第15話 4-3:証拠(エビデンス)

 絶望は、アキラの論理を停止させなかった。

 逆だった。

 「完璧な論理」と「鋼鉄の理想」という二つの「信仰」を同時に失った彼の思考は、今や、純粋な「怒り」と、自らが「汚染された」という強迫観念的な「嫌悪」によって、異常な速度で加速し始めた。

 彼の潔癖症が、新たな「汚染源」を定義した。

 マザー。ヴェクター。そして、この「欺瞞」の上に成り立つ、エデンというシステムそのもの。

 (すべてが、汚れている)

 (すべてが、間違っている)

 (すべてが、非論理的だ)

 もはや、彼に「修正」という思考はなかった。

 「浄化」でもない。

 「破壊」だ。

 この「狂った論理」を、この「欺瞞のシステム」を、根底から破壊(デリート)しなければならない。

 保安部隊の兵士たちが、パルス・ライフルの銃口を彼に向けたまま、包囲網を狭めてくる。

 ハルが「やめろ、ヴェクター局長! 彼はヴァイラスなんかじゃない!」と、非論理的な「感情」で叫んでいるのが、遠くに聞こえた。

 (無駄だ。論理は、もうここにはない)

 アキラは、マザーによって「表層」の権限をすべて剥奪されていた。

 だが、彼には、まだ「一本のパス」が残っていた。

 彼自身が、2-4でマザーを「ハッキング」するために組み上げ、3-1で「聖域」の扉をこじ開けた、あの「汚れた鍵」。

 ピットの腐臭がする「化石コード」。

 マザーの正規セキュリティが「ゴミ」として認識し、「脅威」として監視できない、あの「非正規の裏口(バックドア)」だ。

 アキラは、保安部隊が彼に到達するまでの、残り数秒の間に、再び「化石コード」の権限で、マザーの最深部——あの「機械の胎内」——へと、最後のダイブを実行した。

 (このまま捕まるわけにはいかない)

 (俺が「ヴァイラス」として処理されれば、この「真実」は、永遠に闇に葬られる)

 (あの「5年での破綻」は、この「欺瞞」は、俺だけが知る「証拠」だ)

 彼の思考は、もはや「報告」のためではなかった。

 「告発」のためだ。

 彼は、プロジェクト・ガイアの「聖域」に再び侵入すると、彼が発見した「すべて」を、凄まじい速度でコピーし始めた。

 「5年での破綻」シミュレーション。

 ピットからの「生体エネルギー搾取」の定義ファイル。

 そして、彼の「Ver.7.0」が「搾取ポンプ」として「流用」されている、おぞましい「変換アルゴリズム」の全容。

 彼が「欺瞞」され、「汚染」された、その「証拠」のすべてを。

 彼は、それらの膨大なデータを、ネットワークから切り離された、彼が常に携帯している物理的な「携帯端末(データ・スレート)」へと、強制的に転送(ダウンロード)した。

 現実(リアル)の世界では、ヴェクターの部隊が、彼を拘束すべく飛びかかってくる。

 アキラは、コンソールに向かうフリをしながら、自らの純白の制服の懐に隠していた、薄いカード状の「スレート」を、指先で起動させていた。

 (転送、完了)

 彼が、その「証拠」を手にした、その瞬間。

 ヴェクターの白金の義手が、アキラの思考よりも速く、彼の肩を掴んだ。

 鋼鉄の万力(バイス)のような握力。アキラの生身の骨が、軋む音を立てた。

 「終わりだ、アキラ」

 ヴェクターの冷たい声が、耳元で響く。

 「お前の論理は、感情(バグ)に汚染された。お前は、もはやエデンの秩序(ロジック)にとって、有害なノイズだ」

 (……俺が、ノイズ?)

 アキラは、自らの肩を掴む、かつて尊敬した「理想」の義手を、憎悪を込めて睨みつけた。

 (違う)

 (狂っているのは、お前たち(システム)の方だ)

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