第7話 交錯

小屋の中。静かに、雨音だけが流れていた。

久道の言葉は、確かに耳に届いている。

だが、心は、まだ追いつけていなかった。

久道は白衣を整え、軽く咳払いをすると、ゆっくりと口を開いた。

「焦ることは、ありませぬ。此度、皆さまの身に起きたことは――」

その言葉の隙間。

コウは、壊れかけた木箱に座ったまま、拳を固く握りしめ、目を伏せていた。

冷静を装う自分と、どうしようもなく震える現実感のなさとが、心の奥でせめぎ合っていた。

「これより、ゆるりと解き明かして参りましょうぞ。」

白衣の袖が宙をなぞるたび、

ミホは、無意識に服の裾をいじっていた。

指先に伝わる生地の感触だけが、

自分がまだ“ここにいる”という、唯一の証明のように思えた。

久道は、古びた歯車装置の上に手を置き、晴れやかな顔で続けた。

「此度の到来は、偶然に非ず。

 何者かが、何かが、時の流れを歪めた結果でございます。」

その言葉にかぶさるように、

ライトが靴先で床をコツコツと鳴らした。

焦燥、苛立ち、そして理解不能なこの世界を叩き壊したい衝動――

それらを、小さな音に押し込めるしかなかった。

誰も、声を出さなかった。

誰も、答えなかった。

久道は、そんな三人を一瞥すると、微笑みを浮かべたまま、静かに言った。

「安心なされい。拙者、然るべき道筋をご案内仕りますれば。」

その声音は、温かくさえあった。

だが、その“温かさ”が、逆に三人の胸を締めつけた。

外ではまた、小さな雷鳴が低く唸った。

春の雨は、まだ降り続いていた。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------📘 第8話 予告文


春の雨は、まるで季節を拒むように冷たく降り続いていた。

火鉢の灯だけが、小屋の闇をかろうじて押し返している。


揺れ始めた時代。

迫りくる外の脅威と、内に潜む野心。

久道の言葉は、三人に“逃れられぬ現実”を突きつけた。


異界に迷い込んだ者として、何を見つめ、何を選ぶのか。

火の明滅と雨音の狭間で、彼らの進むべき道が、静かに形を取り始める。


第8話 幕末の進路指導

11月30日(日)21:00 投稿予定。

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