第8話 入学試験

 皇立学院にやって来ました。入学実技試験を受けるためです。

 昨日は契約精霊の審査及び筆記試験で、色々な人間にあれこれ調べられて非常に不快でした。

 この身は危険なものではないというのに。


 結局、学園長だという老人の「虹眸の魔女が危険は低いと言うんなら大丈夫じゃろう。そもそもあの魔女が契約術式を引き受けた者を、審査だけで落とせるとでも?」という言葉でなんとか解放されました。

 魔女が書いてくれた契約証明書が役に立ったようです。

 実技試験では受験者だけでなく契約精霊の性能も試されるとのことなので、優秀な所をしっかり見せたいものです。


 試験会場にはシオと同じくらいの年齢の人間がたくさんいます。人工精霊フィルギアを連れている人間も多くいます。

 向こうからぎこちない動きをした人間が近付いてきました。メガネです。


「おはよう、テス君。それにリチカちゃんも」

「おはようございます、メガネ」

「おはよう、サラド。筋肉痛は大丈夫か?」

「うん、上半身はちゃんと動くから大丈夫。こっちの試験は手を使うやつだけだし、しっかり勉強もしてきたからね!」


 意気込んでいるメガネは魔導技術科を受験するのだそうです。

 シオとは別の試験になりますが、受付は共通なので行列に一緒に並びます。



「受験番号40、テセルシオ・セサムスです」

「40番、精霊使役科、精霊騎士エインヘル志望だな。契約精霊シフィリチカ…その隣の、それか。まさか人型人工精霊とはな…」


 受付の試験官の言葉に、周りの人間たちがざわつきました。


「人型の人工精霊連れた奴がいるって本当だったのか」

「すげぇ、初めて見た!」

「一体どこで手に入れたのかしら。セサムス…どこかで聞いたような…」

「あの人型、何で仮面着けてるんだ?」


 あちこちから好奇の視線が刺さり、シオはちょっと困ったように頬をかいています。

 それから試験官はシオの左腕に受験者用の識別符タグだという腕輪を嵌め、「指示があるまで待機しているように」と言いました。

 同じように受付を済ませたメガネが戻ってきます。


「注目されてるねー、テス君」

「そうみたいだ。人型って本当に珍しいんだな」

「当たり前でしょ!しかもそういう希少で強力な人工精霊って、普通は高位貴族とかお金持ちが持つものだし」

「そうなのですか?」


 戦闘用の人工精霊は高価です。その中でも特に強いものとなれば、高位貴族でなければなかなか手が出せない値段だというのは分かります。

 しかし高位貴族が自ら戦場に行くものでしょうか?普通は臣下に戦わせるのでは?


「貴族って言っても、精霊使役科に入るのは跡取りになれない次男三男がほとんどなんだ。皇立学院はエリート育成校だから、将校になって軍で出世するために入ってくるんだよ。僕が受ける魔導技術科なんかは割と最近作られた学科で、庶民が多いんだけどね」

「なるほど」


 メガネはなかなかの情報通です。確かに、人工精霊を連れた受験者は裕福そうな服装をした人間ばかりです。

 そして彼らの中には、シオに対し敵意とまでは行かないものの警戒するような視線を送っている者もいます。

 シオが少しばかり苦笑しました。


「俺みたいな貧乏貴族の長男もいるけどな」

「シオは貴族だったのですか?」

「あれ、言ってなかったっけ?没落寸前の男爵家だよ。俺が精霊騎士エインヘルになって手柄を立てないと取り潰される」


 なるほど、シオが精霊騎士を目指すのはそういう理由だったのですか。人間は自分の血筋を大切にするものなのです。

 それは理解しましたが…。


「シオ。この身はシオのヴァルキュリーです。そのような基礎情報は先に教えておいて下さい」

「う、ごめん…」

「テス君全然貴族っぽくないからねー。僕も普段は忘れてるし」

「えっと、俺の祖父じいさんが凄い精霊騎士でさ、その勲功で爵位を貰ったんだ。領地は小さい町一つだけだし、暮らしは庶民と変わらなかったけどな」


 シオは何だか懐かしそうな顔をしました。メガネもです。


「僕とかジェレミア君とテス君は、お祖父ちゃん同士が知り合いだったんだよね」

「そうそう。で、俺は一応セサムス家の跡継ぎ。この槍とかコートも、祖父さんの形見なんだ。いつかこれを着て試験を受けて来いって言われてたからな」


 今日のシオは、いつもの短槍を持ち重厚なコートを着ています。

 かなり古びたコートで他の受験者の服装に比べると浮いているのですが、金細工のボタンだとか袖口の刺繍が見事な、とても良い品です。


「シオばかりずるいです。こんな良いコートを着るなんて」

「えええ…?そりゃ立派な品物なのは分かるけど、どう見ても古いし暑そうだよ?リチカちゃんが着けてるマントの方が格好良くない?」

「リチカはこういうのが好きらしいんだ」

「古いものには古いものにしか出せない味があるのです」

「えっ、それってもしかして古代遺物だから!?昔が懐かしいとか!?」

「違います。メガネは気持ち悪いですね」

「ストレートな悪口!」


 そんな事を言っていると、受付を追えた試験官がやって来ました。

 やっと試験が始まるようです。メガネは「お互い頑張ろうね」と言って魔導技術科の集団の方へと移動しました。




 精霊使役科の試験は契約精霊と共に学院の裏山に入り、中腹の休憩所セーフティーゾーンにある番号札を取って下山するという内容です。

 ただし裏山には魔物がたくさん出るので、それらを倒すなり避けるなりして進まなければいけません。

 コースは3つあり、短いルートほど強い魔物が出るとのこと。制限時間は4時間。


 恐らく、魔物にどう対処するかやクリア時間も採点基準の一つなのでしょう。

 強い魔物を倒せばもちろん評価は高いのでしょうが、無理に挑んで怪我をしたり、時間を取られ過ぎても駄目、という所でしょうか。


 受験者全員で裏山の入口に移動しましたが、小さな山です。中腹までならせいぜい片道1時間ほどでしょうか。

 上空を飛んでいる鷹型精霊たちは、試験官が監視のために飛ばしているもののようです。

 魔物の気配も特に脅威となるようなものは感じられず、この身にとってはどうやら簡単な試験です。シオの安全にだけ注意すれば良いでしょう。


「識別符をなくすと失格になるので注意するように。重傷者や急病人などの緊急事態が起きた場合は、無理をせず大声で助けを求めること。…では、始め!」


 受験者たちがそれぞれに動き出します。

 真っ先に山に入って行ったのは、中央の最短ルートを選んだ人間です。かなり強そうな虎型の人工精霊を連れていたので自信があるのでしょう。

 数人でまとまって行く人間たちもいるようです。協力してはいけないとは言われていないので、それも一つの手なのでしょう。

 あまり自信がなさそうな人間は、簡単だという左のルートを選んでいるようです。


「シオ。どのルートで行きますか?参考までに言いますと、どのルートでも問題なく2~3時間で戻れるでしょう」

「そうだな…」

「…おい、そこのおま…、あ、あなた!!」


 シオが何か言いかけた時、後ろから大きな声で呼びかけられました。


「このオレ…、い、いえ、わたくしと、一緒に山を登ろう…ですわよ!?」


 シオを指差しているのは、くるくるとした豊かな金髪をリボンでツインテールに結んだ、とても元気そうな少女です。

 亀型の人工精霊を頭に乗せていて、非常にぎこちない不自然な言葉遣いをしています。


「あんた、誰だ?」

「オ…、わたくしは、ゼニファー・ローデントですわ!この人工精霊は、ブライアン」

「ローデント…、ローデント伯爵家?」

「そ、そう…ですのよ…」


 どうやらシオはその名前に心当たりがあるようですが、ゼニファーと名乗った人間は何だか自信なさげに視線を彷徨わせました。少々不審です。


「俺はテセルシオ・セサムスだ。こっちは人工精霊のシフィリチカ。それで、なんで俺と?」

「あなた、すっげえ強そうな精霊を連れてるじゃねえか、ですのよ。ここは協力しよう…ですわ。試験に合格するために!」

「分かった。いいぞ」

「マジか!やったですわ!よろしくですわ!」

「うん、よろしく」


 シオはやはり決断が早いです。口を挟む隙がありませんでした。

 護衛対象の一人や二人増えたところで、この身には何の問題もないので構いませんが。


「それじゃあ、早く行こう。モタモタしてる時間はないし。ルートは…」

「左!左が良いと思うんですわ!」

「左は一番簡単で長いルートです。この戦力なら中央ルートでも十分余裕を持って行けるはずですが」

「だ、だ、駄目だ!!魔物は怖い!!一番安全なルートを行くべきだろですわ!!」


 むむ。この人間、勢いが良い割に臆病です。きっと自分たちだけでは合格する自信がなかったから、シオに声をかけたのでしょう。

 見た所、ブライアンという亀型精霊はかなりの猛者ですので、そんなに怖がらなくとも大丈夫なのですが。


「…そうだな。じゃあ、左で行くか」


 そう言ったシオに、ブライアンが「お嬢がわがままを言って済まんのう」とのんびり言います。

 シオが決めた事なら仕方ありません。それに、話をしている間に状況が少し変わりました。今から中央ルートを登っても魔物はあまり残っていない可能性が高そうです。

 簡単なルートを急いで登り、それで評価を稼ぐのも一つの手でしょう。

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