女子会です-3
本郷さんは口を噤んだが、わたしたちは彼女の返答をしばらく待つ。
彼女が飲み物を口にして飲み込む辺りまで待ったところで、ためらいがちに彼女は口を開いた。
「……いつまで保つかわからないよ。どうして2人ともそんなに平然としていられるの?!」
本郷さんは大きく目を見開いてわたしと美古都を見た。
「平然?」
「平然とは落ち着いて動じない様子」
わたしと美古都は顔を見合わせる。
「いやいや。平然とはしていませんよ。それでもいちいち動じていたら八柱くんに悪いじゃないですか? 彼は普通に高校生活を送るために学校に来ているんですから」
「そんなことは分かってるよ。ファンとしての自分を押し殺して、イチ個人として向かい合う必要があることくらいは当たり前。だけど、目の前に紫苑くんがいるんだよ。どうして耐えられるの?! あんなにかわいくて、あんなに格好良くって、性格までよくって、それでどうして好きにならないでいられるの!?」
「いやいや。好きか嫌いかで言っていたら好きだよ。そうじゃなかったもう見捨てているし」
美古都は即答する。
「そうですよ。わたしも勉強の面倒はがんばったカモですけど、性格が悪かったらそこ止まりですよ」
わたしと美古都は顔を見合わせる。
「友だちとして好きなら別にいいと思うのです」
わたしは本郷さんに宣言するが、彼女は分かりきったことを口にする。
「そういう好きじゃなくて!」
「それはわかりますよ。独占したいし、恋人になりたいって思うのでしょう?」
「止められないよ」
「でも今まで止めてたじゃないですか」
「怖いから。当然、一方的な恋愛感情なんて受け止めてなんてくれるはずがないから」
「一方的なら彼が受け止める理由はないからな」
美古都は辛辣だ。私は続ける。
「でも、八柱くんに好きになって貰えるよう努力することはできますよ。そうしたら一方的ではなくなる。それでダメだったら仕方ないじゃないですか?」
「紫苑くんは委員長のことが好きなのに!?」
わたしは美古都の顔を見た。彼女もきょとんとしている。
「そうなの?」
「なんとなくそう感じることはあったが、気のせいかとも思うこともある」
「ないない。ないです」
わたしは本郷さんにひらひらと手を振る。
「見ていればわかるよ。あんなに一緒にいるのに!」
「それを聞いたら本妻が怒りますよ」
本郷さんも本妻が元山くんのことだと知っている。
「八柱くんと元山くんは相思相愛だよな」
美古都も同意してくれる。
「どうして分からないかな!?」
わたしは考えるが答えは出ない。
「たとえ本郷さんの想像が正しかったとしても、残り2年弱、わたしはこのままを押し通すと思いますよ。今しがた気が付いたことを偉そうに言うのは憚られるのですけど、〝マンガみたいな高校生活〟を送る同志って点では八柱くんも同志には変わりないから」
「マラソン大会で一緒にがんばったりさ」
美古都はうんうんと頷く。
「勉強会もしたし、ゲームのコラボカフェにも行きましたし」
「ウチらも十分楽しんだと思う。それって別に八柱くんのためだけにやったことじゃないんだよな。きっかけでしかなくて、八柱くんのお陰なのは否定しないけど、なんか、青春を演じられてる」
「演じてるんじゃないよ。青春なんだよ」
わたしはムッとするが、美古都は思いついたような顔をして言う。
「あ、そういうことなら本郷さんが爆発しそうになるのも青春ってことで」
「爆発!?」
「思いあまって自爆的に八柱くんに告白したりってことさ」
美古都は言いにくいことを言ってくれる。
「――それが怖い」
「その時は止めてやるよ」
美古都は彼女を安心させるように笑みを浮かべる。
「卒業したら好きにしてください。でもそれまではわたしたちの同志でいて欲しいんです」
わたしは肩をすくめる。それはもしかしたら私自身に言い聞かせていることかもしれない。そう、わかった。
「そうでした。重要なことを言いそびれていましたよ。八柱くんは本郷さんが握手会に来てくれていたの、しっかり覚えていましたよ」
本郷さんは今まで見たことがない顔をした。青ざめたのと頬を赤くするのと同時にして、すぐにテーブルにうつ伏せた。
「マジか……」
「〝紫苑〟のファンだって分かった上で、クラスメイトとして本郷さんと一緒に遊んでいたんだから、その心中は察してあげて欲しい」
美古都は駄目押しをする。
「……そんなの聞いた日にはクラスメイトの定義からはみ出せないじゃない」
「だからA⌒Ωのファンだってことも彼に隠さないでいいと思うのです」
「隠しているからこそA⌒Ωを話題にしてベラベラと早口で話さないでいられるんであって、そこは自信が全くない!」
「オタクだ」
「オタクですね」
「アイドルオタクで何が悪い!」
本郷さんは開き直る。
「うちの学校に本郷さんみたいなA⌒Ωオタが何十人いるんだろうな」
「理事長先生がそれで定員割れしないで済んだって言ってた」
「それはすごい数になりそうだな」
わたしと美古都は本郷さんを余所に会話を交わす。
「本当に2人とも平気なんだね……」
本郷さんは不思議そうに私たちを見る。
「〝友愛〟って言葉、知ってるでしょう?」
わたしは自信を持って言える。
「うむ。ウチらは〝恋〟より〝愛〟だろ」
美古都は胸を張り、自信たっぷりに言う。
「愛……」
「〝博愛〟の〝愛〟でもあるね」
わたしは自分で言葉にしていて、ようやく分かった気がした。
「八柱くんが言っていたんですよ。『好きだ、嫌いだ』ってやっている時間はないって。ううん。普通の人ならそれはとても重要なこと。だって自分の人生に関わることだもの。でも、今、八柱くんがいることでみんなが集まっているなら、彼の気持ちも尊重すべきなんだなと思うんです。ひとそれぞれいろんな考えがあってもいいけど、彼はもういろんな人生の選択をしてアイドルの道を進んでいて、高校生であることも両立させたい。わたしたちはそれを知ってるんだもの。広い気持ちで、自分の器は〝恋〟なんかじゃ収まらないんだ、〝愛〟なんだって自分に言い聞かせて、応援するしかないですよね」
「……自分に嘘をついてまで?」
本郷さんは訝しげにわたしを見る。
「突き通せば本当になるよ。それはもう嘘じゃない」
美古都がわたしの代わりに言ってくれる。
「委員長や常盤さんみたいに強くなれるかな?」
本郷さんは怖々と訊いてきた。わたしは少し考えながら言葉を繰る。
「強くなる必要はないですよ。たぶんね。彼にとっての最善を考えて、高校生活を楽しんで過ごさせてあげることだけを考えればいいんです」
「それが難しいんだよ……悟れないくらい紫苑くんはかわいいじゃない?」
「難しくても、できないことじゃないよ」
美古都は本郷さんに覚悟を迫り、続けて言う。
「だって1人じゃないじゃんか?」
本郷さんはくすりと笑った。
「常盤さんも紫苑くんのこと、好きなの?」
「好きか嫌いかでいえば好きだけどね。コントロールはできる。なにせ好みのタイプからかけ離れてるからな」
美古都は頷く。それは私自身もそうありたい。恋を知らないわたしが、そう言い切れることはない。
「それでも消せなかったら?」
「消すなんて言ってないよ」
美古都は唇を尖らせる。
「卒業してから考えればいいんじゃないかな?」
わたしは本郷さんに言う。
「卒業したら会えなくなるじゃない!」
「そんな関係だったら、そもそもそれまでですよ」
わたしは続ける。
「もし、このうちの3人の誰かが彼のことを好きになっても、卒業までは耐える。それでいいんじゃないですか? そもそも彼が別の誰かを好きになる可能性だって、当然いっぱいあるんですから。唐突に運命の出会いがあるかもしれないし」
「大切なのは〝マンガみたいな高校生活〟だからな。計画的にやっていかないと〝紫苑〟は忙しいからイベントの機会を逃すぞ」
美古都はまた何度も頷く。
「来年、わたしたちは受験ですからね。なおさら今年のイベントをしっかりやらないとならない」
「勝手に話を進めるな!」
本郷さんはわたしの目から見てもわかるくらい、幻の角が出ている。鬼だ。
「でもその協定はあたしにもメリットがある」
どんなメリットがあるか知らないが、本郷さんにはあるらしい。
「ゴールを決めておけば爆発しないで済むかもしれないしな」
美古都は面白そうに言う。
「じゃあわかった。わたしたち3人の〝協定〟ですね」
「破りそうになる前に相談しろよ。1番危ないの、律子だからな」
美古都が不審げな目をわたしに向ける。
「感情のありかが未確定だから暴走するかもしれないと?」
「それは一大事だわ」
本郷さんは八柱くんがわたしに好意を持っていると言う。その推定からすればわたしが暴走して八柱くんに近づけば確かに一大事だろう。
「そうはならない」
当てにならないという目で美古都も本郷さんもわたしをみる。
そうだな。
わたし自身、彼への感情がどう育つかなんて、分からないのだから。
「でも八柱くんから来る分には別だぞ」
美古都がそう言うと本郷さんが悲鳴を上げた。
「わたし、スタートで出遅れてる!」
どうやら本郷さんは本当に八柱くんがわたしのことを好きだと思っているらしい。わたしは何も答えないことにした。
その後は、もう1度ダンジョンに潜って、1回だけ部屋に入ってモンスターと戦い、引き揚げて、レベルアップして終わらせた。
なかなか有意義な女子会だった。
今度、八柱くんと会う時はもしかしたらリアルではなく、ダンジョンの中なのかもしれない。そう考えると少しずつでもいいからキャラクターをレベルアップさせて、気を遣わせずに一緒に遊べればいいな、とわたしは思うのだった。
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