第3話 豪運の少年

「……」


 この身を買って欲しい。唐突な申し出であることはこの身も理解しています。

 ですからまずはあちらの反応を窺ってみたのですが、黒髪の少年は無言のままこの身を見つめるばかりです。深いグリーンの瞳からは何の感情も読めません。

 何だか妙な感じです。背中のあたりがむずむずとします。この顔はヘッドギアに覆われているというのに、まるで瞳を見つめられているかのような感覚を覚えます。


「よし。買おう」


 おやおや。さすがに少しびっくりしました。

 もっと交渉が必要だろうと思っていたのですが、素晴らしい決断力です。

 大声で「はあ!!??」と叫んだのは、もう一人の少年…小柄でメガネをかけた方の少年でした。

 博士も、「えっ、ええっ!」と言いながらひどく慌てています。


「待って、この少年に、えっ、買ってもらうのかい!?今!??」

「はい。今日のうちに売れれば博士も良い宿に泊まれるでしょう」

「いや気にしてるのはそんな事じゃなくてね!?」

「て、テス君、待って、ちょっと確認させて!」


 メガネも慌てて割り込んできます。すごく混乱した様子です。


「君、人工精霊フィルギアなの!?人型!?」

「そうです。博士が遺跡から発掘したものです」

「えーっ!!しかも古代遺物!?凄い!!凄いよテス君!!」

「そんなに凄いのか?珍しいのは分かるけど…」

「凄いってば!!変な仮面被ってるなあとは思ったけど、人型精霊なんて…女性型だよね?ちょっと、細かく見せて!」


 手を伸ばしてきたメガネを、この身はひらりとかわしました。

 メガネは「わっ!?」とつんのめった後で振り返り、この身を見てびっくりしています。


「避けた!?」

「避けます。知らない人間に触られるのは不快です」

「!?すごい、自我が強い!!さすがアーティファクト…!!」

「落ち着けよ、サラド。いきなり触るのは失礼だろ」

「いやあ、これは触りたくなるでしょ!ローブの下が見たい!」


 メガネは目をキラキラさせて興奮しています。はっきり言って気持ち悪いですが、それよりも売買交渉を進めなければいけません。

 黒髪の少年に向かって言います。


「とりあえず、お買い上げありがとうございます。貴方の決断の速さを評価してお安くしておきます。2000万ゼルでいいです」

「2000万っ!??」


 メガネが叫び、博士が「あちゃー」と顔を覆います。

 話を聞いていたブランが首をかしげました。


「うーん、やっぱりそれは高いんじゃないかしら?精霊屋のつけた値段の100倍くらいになってるわよ」

「あちらが安すぎただけです。何度も言っていますが、本当は3000万が適正価格です。大幅値引きをして2000万なのです」

「人型の人工精霊ってそんなに高いもんなのか?」

「うーん…他の性能にもよるけど、これだけ流暢に会話ができるくらい状態が良いならその値段でもおかしくはないかなぁ…本当に発掘品の古代遺物なら、だけどね」


 メガネの答えに、黒髪の少年は困った表情になりました。


「そっか。困ったな。さすがに2000万は出せない」

「え、本当に買う気なの!?」


 メガネが再びびっくりしています。少年はきっぱり頷きました。


「よく分からないけど、凄い人工精霊なんだろ。掘り出し物ってやつじゃないのか?」

「発掘品だけにね!…ってちゃうわボケー!!こんな通りすがりの子供に自分を売りつけてくる人工精霊とか、怪しすぎるでしょ!!」

「さっきはあんなに凄いって言ってたじゃないか」

「それは話が本当だったらだってば!!本当に古代遺物アーティファクトかどうかなんてこの場じゃわからないし、性能も確かめてないのに!!」

「嘘をついてるようには見えないぞ」

「テス君っていつもそうだよね!!ほんとに!!!」


 絶叫しています。メガネはこの身を少年に買わせたくないのでしょうか。お買い得だというのに。

 メガネが必死に言い募ります。


「…あのね、これからずっと、テス君の相棒になる大事な精霊だよ!?命を預ける存在だよ!?簡単に決めて良い訳ないじゃないか!!」


 そう、精霊騎士が使役する戦闘精霊ヴァルキュリーは、唯一無二の相棒です。あるじに魔力を供給し、援護し、守護し、その傷を癒やします。ヴァルキュリーの能力は、そのまま騎士の生存率に直結します。

 メガネの心配は正当なものと言えるでしょう。人工精霊を見る目はありませんが。この身の性能ならば、ヴァルキュリーくらい十分に努められます。


「簡単に決めた訳じゃないぞ。さっきのおっさんを止めた時の動き、凄かったんだ。ほんの一瞬で人混みをすり抜けて、腕を掴んでた。あそこまで素早い人工精霊はなかなかいないと思う」


 あの動きが見えていたのですか。人間にしては目が良いようです。


「それにさ、今まで6軒も精霊屋を回ってきただろ。たくさん人工精霊がいたけど、全部ピンと来なかった」

「…この人型精霊は違うって言うの?」

「ああ。勘だけどさ、これだと思ったんだ。俺に必要なのは」


 ふむ。どうやらこの少年、変な人間です。

 見る目はあるようですが、もしかして騙されやすいのでは?

 今後はこの身がしっかり見張っておく必要があるでしょう。主に適切な助言をするのも、優秀な人工精霊の務めです。


「ええ、貴方の勘は正しいです。この身はヴァルキュリーを務めた経験はありませんが、戦闘は得意です。人間を守るのだって得意です。問題ありません」

「…ほ、本当だよ。彼女は戦闘能力がとても高い。単独で大型の魔物すら狩れるんだ。素早いし、賢いし、魔力量だってとても多い。精霊屋で測ってもらったが、2万6600あった」


 横からおずおずと博士が説明をし、メガネが「2万6600!?」と大声を出しました。よく驚くメガネです。


「それは凄いな。そんな魔力量聞いたことない」

「凄いのは数値だけではありません。高等魔術も習得していますし、掃除、洗濯、運搬、建築、修繕、なんでもできます。パン作りは少々苦手ですが、失敗したものを食べるのは得意です。この身は必ず役に立つでしょう」

「ぱ、パン作り?人工精霊が?」

「高性能なのはよく分かった。だけど、俺の予算は250万までなんだ。これが全財産だから」

「安すぎます。せめて500万です。なんとびっくり、33.333...%オフからの更に75%オフ。これ以上はまけられません」

「?33で…75…?100%超えてないか?」

「その計算方法は間違っています」


 この少年、数字には弱いようです。まるで■■■■のような――…、おっと、ノイズが入りました。

 とにかく、少年は眉間にしわを寄せて考え込みました。500万と言われて悩んでいるようです。

 村の長老たちからはできれば300万くらい欲しいと言われています。多分250万でも、この冬を越えるには十分な金額でしょう。

 しかしこの身としては、これ以上妥協するわけには行きません。この身はもっと価値があるのですから。

 譲れないという意思を込め、じっと少年を見つめます。



「…よし、分かった!500万ゼルでいい!!」

「!!」


 博士が驚きの表情でパッと顔を上げました。ブランも、メガネも目を丸くしています。


「分かったって、お金はどうするの!?全然足りないよね!?」

「ジェレミアに借りる」

「貸してくれるの!?」

「分からないけど、頼むしかないな」

「えええええ」


 衝撃を受けているメガネを尻目に、少年は数歩進んでこの身のすぐ前に立ちました。


「俺はテセルシオ、テセルシオ・セサムス。親しい奴はテスって呼ぶけど」

「分かりました。では、シオと呼びます」

「なんで!?」


 メガネが横から突っ込みましたが、この身は無視しました。テスよりシオの方が美味しそうで良いでしょう。


「別に好きに呼んでくれていいよ。あんたの名前は?」

「この身に名前はありません。人工精霊は主が名前をつけるものです」


 博士はこの身に名前をつけませんでした。『君』とか『彼女』と呼んでいて、村の人間も、この身を『あれ』とか『人形』だとか呼んでいました。


「そっか、じゃあそれは後で。まだ代金を支払ってないし。えーと…」

「代金はあちらのウテナ博士に渡して下さい」

「…き、君は、本当に彼女を500万で買ってくれるのかい…?」


 博士はまだ信じられない様子です。シオは「もちろん。二言はない」ときっぱり言いました。


「悪いけど、手持ちじゃ足りないから俺の下宿先まで付いて来てくれるか?あと、行く途中に安くていい宿があるから案内するよ。あんたたち、宿が決まってないんだろ?」

「あ、ああ。それは助かる」

「よし、じゃあ行こう。こっちだ」

「はあ…テス君は一度決めたら譲らないからなあ…。どうなっても知らないよ、僕…」

「大丈夫だって。俺は豪運のテセルシオだぞ」


 シオは自信たっぷりに胸を張り、メガネはなんだかちょっと変な顔をしました。

 ごううん。つまりとても運が良いという事なのでしょう。なるほど。たった500万でこの身を買えるのだから、確かに豪運です。


 そして、この身は密かに安心していました。

 最初に見た時、シオは杖が折れたお婆さんを助けていました。それに、さっきの子供。シオには関係のない出来事だったのに、子供の無実を証言しただけでなく、お金まで与えていました。

 しかも精霊騎士を目指しています。人間を守る仕事をしようと言うのです。

 そういう人間は嫌いではありません。少々変なところもあるようですが、新しい持ち主としては、まあまあ悪くないのではないでしょうか。


「いい買い手が見つかって良かったわね!しかも500万よ!すっごい!宿も紹介してくれるって!」


 ブランがはしゃぎます。博士は小さく「うん」と言って笑いました。

 嬉しいような、悲しいような、とても複雑な表情をしていました。

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