏡の波形が、静かに高くなる。

 ――爆発はしない。

 でも、下がらない。


 監査官の目がかすかに細くなった。「本筋復帰、確認」


 黒ローブが小さく息を吐く。「そのまま、終幕へ」


「まだだ」


 ユウトが肩で支えたまま、リリアをそっと立て直す。

 そして、聞こえるか聞こえないかの声量で告げた。


「名前を、くれ」


 リリアの赤い瞳が、ぱちりと開く。

 視線が揺れ、微笑みが**幼い“子ども”**に戻る。


「……最後に、呼ぶのじゃな?」


「ああ。最後だけ」


 そのやり取りを見て、ハルカが肩を抱いた。「これよ、これ。“泣きのあとに約束”……視聴者を次へ繋ぐやつ」


 ――その時。


 天井の魔法陣の中央が、ぱきんと割れた。

 外から、白い暴風が吹き込む。

 結界柱が一本、完全に崩落。

 玉座の後ろの書架がぐらりと傾き、名前の札がばらばらと舞い上がる。


「危険域突入。即時決着を推奨」と監査官。


「推奨じゃなくて命令しろよ!」とカイルが叫ぶ。


 ユウトは深く息を吸い、剣を持つ手を固めた。

 リリアは王冠を両手で押さえ、泣かない顔を作る。


「行くぞ、リリア」

「来るのじゃ、ユウト」


 雷鳴。

 光。

 ――終幕の角へ、二人が同時に踏み込む。


 その直前、天井の隙間から運営の声が、はっきりと落ちてきた。


「世界が滅びそうなので、本筋に戻してください」


 ユウトは剣を止めず、にやりと笑った。


「今、戻ってる最中だ」


 ――次回、第10話「世界が滅びそうなので本筋に戻してください」。

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