名前も知らない恩返し

ゆーり。

名前も知らない恩返し①




目覚まし時計が鳴る前に目覚めたのは別に不思議なことではなかった。 誰もが、というわけではないかもしれないが待ち望んでいる特別な日。 それは主人公であるレアも同じだ。

 

―――今日という日が待ち切れず自然と早起きしちゃった。

―――起きてもまだ外が暗いと朝の感じがしない。

―――でもこの新しい生活にも大分慣れたなぁ。


隣で寝息を立てているジェレミーの顔を見て小さく微笑んだ。 静かに起き上がり出かける支度をする。 動きやすいジーンズを履き長い髪はやる気が出るようポニーテールで結んだ。


―――何かを持っていきたいところだけど持っていったところで意味がない。

―――それだけがもどかしいんだよね。

―――目に見えるものをあげたいのに。


静かに寝室を出ると洗面所へ向かって顔を洗った。 そしてキッチンで朝食を作り先に食べる。 メイクをし歯磨きも終えると朝8時になっていた。


「よかった、今年も晴れだ!」

「おはよ」

「あ、おはよう!」


窓から外を眺めていたところ夫のジェレミーの声で振り返る。 ジェレミーは眠たそうに目を擦っていた。 ジェレミーは今日という特別な日を特に待ち望んではいないらしい。


「もう支度を終えたのか。 今年も行く気?」

「うん。 帰りは何時になるのか分からない」

「別にいいけどさ・・・」


ジェレミーが食卓につくとレアはジェレミーの朝食を作り始めた。 今日だけは『先に朝食を食べる』と言ってある。


「・・・あのさ。 もう止めたら?」

「え?」


ジェレミーの言葉に一瞬手が止まった。


「今までは付き合っているだけだったからよかったけど今の俺たちは新婚夫婦だぞ?」

「そうだけど」

「そろそろ気持ちも切り替えてほしい、っていうか・・・」

「やりたいことを成し遂げたら終わるよ」

「それはいつだよ」

「分からない」

「・・・」


即答するとジェレミーは黙り込んだ。


―――私だって今の夫は大事。

―――だから早く成し遂げて気持ちを切り替えたいけどまだ叶わない。

―――長年やってきたことをここで諦めるなんてしたくない。


軽く溜め息を零しているジェレミーに言った。


「彼のおかげで今の私がいるんだよ?」

「それは分かっているし俺も感謝している」

「彼がいなかったら私はジェレミーと出会えていなかったのかもしれない」

「だから分かってるって。 運命だとか言うつもりはないけど間違いなく彼のおかげで俺たちは結婚することになったと思ってる」


不満を言うジェレミーの前に朝食を置く。 もちろん特別な日だからといって手を抜くことはない。 それをジェレミーも分かっているからこの程度の小言で済んでいるのかもしれない。


「・・・もし、さ。 私の目が見えていなかったらどうしてた?」

「それは・・・。 もちろん好きになったことには変わりはないんだからちゃんと責任を持って」

「私はジェレミーの顔が見えなかったら今みたいに好きになっていたのかどうか分からない」

「・・・」

「ジェレミーはどう? もし目が見えなくて私の顔も分からなかったら」

「分かったよ、俺が悪かった。 だけど俺の気持ちも分かるだろ?」

「分かるよ。 さっきの言葉じゃないけどもし逆の立場だったら私もそう言うかもしれない」

「だろ!? ただ俺は!! ・・・レアに前を向いてほしいんだよ」

「・・・十分前を向いているよ。 だけど感謝の気持ちを伝えてけじめをつけたい気持ちに変わりはない」

「相手は既に亡くなっているんだぞ?」


既に亡くなっている。 分かっていてもレアの心を揺らすには十分な響きだ。


「10月31日・・・。 今日という年中行事の特別な日がなかったらこんなことはしていなかったよ。 でもあるからこそ悔いは残したくない。

 お礼を言わないまま月日が流れたらもしかしたらもう二度と会えなくなってしまうかもしれないから」

「分かってるって。 ・・・まぁ、もう止めない。 気を付けて行ってこいよ」

「ありがとう」


レアは準備を終わらせ足早に玄関へと向かった。


「ジェレミーもちゃんと実家へ帰るんだよ?」

「・・・あぁ、まぁ、俺はいつも通りそんなに気にしていないんだけど」

「何かあったら連絡して。 行ってきます」


ジェレミーだって実家へ戻れば祖父母などの亡くなった人に会える。 ただジェレミーはまだ生きている両親のもとへもそれ程帰りたいとは思わないらしい。

別にそれを否定するつもりはないがどこか寂しくも思えてしまう。


―――雰囲気の悪いまま家を出たくなかったな。

―――・・・ジェレミーとの時間を大切にするためにも早く終わらせなきゃ。


10月31日。 一般的にはハロウィンの日だがレアの住むこの国には不思議な年中行事があった。


―――今日はハロウィン。

―――国が休日にするくらい一年の中でも特別な日。


仮初の一日ではあるが死者の魂が現世へと戻ってこれる日なのだ。 そして現世の人は死者の姿を見ることができる。 きちんと意思疎通もでき交流もできるという不思議で貴重な一日。

この日でないとできないことをレアはやりたいしやらなければならない。 そうしないと新しい生活を前向きに送ることができない。 レアは青空を見上げ決意を固める。


―――今年こそ絶対に見つけ出す。

―――そして私を救ってくれたお礼を言うんだ。

―――・・・名前も顔も分からない恩人に。



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