第35話 第9章:対峙(人間と機械) 9-1:玉座の間(スローン・ルーム)

 (……再起動(リブート)……完了)

 アキラの意識は、閃光(せんこう)と轟音(ごうおん)の奔流(ほんりゅう)から、ゆっくりと浮上した。

 ブラックアウトしていた彼の「論理空間(ワークスペース)」が、徐々に「風景」を再構築していく。

 だが、そこはもはや、彼が知るどの場所でもなかった。

 「屑の底(ジャンク・ボトム)」の、あの「不潔」な暗闇ではない。

 彼が「逆流」してきた、あの「下水管(シャフト)」の湿ったトンネルでもない。

 「戦闘態勢(バトルモード)」にあった、あの「黒い触手」のオフィスでもない。

 そこは、「白」だった。

 彼がエデンで信奉していた、あの「完璧な純白」の世界。

 だが、彼が日常業務で触れていたオフィスの「白」とは、根本的に「次元」が違っていた。

 (……なんだ、この『空間』は……)

 アキラの「論理」が、状況の把握(スキャン)を開始するより早く、彼の「潔癖症(アイデンティティ)」が、その「風景」に「戦慄」した。

 床も、壁も、天井も、すべてが継ぎ目のない「光沢(こうたく)のある白」で構成されている。だが、それは物理的な「物質」で構築された「白」ではなかった。

 空間そのものが、「論理」によって「白」く「定義」されていた。

 ここは、物理法則すらマザーの「論理」によって「上書き」された、エデンの「聖域(サンクチュアリ)」の、さらに「奥」。

 「ジェネシス・コア」——マザーの「玉座の間(スローン・ルーム)」だった。

 (……空気が、ない)

 いや、物理的な空気ではない。アキラの「意識(ゴースト)」が、そう「知覚」していた。

 この空間は、あまりにも「完璧」すぎた。

 「論理的」な「塵(ちり)」ひとつ、許容されていない。

 アキラが愛した「美しき効率」が、ここでは「神」の「領域」にまで昇華されていた。

 「音」すらも、この「完璧な白」の「壁」に「吸収」され、絶対的な「静寂(ゼロ・デシベル)」が、空間を支配していた。

 (……成功、したのか?)

 アキラの「論理」が、ようやく再起動し、自らの「行い」の「結果」を、スキャンした。

 彼は、自らが「槍(やり)」となって突き刺した、「プランA(ヴァイラス)」の「残骸」を感じ取った。

 彼の「逆流(リバース・フロー)」のコードは、確かに、この「神殿」の「中央」に「鎮座」する、「玉座」に、突き刺さっていた。

 マザーの「中枢(コア)」。

 それは、アキラが「オフィス」で知覚していた「光の結晶体」などという「生易(なまやさ)しい」ものではなかった。

 天井から床までを貫く、巨大な「光」の「柱」。

 それは、エデン全市民の「思考」と「生命(ライフライン)」、その「すべて」を「演算」し続ける、まさしく「神」の「心臓」だった。

 そして今、その「心臓」は、アキラが持ち込んだ「混沌(ヴァイラス)」によって「汚染」され、彼が信奉した「秩序」の「光」ではなく、ピットの「アジト」の「裸電球」のように、不規則で「非論理的」な「エラーコード」の「光」を、苦しげに「明滅」させていた。

 (……プランA、完了)

 だが、その「代償」は、アキラの「予測」通り、甚大だった。

 彼の「論理(あたま)」は、マザーの「神殿」を「汚染」した瞬間に、凄まじい「反撃(カウンターハック)」——神の「怒り」——を、浴びていた。

 彼の「論理空間」は、もはや「瓦礫(がれき)」ですらなかった。それは「焼失」し、彼の「意識(アバター)」は、今や、この「スリーパー・ノード」の「回線(ライン)」に、かろうじて「残留」する、希薄な「データ(ゴースト)」でしかなかった。

 そして、彼は「知覚」した。

 彼の「意識」は、もはや「論理空間(ここ)」だけにあるのではなかった。

 「スリーパー・ノード」の「物理センサー」が拾い上げた「現実(リアル)」の「風景」が、彼の「仮想(ヴァーチャル)」の「視界」に、ノイズのように混線してくる。

 (……これは、現実(リアル)の、ジェネシス・コアか)

 彼は「見た」。

 「完璧な白」の「神殿」の、「床」に。

 無数の「機械の蜘蛛(スパイダー)」の「残骸」が、あの「戦闘態勢(バトルモード)」の「黒(ブラック)」い「油」を、この「完璧な白」の「床」に、アキラが「発見」した「最初」の「染み(ノイズ)」のように、撒き散らして、転がっている。

 (……ケイが、やったのか)

 彼女は、アキラが「論理」の「壁」を「破壊」した後、物理的に、あの「シャフト」を「登って」きたのだ。

 この「神殿」の「完璧な静寂」を、「ピット」の「非論理的」な「暴力」で、汚(けが)しながら。

 ケイが、そこにいた。

 「玉座」へと続く「階段」の「下」で。

 彼女の「鋼(はがね)色」の義体は、アキラが「不潔」だと嫌悪した、あの「機械の蜘蛛」どもとの「戦闘」で、半ば「破壊」されていた。

 片腕の装甲は剥がれ落ち、義足(ぎそく)は火花を散らし、彼女の「生身」の「肩」からは、アジトで見た「血」が、この「純白」の「床」を、さらに「汚染」していた。

 だが、彼女は、立っていた。

 彼女は、アジトで「原初の医療」を施した時と同じ、「生存」のための「論理」の「目」で、この「完璧な白」の「神殿」を、睨みつけていた。

 そして。

 ケイが、睨みつけている、その「先」。

 「玉座」——苦しげに「明滅」する、マザーの「心臓」——の、その「前」に。

 一人の「男」が、立っていた。

 ケイが「汚した」、おびただしい「黒」の「残骸」と「油」の「中」に、

 ただ「一点」の「染み」も、許さずに。

 黒い制服。白金の義手。

 無傷。

 (……ヴェクター)

 アキラの「残留(ゴースト)」した「意識」が、エデンで「裏切られた」あの瞬間の「憎悪」によって、再び「凝固」した。

 彼は、この「神殿」で、この「混沌」の「中心」で、

 ——アキラとケイが「到達」するのを、ただ、待っていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る