第6話 時の裂け目
「さ、さ、お入りくださいませ!」 久道は白衣をひらひらとなびかせながら、
まるで客人をもてなすかのように小屋の中へ手招きした。
だが、三人は誰ひとり、すぐには動けなかった。
湿った土の匂い。雨を吸った空気。そして、あの藁葺きの小屋からかすかに漂う、
金属と油のような匂い。すべてが、どこか“こちら側”ではない違和感を放っていた。 「……行こう」 コウが低く呟く。逃げ場などない――それは、三人とも分かっていた。互いに目を合わせると、ゆっくりと、小屋の中へ足を踏み入れた。
中は、外観からは想像できない空間だった。壁に描かれた奇妙な図。
見たこともない歯車仕掛けの機械。 煤けた巻物、錆びた計測器。ごちゃごちゃに積まれたそれらの間を、淡い明かりがぼんやり照らしていた。
「どうぞどうぞ、適当に掛けてくだされ」 久道はそう言うと、自分だけ中央に腰を下ろした。
三人は再び視線を交わしながら、壊れかけた椅子や木箱を軽く押し、揺らし、音を
確かめた。木が軋み、埃が舞った。今にも崩れそうな座面に――
それでも“立ったままではいられない”とでもいうように――彼らはぎこちなく腰を下ろした。
「さて、何から申しましょうか」 久道は腕を組み、真剣な顔でしばらく考え込み――ぱん、と手を打った。「然らば、簡潔に!」そう言って指を一本立てる。
「皆さまは、此度、時の裂け目を通じて、こちら側へと到来なされたのです!」
沈黙。 三人は、誰も返事をしなかった。
「要するに!」 久道は身を乗り出し、瞳を輝かせながら続けた。
「皆さまは、異時界――すなわち、別なる“時の流れ”に紛れ込まれたのであります!」
敢えて言葉にしなかった現実を、突きつけられた気がした。
ライトが口を開く。 「……いやいやいや……」それ以上、言葉が続かなかった。
否定したい。だが、その根拠もない。
誰もが“何か言わなければ”と思いながらも、口を開けずにいた。
ライトの視線が、コウとミホの顔を交互に探る。
――誰かが、この冗談を否定してくれ。
そんな祈りのような沈黙だけが、場に残った。
久道は、にっこりと嗤った。「夢であれば、どれほど安らかでしょうなぁ――!」
その嗤いの奥で、彼の目だけが、濡れた雨空よりも深い色をしていた。
小屋の外では、また静かに、春を祝福しない雨が降り続いていた。
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春を祝わぬ雨が、まだ降り続いていた。
久道の言葉は冗談か、啓示か――
ただひとつ確かなのは、もう「元の場所」へは戻れないということ。
歪んだ時の狭間で、交わるはずのなかった三つの鼓動が、
静かに重なり始める。
第7話 交錯
11月23日(日)21:00 投稿予定。
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