第24話 北の都市トーレッド






かくかくしかじか、村で起きた出来事を詳細に語り終えると、老城主は両手で頭を抱え、深く呻いた。


「まさか護身竜が斃れており、そこを通って帝国が攻め入るとは…」


「ええ。ですから、早急に伝令を飛ばし、各地にこの由々しき事態を伝えた方がよろしいかと」


グスティは思考加速チートを使いながら、言葉を慎重に選び、城主へと伝えていく。その淀みない報告ぶりに、城主はわずかに感心したように彼を褒めた。


「先ほどから、お主の機敏かつ冷静な物言いには感服させられてばかりだ。まるで大局を見通しておるかのようではないか。……急ぎ早馬を飛ばそう」


実際には頭の中で数分間考え抜いた答えなので、グスティとしては何とも言えない気分だったが、相手の信用を得られたことが何より大きな価値だと判断した。


「……光栄です。あの、恐縮ですが、二人の容態を見舞いに向かってもよろしいでしょうか? 」


そんな不躾な願いにも、城主は寛大な対応をして見せた。


「客人用の部屋を用意してある。しばらくは監視をつけさせていただくが、部屋の出入りを制限すること

はしないと、先に伝えておこう」


「ご配慮痛み入ります」


部屋を出ると、グスティはすぐさま二人の元へと急いだ。監視の兵士に事情を話すと、すぐに彼らを案内してもらえた。


病室に通されると、そこには包帯に巻かれた、痛々しい姿の二人が静かに眠っていた。二人のベッドの間では、聖職者の女性が神への祈りの言葉を唱えている。


グスティは不謹慎だと思いつつも、声をかけた。


「容態はどうですか? 」


聖職者の女性は振り返り、シワシワと年老いた声で容態を伝えた。


「竜の巫女様は問題ないかと思われます。拳ほどの穴が腹部に開いていたようですが、なぜか急速に回復に向かっておりまして…。異端核保持者ということもございますから、ご心配はいらないかと」


これがあの時モリオンが言っていた「異端核」の与える良い影響なのだろうか。グスティはそう考え、もう一人の容態についても尋ねたが、それを聞くと医者の顔がにわかに曇った。


「全身の骨が砕けているようなのですが…正直、分からないのです」


「分からない?」


「ええ。本来なら死んでいるはずの人間が、まだ確かに呼吸をしていると言った状態で…。黒胆汁が体内に澱んでいるのは間違いなさそうなのですが…」


医者の言葉に、グスティは絶句した。こんなにスピリチュアルなことを語る人間を信用していいのか、とさえ思った。黒胆汁などという聞き覚えのない単語に警戒しながら、どうにかできないかと頭を巡らせていると、「そういえば」と、チートのUIを開く。


日替わりのチートショップの品揃えが、そろそろ変わっているかもしれないと思ったのだ。


───────────────────────────────

【本日のA.W.C.S.ショップ】 現在使用TP 18111 TP

・無駄な知識チート 1,000 TP

・無意味なダンスチート 3,000 TP

・おしゃべりチート 5,000 TP

・お菓子生成チート 7,000 TP

・運試しチート 8,000 TP

・癒しの霧チート 15,000 TP

・回復道具チート 50,000 TP


───────────────────────────────



予感は的中していた。時刻はとっくに午前零時を過ぎ、ショップのラインナップは更新されていたのだ。

天が自分に味方した、そう確信したグスティは、すぐさま癒しの霧チートを交換し、間髪入れずにそれを使用する。


彼の脇から緑色の霧が勢いよく噴き出し、病室は一瞬にしてしっとりとした神秘的な空間へと変貌した。

その霧を吸い込んだ竜の巫女は、かすかに身じろぎ、やがてゆっくりと目を開き、体を起こした。


「……イナンナは無事? 」


あまりにも急激な意識の回復に、聖職者の女性は驚きのあまりよろめき、ひっくり返りそうになった。大きく見開かれた目には、目の前で起きた奇跡に対する畏敬の念が宿り、彼女は慌てて祈りを捧げ始めた。


「まずは自分の心配をしろっての……正直彼女はまだ分からない。俺が新しく手に入れた力で治療してみてはいるが、どの程度効果があるか……。そもそもこれが正しい使い方なのかも分かってないからな。まだベットの途中だ」


――咄嗟に心に浮かんだ自分勝手な言葉を、グスティは飲み込んだ。この不安な状況で、さらに相手を動揺させてどうする。彼女に必要なのは、揺るぎない安心感だ。


思考の海に一瞬深く潜り、彼は顔にいつもの軽薄な笑みを貼り付けた。


代わりに「ああ、無事だ。だから安心して寝てくれ」と、努めて明るい声で答える。


癒しの霧を吸い込んだイナンナの体からは、時間をかけて「バキバキ」と音を立てて、まるで砕けた骨が結合していくような音が聞こえる。しかし、内臓がどうなっているか分からない以上、彼女の身に起きている正確な変化を知ることはできなかった。


「……」


竜の巫女は隣で眠るイナンナを一瞥すると、安堵と疲労からか、再び倒れ込むように深い眠りについた。


「相変わらず…責任感の塊のような子だな、君は……。おかげでずっと頼もしかったぜ。ありがとう、ザバーニャ……」


グスティが竜の巫女をその名で呼ぶ。すると、それに反応するかのように、竜の巫女の口から「ゴウッ」と小さな火が漏れ出た。


「アンタにその名で呼ばれる筋合いはないわ……次言ったらマジ殺………スー……スー……」


グスティは警戒しつつ、彼女の顔の前に手をかざす。本当に眠っているのか確認するためだ。…しかし、やはりぐっすりと眠っているようだった。


「…寝言にしちゃあ、物騒な寝言だな」


眠っている竜の巫女にそんなことを語りかけていると、隣で眠るイナンナの顔が僅かに微笑んだ。意識は戻らないが、どこかで何かを感じ取っているのかもしれないと、グスティはそっと笑みをこぼした。


「今晩はここにいても良いですか?」


グスティが尋ねると、監視の兵士は無言で頷き、病室の前に立って警護に当たってくれた。


こうして三人とも安堵の表情を浮かべながら、それぞれの眠りについた。長く、過酷な夜がようやく終わりを迎えた。

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