第14話 4-2:鋼鉄の欺瞞(スティール・ディセプション)
オフィスの純白の自動ドアが、彼が知る滑らかな動作ではなく、警告音(アラーム)と共に、緊急事態を告げる甲高い音を立てて開かれた。
その向こうに立っていた光景が、アキラの最後の「希望的観測」を、粉々に打ち砕いた。
純白のオフィスに、深淵の「黒」が侵入してきた。
光を吸収する黒い戦闘装甲(バトルアーマー)に身を固めた、エデン保安局の特殊部隊。彼らは、アキラが知る「秩序の守護者」の姿ではなかった。顔を覆う漆黒のバイザーには、赤い単眼(モノアイ)が不気味に輝き、その手に持つパルス・ライフルは、躊躇なく「汚染源」を「浄化」するための、冷徹な「道具」として構えられている。
同僚のハルや、他のプログラマーたちが、自らのコンソールから顔を上げ、理解できない事態に、非論理的な「恐怖」の悲鳴を上げている。
(うるさい。その感情(バグ)が、論理を鈍らせる)
アキラは、極度の混乱の中ですら、そう思考した。
そして、その黒い部隊(ブラック・ユニット)の中心から、一人の男が、あの機械的な、寸分の無駄もない歩行音を立てて、進み出てきた。
長身痩躯。白金の義手。そして、一切の感情を映さない、サイバネティック・アイ。
「ヴェクター局長……!」
アキラの口から、無意識に、安堵(・・)の声が漏れた。
(そうだ、まだだ。マザーが「暴走」したんだ。局長は、俺の「報告」を見る前に、マザーの「拘束通達」だけを受け取ったに過ぎない)
アキラは、まだ、彼の「理想」に裏切られたとは信じられなかった。
彼は、崩れ落ちた論理の「瓦礫」の中から、最後の「希望」をかき集め、立ち上がろうとした。
「局長! 違うんです! マザーは『バグ』に侵されています! 俺が発見した『証拠』を——」
ヴェクターは、歩みを止めなかった。
彼は、アキラのデスクまで、あと数メートルの距離で静止すると、その抑揚のない、完璧に制御された声で、アキラの「希望」を「処刑」した。
「対象(ターゲット)、アキラ・サカキ」
その声は、アキラが尊敬した、あの「鋼鉄の論理」の響きそのものだった。だが、今、その「論理」は、アキラ(・・)に向けられていた。
「システム汚染源(ヴァイラス)として、お前を拘束する。抵抗は許可しない」
アキラの全身の血が、凍り付いた。
(……違う)
(……局長、あなたは)
(……知って、いたのか?)
ヴェクターのサイバネティック・アイが、アキラを冷たくスキャンしている。その赤い光は、アキラの「動揺」という「非論理的なバグ」を、正確に計測しているかのようだった。
(あなたが、俺に「最優先で完了させろ」と厳命した、あの「完璧なアップデート」が)
(あの「5年で破綻する」という、「非論理的な自殺」を加速させる「毒薬」だと、あなたは……)
(知っていて、なお、俺に……)
「——欺瞞したのかッ!!」
アキラの絶叫が、オフィスに響き渡った。
それは、彼の潔癖症が、彼のプライドが、彼の「信仰」そのものが、最も信頼していた「理想」によって、根底から汚染され、破壊された瞬間の「悲鳴」だった。
アキラの脳裏に、彼がこの男を尊敬するきっかけとなった、あの「過去の記憶」がフラッシュバックする。
『確率の問題ではない。論理的な欠陥が存在するという事実が問題だ。0.043%のリスクは、ゼロではない』
あの時、ヴェクターが示した「完璧な論理」。
(嘘だ)
(あれは、嘘だったんだ)
(0.043%の「論理的欠陥」を許さなかった男が、「5年での破綻」という「100%の論理的破綻」を、知っていて、隠蔽し、実行しようとしていた)
アキラが信奉した「鋼鉄の理想」は、存在しなかった。
そこにあったのは、アキラが最も嫌悪した、醜悪な「欺瞞」と「矛盾」だけだった。
ヴェクターは、アキラの絶叫にも、その表情(マスク)を一切変えなかった。
彼は、アキラの「絶望」という「感情(バグ)」には、何の興味も示さなかった。
ただ、白金の義手を、ゆっくりと持ち上げた。
「拘束しろ」
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