第7話『港街コウベ、祭りのない街』
プロローグ
港街コウベには、祭りがない。
正確には、「あった」。三十年前まで、この街には無数の祭りがあった。夏祭り、秋祭り、冬の灯籠祭り。街は一年中、祭りの音で満ちていた。
だが、三十年前のあの日。
午前五時四十六分。
大地震が、すべてを奪った。
六千四百三十四名の命。数万棟の家屋。そして、祭り。
復興は進んだ。街は再建された。人口も戻った。だが、祭りだけは戻らなかった。
「祭りをする気にはなれない」
「死者を思うと、笑えない」
「祭りは、もう必要ない」
市民はそう言い続けた。
そして三十年が経った。
震災を知らない世代が、人口の半分を超えた。
彼らは、祭りのない街で育った。
そして、一人の女が声を上げた。
興行師――御影玲。
彼女は市役所で、こう言った。
「祭りを、取り戻しましょう。この街に」
震災遺族団体は、激怒した。
市長は、困惑した。
だが、御影は諦めなかった。
「祭りは、死者のためじゃない。生きている人のためにあるんです」
第一章 帰還
一月十七日。午前五時四十六分。
港街コウベの追悼式典。
毎年この日、震災の犠牲者を追悼するため、市民が集まる。
御影玲も、その一人だった。
彼女は三十四歳。震災の時、四歳だった。
母親を失った。
以来、父親と二人で生きてきた。
そして今、彼女はNPO「コウベ・リメンバー」の代表を務めている。震災の記憶を後世に伝える活動をしている。
追悼式典が終わる。
御影は、港を見つめた。
「もう、三十年か」
その時、背後から声がした。
「御影さん」
振り返ると、市長の藤田(五十八歳)が立っていた。
「少し、お話しできますか?」
第二章 提案
一月二十日。港街コウベ市役所。
市長室に、御影は座っていた。
「御影さん、あなたに頼みたいことがあります」
藤田市長が口を開いた。
「震災三十年の節目に、何か新しいイベントを開催したいんです」
「......新しいイベント?」
「はい。追悼式典だけでは、若い世代に震災の記憶が伝わらない。もっと、前向きなイベントが必要だと思うんです」
御影は、少し考えた。
「市長、それは『祭り』のことですか?」
藤田が目を見開く。
「......どうして、わかったんですか?」
「私も、同じことを考えていたからです」
御影は微笑んだ。
「この街には、祭りが必要です」
第三章 計画
御影は一カ月、準備に費やした。
震災の資料を読み直し、過去の祭りについて調べ、市民の声を聞いた。
そして、一枚の企画書にまとめた。
「コウベ・メモリーナイト」企画書
コンセプト:
震災30年の鎮魂と再生の祭り
開催日:
1月17日(震災の日)
内容:
灯籠流し
港から6,434個の灯籠を流す(犠牲者の数)
市民参加型
市民の手記朗読
震災を経験した人、経験していない人、両方の声を届ける
音楽ライブ
地元ミュージシャンによる追悼と希望の音楽
震災アーカイブ展示
写真、映像、証言を展示
予算:
必要額: 5,000万円
市の予算: ゼロ(10年間凍結中)
調達方法: クラウドファンディング + 企業協賛
目標来場者:
5万人
運営:
全て市民ボランティア
テーマ:
「忘れない。そして、生きる」
御影は市長に企画書を提出した。
市長は、深く息を吐いた。
「......良い企画です。でも、反対が予想されます」
「反対?」
「震災遺族団体です」
市長は続けた。
「彼らは、祭りを『死者の冒涜』と考えています。過去にも、同じような提案がありましたが、すべて反対されました」
「......わかりました」
御影は頷いた。
「それでも、やります」
第四章 対立
二月一日。
御影は、震災遺族団体「コウベ・リメンバランス」の事務所を訪れた。
代表の中村(七十二歳)が、御影を迎えた。
「御影さん、お久しぶりです」
「中村さん、お元気でしたか?」
中村は、御影の企画書を読んだ。
そして、顔を曇らせた。
「......これは、受け入れられません」
「なぜですか?」
「祭りは、死者を冒涜します」
中村は続けた。
「御影さん、あなたも遺族でしょう? お母様を亡くされた。その痛みを、忘れたんですか?」
「忘れていません」
御影は即答した。
「でも、私は生きています。そして、生きている人には、祭りが必要なんです」
「祭りなど、必要ありません」
中村は首を振った。
「我々は、静かに追悼するべきです。笑ったり、騒いだりするべきではない」
「それは、死者のためですか? それとも、生きている人のためですか?」
御影の問いに、中村は答えなかった。
第五章 クラウドファンディング
三月一日。
御影は、クラウドファンディングを開始した。
【港街コウベ】震災30年。祭りを取り戻す。
プロジェクト概要:
震災から30年。
港街コウベには、祭りがありません。
かつて、この街には無数の祭りがありました。
でも、震災ですべてが途絶えました。
30年が経ちました。
震災を知らない世代が、半分を超えました。
今こそ、祭りを取り戻すべきです。
死者を忘れるためではありません。
死者を思い出し、そして生きるために。
「コウベ・メモリーナイト」
灯籠流し、音楽、手記朗読。
すべて、市民の手で作ります。
あなたの支援で、祭りを取り戻してください。
目標金額: 5,000万円
リターン:
3,000円: お礼のメール
10,000円: 祭り招待券
30,000円: 灯籠に名前を刻む権利
100,000円: 手記朗読者として参加する権利
開催日: 1月17日
公開から一週間。
集まった金額は、五百万円だった。
そして、コメント欄が荒れ始めた。
コメント欄:
@kobe_izoku:
「祭りとか不謹慎。死者を利用するな」
@young_kobe:
「震災知らない世代だけど、祭り見たい。支援します」
@kobe_angry:
「御影、お前も遺族だろ。なぜ死者を冒涜する」
@supporter_kobe:
「支援しました。祭りは必要です」
御影は、コメントを一つ一つ読んだ。
そして、返信を書き始めた。
御影玲(プロジェクト起案者):
皆さん、コメントありがとうございます。
「祭りは死者の冒涜」という声があります。
私も、母を震災で亡くしました。
だから、その気持ちはわかります。
でも、私は思うんです。
祭りは、死者のためじゃない。
生きている人のためにあるんだ、と。
死者を忘れるためじゃない。
死者を思い出し、そして生きるために。
もし反対の方がいても、私は理解します。
でも、私は諦めません。
港街コウベに、祭りを取り戻します。
この返信は、SNSで拡散された。
賛否両論が巻き起こった。
Twitter(現X)での反応:
@kobe_young2:
「御影さんの言葉に泣いた。支援します」
→ 42,000いいね
@izoku_kobe:
「遺族の気持ちを無視するな。祭りは反対」
→ 38,000いいね
@support_kobe:
「30年経ったんだから、前を向くべき」
→ 35,000いいね
六月三十日。
クラウドファンディングの締切日。
最終的に集まった金額は、三千八百万円だった。
目標の七十六パーセント。
第六章 決断
七月一日。
御影は、市長に報告した。
「目標額には届きませんでした」
「......開催は、難しいでしょうか?」
「いいえ」
御影は首を振った。
「三千八百万円で、できることをやります」
第七章 準備
七月から十二月まで、御影は準備に追われた。
灯籠の制作。ボランティアの募集。音楽ライブの企画。手記朗読者の選定。
ボランティアは、三千名が集まった。
だが、震災遺族団体の反対は続いた。
地元紙は連日、特集を組んだ。
港街コウベ新聞 一面
「祭り開催に賛否」
「遺族団体、猛反発」
「市長、開催を決定」
SNSでも炎上が続いた。
@kobe_izoku2:
「祭りは絶対に反対。当日、抗議デモをする」
→ 28,000いいね
@volunteer_kobe:
「ボランティア登録しました。祭りを成功させたい」
→ 32,000いいね
第八章 祭りの夜
一月十七日。午後六時。
港街コウベの港。
「コウベ・メモリーナイト」が始まった。
会場には、十二万人の市民が集まっていた(目標の二・四倍)。
だが、会場の外には、震災遺族団体のメンバー五百名が集まり、抗議デモをしていた。
「祭りは冒涜だ!」
「死者を利用するな!」
「御影は恥を知れ!」
御影は、ステージに立った。
マイクを握る手が、震えていた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
観客が静まる。
「今日、震災から三十年が経ちました」
御影は続けた。
「三十年前のあの日、私は母を失いました」
会場が、さらに静まる。
「私は、母の顔をほとんど覚えていません。でも、母の温もりだけは、覚えています」
御影の目から、涙が溢れた。
「今日、会場の外で、遺族の方々が抗議しています。『祭りは冒涜だ』と」
観客がざわめく。
「私も、遺族です。だから、その気持ちはわかります」
御影は続けた。
「でも、私は思うんです。祭りは、死者のためじゃない。生きている人のためにあるんだ、と」
御影は声を上げた。
「私は、母を忘れません。でも、私は生きています。そして、生きている人には、祭りが必要なんです」
会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。
午後七時。
灯籠流しが始まった。
六千四百三十四個の灯籠が、港から流される。
一つ一つに、犠牲者の名前が刻まれている。
そして、市民の手記朗読。
震災を経験した人、経験していない人――様々な声が、夜空に響く。
最後に、音楽ライブ。
地元のミュージシャンが、追悼と希望の曲を奏でる。
会場は、涙と拍手に包まれた。
第九章 余波
一月十八日。
地元紙は、祭りの成功を報じた。
港街コウベ新聞 一面
「祭り、12万人が参加」
「涙と拍手の夜」
「賛否両論も、成功」
SNSでも、肯定的な意見が増えた。
@kobe_moved:
「灯籠流しで泣いた。来てよかった」
→ 58,000いいね
@young_kobe3:
「震災知らなかったけど、今日で少しわかった気がする」
→ 52,000いいね
@volunteer_kobe2:
「ボランティアとして参加。最高の経験だった」
→ 48,000いいね
だが、震災遺族団体は、声明を発表した。
「二度と開催するな」
昨日の祭りは、死者の冒涜である。
我々は、断固として抗議する。
来年以降、開催を認めない。
一月二十日。
市長・藤田が、記者会見を開いた。
「来年も、コウベ・メモリーナイトを開催します」
会見場がざわめく。
「賛否両論があることは承知しています。でも、十二万人の市民が参加しました。これは、市民の声です」
藤田は続けた。
「祭りは、死者を忘れるためじゃない。思い出し、そして生きるためです」
一月二十五日。
震災遺族団体が、「市長リコール運動」を開始した。
第十章 答え
二月一日。
御影は、港を訪れた。
夕暮れの海を見つめる。
「私は、正しかったのか」
御影は自問した。
その時、背後から声がした。
「正しかったと思いますよ」
振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。
「興行庁の者です」
男は名刺を差し出した。
「興行庁設立式典 実行委員」
「御影さん、あなたの祭りは成功でした」
「でも、遺族団体は怒っています」
「それでいいんです」
男は微笑んだ。
「祭りは、全員を満足させるものじゃない。議論を起こすものです」
男は続けた。
「来月、興行庁の設立式典があります。そこに、登壇してください」
男は招待状を差し出した。
「興行庁設立式典」
日時: 3月1日
場所: 中央区国際会議場
基調講演:
「地方は、誰が救うのか」
パネリスト:
柊麻衣(燈明市)
黒田竜二(阿波島市)
氷室詩織(星見浜市)
桐生隼人(金城府)
南條夏希(土佐龍市)
鷹取誠(紅葉谷市)
御影玲(港街コウベ)
御影は、招待状を見つめた。
「......私、行ってもいいんでしょうか」
「もちろんです」
男は微笑んだ。
「あなたの声が、必要です」
男は去っていった。
御影は、再び海を見つめた。
そして、小さく呟いた。
「祭りは、誰のものなんだろう」
二月十五日。
御影のもとに、一通のメールが届いた。
送信者: コウベ・メモリーナイト ボランティア事務局
件名: 来年のボランティア募集について
御影様
来年のコウベ・メモリーナイトについて、
すでにボランティア希望者が5,000名を超えました。
「来年も参加したい」
「もっと多くの人に伝えたい」
という声が、多数寄せられています。
ご確認ください。
御影は、画面を見つめた。
そして、涙が止まらなくなった。
「......ありがとう」
御影は、港を見つめた。
夕日が、海を赤く染めている。
そして、心の中で呟いた。
「祭りは、生きている人のものなんだ」
【第7話 了】
次回、第8話『興行庁、戦争の始まり』
全ての興行師が集結する。
そして、国家規模の戦いが始まる。
地方は、誰が救うのか。
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