第4話『金城府、ロックは鳴らない』


プロローグ

 金城府は、音を嫌う。

 正確には、「新しい音」を嫌う。三味線の音、鼓の音、風鈴の音――伝統的な音は歓迎される。だが、それ以外は拒絶される。

 この街には、四百年前の街並みが残っている。武家屋敷、茶屋街、伝統工芸の工房。観光客は年間七百万人。「日本の美しい古都」として、世界中から称賛されている。

 だが、若者はいない。

 二十代の人口流出率は、全国ワースト三位。「美しいけど、つまらない街」――若者たちはそう言って、東京へ、大阪へと去っていく。

 そして今年、一人の男が現れた。

 興行師――桐生隼人。

 彼は市長室で、こう言った。

「ロックフェス、やらせてください。この街で」

 市長は目を見開いた。

「ロック......? この金城府で?」

「はい」

 桐生は笑った。

「古都を、揺らしましょう」


第一章 挑発者

 九月一日。金城府市役所。

 市長室に、桐生隼人は現れた。

 黒いレザージャケット、ダメージジーンズ、銀のピアス。三十八歳の男は、まるでロックバンドのボーカリストのようだった。

「市長、お初にお目にかかります」

 桐生は軽く頭を下げた。

 市長の結城(四十二歳)は、改革派として当選したばかりの若手だ。だが今、その顔には困惑が浮かんでいる。

「桐生さん、あの......本気で、ロックフェスを?」

「本気ですよ」

 桐生は即答した。

「市長、質問です。金城府の若者人口流出率、知ってますか?」

「......全国ワースト三位です」

「そして、二十代の定住意向率は?」

「十二パーセント......」

「つまり、若者の九割近くが『この街を出たい』と思ってる」

 桐生は続けた。

「理由は簡単です。この街、つまらないから」

「つまらない......?」

 市長が眉をひそめる。

「美しい街並み、伝統工芸、茶屋街――観光客は喜びます。でも、住んでる若者はどうですか? 夜に遊ぶ場所もない。ライブハウスもない。若者向けのイベントもない」

 桐生は市長を見つめた。

「市長、この街は博物館じゃない。生きてる街でしょ?」

「......それは、そうですが」

「だったら、新しい音を鳴らさなきゃ」

 桐生は笑った。

「ロックで、この街を揺らす」


第二章 提案

 九月十日。金城府市役所大会議室。

 市長、観光課、文化財保護課、そして文化財保護委員会の委員十名が集められた。

 桐生が立ち上がる。

「『金城ROCK REBELLION』――これが俺の提案です」

 スクリーンに資料が映し出される。


企画概要:

イベント名:

金城ROCK REBELLION(金城ロック・リベリオン)

開催日:

11月3日(文化の日)

会場:

城跡公園(文化財保護区域外)

出演:

国内外ロックバンド20組


海外: 3組(アメリカ、イギリス、韓国)

国内メジャー: 10組

地元バンド: 7組


来場者想定:

3万人

チケット価格:


前売り: 8,000円

当日: 10,000円


予算:

総額1.2億円(全額民間協賛)


出演料: 5,000万円

会場設営: 3,000万円

音響・照明: 2,000万円

広告宣伝: 1,500万円

運営費: 500万円


協賛企業(確定):


飲料メーカー: 3,000万円

音響機器メーカー: 2,000万円

アパレルブランド: 2,000万円

その他企業: 5,000万円


経済効果試算:

6億円


宿泊: 2億円

飲食: 1.5億円

交通: 1億円

その他: 1.5億円


コンセプト:

「古都を揺らす」


 説明が終わる。

 沈黙。

 そして、文化財保護委員会の委員長・藤原(七十五歳)が立ち上がった。

「......断固反対だ」

 彼の声は、怒りに震えていた。

「ロックだと? この金城府で? ふざけるな!」

「ふざけてません」

 桐生は冷静に返した。

「藤原委員長、質問です。金城府の文化財保護条例、何年前に制定されましたか?」

「......昭和四十年だ」

「六十年前ですね。その間、条例は何回改正されました?」

「......一度もない」

「つまり、六十年間、この街は変わってない」

 桐生は続けた。

「委員長、伝統は大切です。でも、変化を拒否し続けたら、伝統は死にます」

「何を言っている! 伝統は守るものだ!」

「違います」

 桐生は首を振った。

「伝統は、攻撃されて初めて強くなるんです」

 会議室がざわめく。

 桐生は続けた。

「ロックフェスが開催されたら、反対派は必死で伝統を守ろうとする。議論が起きる。メディアが注目する。そして、若者も伝統に興味を持つ」

「屁理屈だ!」

 藤原が叫んだ。

「ロックは、この街に必要ない!」

「じゃあ、若者が出ていくのは放置ですか?」

 桐生は即座に返した。

「市長、決断してください」

 結城市長は、深く息を吐いた。

「......桐生さんの提案を、採用します」

 会議室が、爆発した。


第三章 戦争

 決定は、金城府を戦場に変えた。

 文化財保護委員会は「開催阻止運動」を開始。老舗旅館組合も反対を表明。市議会の保守派議員は「市長不信任案」を提出した。

 地元紙は連日、特集を組んだ。


金城日報 一面

「ロックフェス、古都を揺るがす」

「文化財保護委員会、猛反発」

「市長vs議会、全面対決へ」


 SNSでも炎上が広がった。


Twitter(現X)での反応:

@kinjoufu_love:

「ロックとか金城府に似合わない。やめてくれ」

→ 22,000いいね

@young_kinjoufu:

「逆に楽しみ。金城府にもこういうイベント必要」

→ 28,000いいね

@ryokan_owner:

「ロックフェスで客が来ても、うちの旅館には泊まらない。意味ない」

→ 18,000いいね

@kinjoufu_mayor(市長公式):

「若者に選ばれる街にするため、挑戦します」

→ リプライ45,000件(大炎上)


 桐生は、すべてのツイートを見ていた。

 そして、自分のアカウントで返信した。


@kiryu_hayato(桐生隼人):

「炎上上等。金城府、揺らすから」

→ 65,000いいね


 この返信は、さらなる炎上を呼んだ。


第四章 裁判

 十月二十日。

 金城地方裁判所。

 文化財保護委員会が、「金城ROCK REBELLION開催差し止め仮処分」を申請した。


申請理由:


城跡公園は文化財保護区域に隣接しており、大音量のロックが文化財に悪影響を及ぼす可能性がある。

来場者3万人による交通混雑、騒音、ゴミ問題が発生し、住民生活に重大な支障をきたす。

金城府の伝統的な景観と相容れないイベントであり、市の文化政策に反する。

開催により、金城府のブランドイメージが毀損され、観光業に損害が発生する恐れがある(損害賠償請求額: 8,000万円)。



 十月二十五日。

 裁判所は、申請を却下した。


却下理由:


城跡公園は文化財保護区域外であり、開催に法的問題はない。

騒音については、市の条例に基づく音量制限を遵守する計画であり、違法性はない。

イベントの内容は、市の文化政策の範囲内である。

損害の具体的根拠が不十分である。



 桐生は、判決を聞いて笑った。

「勝ったぜ」


第五章 包囲

 十一月二日。

 フェス前日。

 桐生は会場で最終確認をしていた。

 ステージ、音響機器、照明、食ブース――すべてが準備万端だ。

 その時、スタッフが駆け寄ってきた。

「桐生さん、大変です!」

「どうした?」

「会場の外に、反対派が集まってます!」

 桐生は会場の外に出た。

 そこには、約千名の市民が集まっていた。

 文化財保護委員会のメンバー、老舗旅館の経営者、伝統工芸の職人、高齢の市民――全員が、プラカードを掲げていた。

「ロックは金城府に不要」

「伝統を守れ」

「桐生は出ていけ」

 藤原委員長が、拡声器で叫んだ。

「我々は、この会場を包囲する! 明日のフェスを阻止する!」

 桐生は、彼らを見つめた。

 そして、拡声器を借りて叫び返した。

「藤原さん、明日、入場無料にします!」

 反対派が、ざわめく。

「あなたたちも、フェスを見てください! ロックが本当に金城府に不要か、自分の目で確かめてください!」

 藤原が激怒した。

「ふざけるな! 我々は絶対に入らない!」

「じゃあ、そこで見守っててください」

 桐生は笑った。

「俺たちは、明日、ロックを鳴らすから」


第六章 ROCK REBELLION

 十一月三日。午後一時。

 金城ROCK REBELLION、開幕。

 会場には、四万二千人の観客が集まっていた(想定の一・四倍)。

 若者が大半だが、家族連れもいる。そして、会場の外には、反対派の千名が「人間の鎖」を作って包囲している。

 桐生がステージに立った。

「金城府のみんな、ロックの時間だ!」

 歓声が上がる。

 最初のバンドが演奏を始める。

 轟音のギター、ドラム、ベース――

 音が、古都を揺らす。


 午後三時。

 地元の若手バンドが登場した。

 ボーカルの少年(十九歳)が叫んだ。

「俺、この街で生まれ育った! でも、この街つまらなくて、来年東京に出るつもりだった!」

 観客がざわめく。

「でも、今日、このフェスがあって思った! 金城府も、変われるんだって!」

 少年は続けた。

「だから、俺、残るわ! この街で、もっとロック鳴らす!」

 会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。


 午後六時。

 メインアクトの海外バンドが登場。

 ボーカルが英語で叫んだ。

「This is Kinjoufu! Beautiful city, beautiful people!」

 そして、演奏が始まる。

 会場が、熱狂に包まれる。

 その音は、会場の外まで届いた。

 反対派の包囲網の中で、一人の老人がつぶやいた。

「......すごい、熱気だな」

 隣の女性が頷いた。

「若い子たち、楽しそう......」

 藤原委員長は、苦い顔で腕を組んでいた。


第七章 余韻

 十一月四日。

 フェスは成功に終わった。

 来場者: 四万二千人

 経済効果: 推定八億円

 事故・トラブル: なし

 地元紙は、一面で報じた。


金城日報 一面

「ロックフェス、大成功」

「来場者4.2万人、経済効果8億円」

「賛否両論も、若者に熱狂」


 SNSでも、肯定的な意見が増えた。


@kinjoufu_young2:

「マジで最高だった。金城府でこんなイベントできるんだ」

→ 52,000いいね

@tourist_osaka2:

「金城府、古都のイメージしかなかったけど、見方変わった」

→ 38,000いいね

@local_band:

「俺たちのバンド、今日のフェスで演奏できた。人生最高の日」

→ 45,000いいね


 市長・結城は、記者会見で語った。

「今回のフェスは、文化の多様性を証明しました。伝統も大切ですが、新しい文化も必要です」


第八章 逆襲

 十一月十日。

 金城府市議会。

 保守派議員が、緊急動議を提出した。


「金城府における大規模音楽イベント規制条例案」

条例内容:


金城府市内において、来場者1万人以上の音楽イベントを開催する場合、市議会の事前承認を必要とする。

文化財保護区域から半径5km以内でのロック・ヒップホップ等の大音量音楽イベントを原則禁止とする。

違反した場合、主催者に対し最大5,000万円の罰金を科す。



 十一月十五日。

 市議会で採決が行われた。

 賛成: 二十三名

 反対: 十七名

 条例案、可決。


 桐生は、市役所の前で呆然としていた。

「......二度と、開催できない」


第九章 勝利か、敗北か

 十一月二十日。

 桐生は、金城府を去る準備をしていた。

 市長・結城が、桐生のホテルを訪れた。

「桐生さん......申し訳ありません」

 結城は頭を下げた。

「条例を止められませんでした」

「仕方ないですよ」

 桐生はあっさりと答えた。

「俺、政治家じゃないんで」

「でも、あなたのフェスは成功でした」

「そうですかね?」

 桐生は苦笑した。

「来年、もう開催できないんですよ。これ、成功ですか?」

「......わかりません」

 結城は答えた。

「でも、一つだけ確かなことがあります」

「何ですか?」

「若者が、この街を見直しました。『金城府も変われる』って」

 結城は続けた。

「あなたが揺らした街は、もう元には戻らない」


第十章 残したもの

 十一月二十五日。

 桐生は、金城府の城跡公園を訪れた。

 フェスの跡地は、すでに撤去され、何もない。

 桐生は、城を見上げた。

「......おれは、この街に何を残したんだろう」

 その時、背後から声がした。

「揺らしたんですよ」

 振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。

「興行庁準備室の者です」

 男は名刺を差し出した。

「桐生さん、あなたは勝ちました」

「勝った? 条例で潰されたのに?」

「ええ」

 男は頷いた。

「あなたは、この街に『変化の可能性』を示した。若者が『残りたい』と思った。それが、勝利です」

「......そうですかね」

 桐生は苦笑した。

 男は続けた。

「次の依頼があります。土佐龍市――幕末の英雄に依存しすぎた街です。そこで、新しい祭りを作ってほしい」

「......興味ないです」

「なぜ?」

「おれ、疲れたんで」

 桐生は城を見上げた。

「戦うの、もういいかなって」

「そうですか」

 男は名刺を置いて、去っていった。

 桐生は、名刺を見つめた。

 そして、スマホを開く。

 SNSには、一通のDMが届いていた。


送信者: @kinjoufu_local_band

桐生さん、ありがとうございました。

俺たち、来年もバンド続けます。

金城府で、ロック鳴らし続けます。

あなたの戦いは、無駄じゃなかった。


 桐生は、画面を見つめた。

 そして、小さく笑った。

「......そっか」

 桐生は城を見上げた。

 夕日に照らされた城は、静かに、しかし確かに、そこに立っていた。

「おれは、揺らしたんだ」


【第4話 了】

次回、第5話『土佐龍市、英雄を殺す日』

興行師・南條夏希が挑む、最大のタブー。

英雄依存を断ち切れ。

だが、その先に待つのは――

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